気が付いたら逆行転生しちゃいました。家族みんなの幸せな未来を目指します。

南辺万里

第1話 テンプレですか? いりませんよ?


「ねえねえ、お母さん、うちってセレブ?」


 小学生2年生になった長女が、家族で夕食を食べている時に質問をして来た。


 娘の様子では、特に何か悪い事を言われた様子は感じられない。その事に安堵しながら、娘に尋ねた。


「和花のどか? 突然どうしたの? 学校で何か言われたの?」


 私の質問に、なにやらモジモジしながら娘が答えた。


「あのね、両親が揃ってお医者さんだし、お家も凄いし、セレブだねって言われたの。それで、セレブってなあに? って聞いたらお金持ちの事だって」


「そうか、まあ見る人が見ればそう見えるのかな?」


「そうですね、でも、セレブとは違う気もしますけど?」


 成程、確かに私達夫婦は二人で医院を開業している。今住んでいる家は3階建ての建物で、1階の医院と2階と3階の自宅が一つになっているから大きいと言えば大きいかな? ただ、部屋の間取り的には4LDKと其処迄すごいとは思えない。


 寝室、夫の部屋、私の部屋、子供部屋、子供達が小さいうちは良いが、和花が中学生にでもなれば部屋が足りなくなるよね? その為、夫と私の部屋を共同の仕事部屋とする方向で話し合ってはいるけど。


「セレブじゃ無いの?」


「そうねえ、セレブの定義は何かかしら? お父さんとお母さんがお医者さんをしているから、多分、普通の人よりはお金持ちよ? でも、大きいうちって言っても、殆どは医院だからちょっと違うかしら?」


「そうだね、セレブは名士とか有名人という意味だったかな? だからセレブとはちょっと違うね。ただ、普通の人よりお金持ちではあるかな?」


 私達の言葉は、まだ小さい娘には良く判らなかったようだ。まだ2歳の息子の世話をしながら、娘の様子を見るとそれでも本人なりに納得はしたようだった。


 そして、子供達が眠り、一通り家事を終えた私がリビングへ向かう。そこでは、珍しく夫がテレビを見ながらお酒を飲んでいた。


「あら? 貴方が飲むなんて珍しいわね」


「ん? ああ、何となくかな? ただ、僕は運が良いなと思ってね」


 夫の言葉に首を傾げていると、夫は笑いながら話しだした。


「君と出会えて、結婚して、子供に恵まれて。こうやって穏やかに暮らせている。その事が夢のようでね」


 夫はとても穏やかな人で、実家は岐阜で親族揃って畜産牛の牧場を経営している。ただ、その牧場は従兄弟である娘さんが継ぐ事が決まっていた為、夫は頑張って医者を目指したのだそうだ。


「家畜の世話とか大変でね。毎日休みなしに親戚揃って働いているんだ。僕はこんな性格だから、それが嫌で嫌で勉強に逃げたんだけど。まあ、そのせいで太ったんだけどね」


 そう言って笑う夫は太っていると言う程では無いが、ややぽっちゃりしている。もっとも、実際の事は判らない。中々に幼少期のアルバムを見せようとはしないのだ。


 夫が子供の頃がどうだったのかは判らないが、幾度か訪れた限りでは夫の実家は皆良い人ばかりだ。ただ、何はともあれ今こうして二人で笑って過ごせているだけで、私も幸せだった。


 私は、実は2度目の人生を送っている。この事は母にしか伝えていない。1度目の人生では、小さな会社のOLで37歳まで生き、良くある交通事故で死んでしまった。


 37歳まで独身で、恋人の影すらなく、将来への希望も期待も無いまま生きていた。


 子供の頃に何で頑張らなかったのかな? あの頃に今の記憶があったら、そんな事を日々思いながらライトノベルなどを読み漁る。そんな生活を送っていた。


 そんな私がまさか本当に記憶を持ったまま5歳の頃に生まれ変わった? 実際にはパラレルワールドで、似ているけど違う世界なのかもしれない。それでも、もう一度人生をやり直す事が出来たのは奇跡以上の何物でもない。


 それでも、私だけでは出来る事は限られているし、5歳児に37歳の記憶は流石に無理がある。その為、早々に母親にだけ自分の状況を打ち明けた。そして、気が付けば前の人生と同じ37歳になろうとしている。


「そうね。あなた牛の出荷の時にわんわんと泣いたそうだし、畜産業は無理だったと思うわ」


「いやあ、あれは小学生の頃の話だよ。ただ、そうだね。やっぱり向いてなかったね」


 そう言って夫と二人で顔を見合わせて笑う。


 夫は、私が多額の資産を持っている事を知っている。それこそ、働かなくて一生暮らせるほどの資産がある事を。それでも、夫はあくまでもそのお金は私の物であり、そのお金で贅沢をしようとか、遊んで暮らそうとか思う人では無い。


