第3話:試行錯誤1

 俺が試すのは、猿酒と言われる自然発酵の酒だ。

 木の洞や岩の窪みなどで発見される、人の手が加わっていない酒だ。

 

 猿が木の洞や岩の窪みなどに溜め込んだ果実が発酵したものと思われていた。

 だから猿酒やましら酒と呼ばれている。


 自然界には酵母が多く存在している。

 果実が自然に落下しただけでも発酵する。

 それがお酒にまで発酵されてもおかしくはない。


 俺は、ワインと同じ方法でモモをお酒にできる事を知っていた。

 ネット小説を書いていた時に知り、氏子総代として調べた。


 氏神様を維持する費用を創り出す方法も色々考えていたのだ。

 その方法の1つに、御神酒を造って売る案があった。


 地元がブドウの産地だった歴史があり、ワイナリーも1軒だけ残っていた。

 ワインはブドウで造る事が多いのだが、リンゴを材料にしたシードルがある。

 以前調べた時は名前までは分からなかったが、モモで造ったワインがあった。


 アルコールは6パーセントだったと思う。

 記憶違いでなければビールと同じくらいだ。

 普通のワインが12パーセント前後だから、かなり飲み易い。


 神様から頂いたギフトで成長させたモモは、とんでなく美味しい。

 糖度もワイン用のブドウに勝る高さだと思う。

 ワインのアルコール度数は、ブドウの糖度しだいだと聞いた事がある。


 造れたら、普通にアルコール度数の高いモモワインができるかもしれない。

 アルコールが6パーセント程度の、とても甘いモモワインになるかもしれない。

 それならそれでいい、カクテルとして飲めるモモワインだと思えばいい。


「洞をつくれ」


 やれると信じて、巨木に手をつけて命じたら、簡単に洞ができてしまった。

 ただ、よくある洞のように、樹の幹に穴が開いたわけでない。


 それでは巨木が傷ついてしまうので、板根を伸ばし重ねるイメージをした。

 服を着たり鎧を装備したりするように、根を巨木の幹に重ねるのだ。


 マングローブなどの根が板塀のようになる事がある。

 全く違う樹なのでできないかもしれないと思っていたが、できた。

 あまりにも簡単すぎて気が抜けてしまう。


 だがここで終わりじゃない、まだ続きがある。

 金猿娘が取ってくれたモモを全部洞の中に入れる。


 巨木の幹に重なってできた洞は、鏡開きに使う4斗樽くらいの大きさだ。

 ……俺は洞と言っているが……巨木の横に4斗樽が生えた感じだな……


「アルコール発酵させろ。

 できるだけ高い濃度のお酒にしろ。

 長く保存できるように、高いアルコール濃度にしろ」


 俺はそう命じて洞の中を見たが、直ぐに酒、ワインにはならなかった。

 金猿娘が戻って来るまで特にやる事がない。

 俺の手で収穫できるような低い樹があれば、実をつけさせるのだが……


 見える所に低い樹は1本もない。

 全部最初の巨木と同じくらいだ。

 今日寝る所をどうしようと思っていたのだが……


「俺が安心して眠れるような洞をつくれ」


 モモを発酵させる小さな洞、樽は作れても、人間がくつろげる広さは無理だろう。

 そう思いながら命じたのだが、できてしまった。


 びっくりした!

 本当に俺が入って眠れるくらいの洞ができた。

 食物の成長にしか使えないギフトだと思っていたのに、とても便利だ。


「来訪神様、石長姫様、宇迦之御魂神様、ありがとうございます」


 さて、金猿娘が戻って来るまで何をしよう?

 モモがお酒になるまで7日から15日だ。

 これからも金猿娘が手伝ってくれたら良いが、そうでなければ食べ物で困る。


 俺は最初の巨木から1番近い大木に近づいた。

 巨木と同じくらいの大きさなのだが、もう最初の樹に思い入れができている。

 呼び名を巨木と大木に分けてしまう。


「美味しく食べられて長く保存できる実をつけろ」


 今度は目的を決めて命じてみた。

 前回モモが実ったのは、俺がモモを食べたいと思っていたからだろう。


「やっぱりリンゴだったか」


 成功するかどうか心配だったが、ちゃんと実った。

 それも、長く保存できる果物ならこれだろうと思っていたリンゴだった。

 大航海時代の船に積まれていたのがリンゴだから。


 金猿娘が戻ってきたら取ってもらう。

 ミカンも長く保存できたと思うが、ミカンではごはんの代わりにできない。

 リンゴなら嚙み応えがあるから、満足感がある。


 だが、できれば肉が食べたい。

 白飯やパンを食べたいとは思わないが、肉と魚は食べたい。

 多くの人は糖質が好きだが、俺はタンパク質が好きなんだ!

 

 でも肉や魚は、狩りや漁の才能がないと難しいだろう。

 肉や代わりになって、満足できる実となると……クリとクルミだな。

 外国産のウォルナトではなく、日本産のクルミがとても美味しかった。


「俺の大好きな美味しいクルミの実をつけろ」


 三本目の大木に命じると、見る間に実をつけた。

 だがクルミは果物と違って直ぐには食べられない。


 仮実から核果を取り出して、更に種子を取り出さないといけない。

 だけど、クルミの美味しさを思えば手間も楽しみに変わる。


 こんなに簡単に実ると、スローライフの大変な部分がなくなる。

 それこそ異世界らくらくスローライフになる。

 少しは手間がないとナマケモノになってしまう。


 そうだ、塩だ、人間には塩が必要だ。

 果物だけなら塩はいらない。


 甘くなかった頃のスイカには使っていたけど、最近は使わなくなった。

 クリは料理によっては必要だけど、大好きなクルミにはいらない。


 だが、アーモンドを実らせるとなると塩が欲しい。

 クルミが実ったから、直ぐにアーモンドが欲しい訳ではない。

 だけど、不老長寿の身体をもらったのだ。


 長い人生、クルミと果物だけの食生活ではさみし過ぎる。

 アーモンドはもちろんだが、果実は全て試す。

 中には塩を使った方が美味しい果実もあるだろう。


 岩塩を見つけられたら一番簡単だ。

 でも、俺のもらったギフトに岩塩を探すモノはなかったと思う。


 草を集めて灰塩を作る方法は知っている。

 が、それが結構な手間なのも知っている。


 それくらいやれよと言われるかもしれないが、できれば楽がしたい

 うん、矛盾しているのは分かっている。


 クルミに必要な手間は楽しみで、塩なら楽をしようとするのは矛盾だ。

 だが分かって欲しい、クルミは美味しくて大好きなのだ。


 人の身体に塩が必要なのは分かっているが、果物とクルミを美味しく食べるのには必要ない。


 これが、肉や魚が目の前にあるのなら違う。

 肉や魚を美味しく食べるには、絶対に塩が必要だ。

 俺は目の色を変えて草木を集め、灰塩を作るだろう。


「お~い、戻ってきたぞ、モモを……何だこれは?!」

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