第3章 邂逅
3-1 擬態
白十字教団の青年、ザリ・クオーツは辟易していた。
祭壇に続く階段の上に腰かけた彼は、自身の膝を台に頬杖をつきながら、はあと深いため息を吐く。
「だから悪かったですって。もう二度と無許可で血をやったりしないので勘弁してくださいよ、ゴリオ大司教」
「その台詞はもう聞き飽きた! これでいったい何度目だ!?」
青年の前に立つ白髪の老人が、しわだらけの顔を歪めて激昂する。
藍色の髪を揺らし、ザリはやれやれと肩をすくめた。聞こえよがしに二度目のため息を吐くと、老人はいっそう鼻息を荒くした。
「お前の軽率な行動が教団の権威を貶めているとなぜわからん……! いいか、白血は尊き神の使いで──」
「あーはいはい。その台詞はもう聞き飽きました。年寄りってほんと同じ話ばかりするのが好きですよね」
「なんだと!?」
「あまり頭に血を上らせない方がいいんじゃないですか? 老い先短い身体に障ると大変ですし」
「老いっ……」
ザリが言うと、老人は衝撃を受けたように固まった。
「わ……わしら白血は健康長寿の代名詞のような存在だろう!? 短いどころかまだまだ現役だわ!」
「なるほど。つまり尊き白血で脳を活性化させていると。僕の素行不良がゴリオ大司教のボケ防止に役立ってるのか」
「……ッ!」
「ん? でも同じ話ばかりするってことは……やっぱボケてる?」
丈の長い神官服の裾をさらりと揺らし、ザリは立ち上がる。怒りが頂点に達したのか、老人の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
(……赤くはなるんだよなあ)
人間の顔が赤くなるのは、興奮や羞恥といった強い感情や、外部からの刺激によって皮膚下の血管が拡張するからだ。
つまりいまのゴリオの顔色は、白血であっても体内を流れている間の血は赤い、という事実を示していることになる。
だからこそ気持ちが悪い。
まるで擬態のようではないか、とザリは思う。
見た目からは判断できない。白血も黒血も、実際に血を流すまではだれからも気づかれないのだ。
自分たちが、人とちがう血を持って生まれた化け物であることに。
「……ゴホン! とにかく、次回の巡行はわしに従え。勝手な真似は許さんからな」
「はあい」
諦めたように眉根を押さえる老人に、ザリは間の抜けた返事をこぼす。
信者の治療と白十字教の布教のため、白血の神官たちが定期的に各地の町や村を訪れる。それが白十字教団の巡行だ。
ザリが咎められているのは、七日前に二人の同僚とともに訪れたシグナスで、布施の記録がない民の子供に無断で自らの血を分け与えたからだった。
本来、白血による治療は神聖な儀式である。一人の神官が独断で行っていいものではない。
だが、そんなことはザリにとってどうでもよかった。
ザリは与えることが好きだ。自分の血をどう使おうが勝手だろう、というのが持論である。奇跡の血にこだわる大司教の機嫌をこれ以上損ねるのは面倒なので、口には出さないが。
それに言い訳ではないが、あのときは機嫌がよかったのだ。
「──やっと見つけたからね」
「? 何をだ」
いいえなにも、と琥珀色の目を細めてザリは笑う。
怪訝な顔をする老人を誤魔化すようにくるりと背を向け、祭壇の壁に飾られた白十字を静かに見上げた。
「大丈夫。次はちゃんとやりますよ」
僕自身の目的のために、という一言を心の中で付け足しながら、これまでより幾分か真面目な声でザリは言った。
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