「何事も、分相応が良いんだよ」


 そういう夫だけど、サラリーマン家庭で育った私から言えば、まだまだ贅沢なんだけれどね。


「あの子達はどういう人生を歩むのかしら。でも、後悔だけはして欲しく無いわね」


「そうだね。手に職をつけろだよね?」


 夫は、私の実家の家訓とも言える言葉を口にする。


「ええ、何でもいい。手に職をつける。これは絶対ね。我が家の家訓よ?」


 私の姉が、子供の頃から言い始めたこの言葉。それを家訓として子供達に伝え続ける。手に職さえあれば、きっと生きていけるし自信になる。そんな願いを込めながら。


◆◆◆◆


「成程、2011年から12年にかけての平均が79円、この時にドルに換えておけば大儲け? でも、時間が掛かるよね。2011年だと21歳かあ、大学生だからそんなにお金も持ってなかったなあ」


 日々の趣味がネット小説という、人から見たら思いっきり無趣味街道まっしぐらの私は、アラフォーと呼ばれるしがないOLである。両親もすでに65歳を過ぎ年金生活、ただ二人とも共働きであったが故にそれぞれ年金が入る為に、そこそこの生活なら問題ないらしい。


 ただ、そこに姉が結婚5年目にして3歳の姪っ子を連れて実家へと出戻って来たんですよね。その為に、実家には既に私の部屋などは無くなってしまっているし、姉は自分の稼ぎだけではなく両親の支援も受けて生活している為、実家は実家で何かと大変みたい。


 その実家では、姪っ子が中学へ進むにあたって中学受験するかしないかで大騒ぎしていたりする。どうも地元の中学校の質が私達の頃とは違い良くないらしい。まあ、私達の時代も決して良かったとは言えないんだけど、学級崩壊だけでなく生徒の素行も良くないらしい。


 その為、出来れば中高一貫校へと進学をさせてあげたいとの事。その中で、何故か私の援助も期待されていたりする。


「結局、私も結婚せずに来ちゃって、我が家の血筋は姪の所に託すしか無いんだけどね。姪っ子も良い子だし可愛い。私達みたいにはなって欲しくないけど、未来は暗いからなあ。ただ、女子高はどうなんだろ? お姉ちゃん見ているからなあ」


 自分が通った事が無いので偏見が凄いのかもしれない。ただ、女子校って良いイメージ無いんだよね。小説とかにあるようなお嬢様とは真逆の印象がある。


 そんな私だって、この年までまったく結婚願望が無かったわけでは無い。学生時代、10代、20代とそれなりに楽しく過ごしてきたし、この人いいなと思った人も居なくは無かった。けど、そう言う人はすぐに売約済みになっちゃって、ご縁に恵まれる事も無く35歳というある意味区切りをすぎて、結婚は完全に諦めた。


 え? 35歳が何で区切りなのかですか? それは色々あるのです。


「結婚するんだったら、やっぱり子供は欲しいからなあ」


 ただ、性格的に何方かと言うとネガティブな私は、高齢出産に伴うリスクなどを調べてしまう。そして、調べてしまうが故に35歳以降の出産が怖くなってしまうのですよね。そこでまた、結婚に対する壁が厚く、高くなっちゃうんです。


 そんな私が今何をしているかと言うと、ネット小説の中で流行りの逆行転生を自分がしたらという事で、ある意味真面目にお金稼ぎの方法を模索していたりする。


「こんな事をしているくらいなら、もっと建設的な事をしなさいって言われるんだろうなあ」


 まあ、ある意味暇つぶしの色合いが強いのだけど、もし、万が一、逆行転生したら何故調べておかなかったんだ! って後悔しますよね? という事で、せっせとネットで情報を集めます。


「1987年10月19日、これがブラックマンデーと、でも、1980年からの日経平均株価はずっと上がり調子だよね? 何でこれで大騒ぎしたんだろう?」


 確かに株価が14%くらい下がったらしい。ただ、投資などの知識もない私は、これが何で大騒ぎになるのかが理解できない。


「その後、すぐに下がった以上に株価が上がってるよね? 判んないなぁ。1990年頃からバブル崩壊が始まってるのね。う~~~ん」


 1990年だと生まれた年かあ、そうなると何もできないよね。


 ネット小説みたいにお金を増やすとなると20歳頃からかな? ただ、最初のお金をどう作るかという問題もあるんですよね。


「むう、厳しいなあ」


 そんな事を思いながらも、色々と考えながらネットで調べるのがここ最近の楽しみな私。うん、寂しい趣味ですね。何の生産性もありませんね。


 それでも、私なりに真剣にネットから情報を拾うんです。そもそも、何でこんな事を私がしているかと言うと、完全に現実逃避なんですけどね。どう転んでも、未来に希望が持てない気がすると言うか、人生の出だしで間違ったと言いますか。


 コロナウイルスが始まって早くも8年目、相変わらず感染者数は高止まりで、モノの動きが思いっきり悪いんです。高止まりの基準が何処かと言う所ですが、全国の新規感染者が日々5000人を超えるのはやはり普通では無いと思う。


 治療薬も開発されているけど、日々新しい型とのいたちごっこ。その為、私が働いている会社の売上は、コロナ前から比べて大きく激減、お給料はともかく、ボーナスも殆どお気持ち程度しか出ていません。物価の上昇は歯止めが効かなくて、テレビは賃金上げろとか騒いでいますけど。


 でも、あんなのは出来るのは大企業とかくらいだよね? この数年で一気に貧富の差が拡大したとか言われています。最初の頃はテレビでも良く言われていましたが、最近ではテレビでも将来がとか、年金がとか言われより未来の不安を煽っています。誰もが身近にその現実を感じているんですが、私はそんな先々の話ではなく目の前の生活で精一杯。


「仕事の雑務は普段以上に増えているのに、売上は激減だもんね。そりゃヤバいよね」


 私はあんまり勉強も得意でなかったから、高校を卒業後に今の会社に就職しました。前の年にウーマンシスターズというアメリカの銀行の破綻が起きてウーマンショックと呼ばれる金融危機? あれも今ひとつ良く判らなかったなあ。

 ただ、それ故に内定を取るのに苦労して、幾つもの会社からお祈りメールを貰った中で何とか従業員10名ほどの会社に就職出来ました。


 そんな風に何とか就職しても、全然安定した日々は訪れなくて。東北の震災が起きてまた大騒ぎになって、漸く安定してきたかと思えば今度はコロナが世界的に広まって、全てが悪い方へ悪い方へと突き進んでいる気がします。


「でも、小学生の頃に起きたアメリカのテロ事件の方がショックは大きかったよね」


 コロナも身内が感染しないと今一つ実感はしません。幸いに、会社や社員の人達周辺ではチラホラ感染者や濃厚接触者が出るんですけど、家族は無事に過ごせています。だからついついそんな事を思いながら、その年の株の銘柄とかを調べて行きます。


「この頃にネット販売のNIAGARAを買ってたら、今頃すっごく儲かったんだなあ。あ、Orangeも凄いなぁ。この頃インターネットとかスマートホンとか気にしていなかったし、そもそも株を買おうなんて思った事も無かったよね」


 今更、株を始める気は無いです。というか、小心者の私は怖くて株とかはギャンブルに思える為に無理。どうしても下がった時というか、損した時の事を心配しちゃう。


「逆行転生かあ、記憶を持ったままやり直し出来たらなあ。まあ、もしそうなっても上手に生きられるかは判んないけど」


 そろそろ寝る時間になってきたために、タブレットを閉じて寝る準備を始める。特にこれと言った事が無くても、時間は過ぎて行ってしまうんですよね。


「はあ、明日からまた一週間、頑張りますか」


 目覚まし時計を5時半にセットして、早々にお布団に入りました。


 そして、この時はまだまだ心に余裕があったんだなって直ぐに思い知らされました。不孝っていうものは、訪れるときには突然に来るんです。


 翌日、まだ目覚ましも鳴らない5時過ぎに、母からの電話で飛び起きました。


「ちょっとお母さんなに? 吃驚したんだけど」


『お、お父さんが死んじゃったの!』


「はあ? ちょ、冗談でもそんな事言わないでよ!」


『嘘じゃ無いの! 朝、起きてこないから起こしに行ったら息をしてないの! 今、日向が救急車を呼んでる。ど、どうしたら良いの!』


「ちょっと! え? マジなの! わ、判った。私もそっちへ向かうから! とりあえずお姉ちゃんに任せて、救急車でどこの病院に行ったか判ったら教えて!」


 あまりの報告に一気に目が覚めました。電話を切って、急いで服を着替えます。そして、火の元を確認して慌てて家を飛び出しました。


「会社には途中から電話を入れて、地下鉄って何時から走ってるんだっけ?」


 スマートフォンを手に、時刻の確認をしながら地下鉄の駅へと向かう。目の前の信号機が赤だった為、この間に時刻表を調べると、何とか始発の時間は過ぎている事が判った。


「よかった、これで駅で待ちぼうけはないよ」


 口ではそんな事を言いながら、頭の中は色々な事が過って収取がつかない。お父さん、ちょっとお腹が出て来たけど、まだまだ元気だったはず。先月67歳の誕生日では、70歳までバリバリ働いて、あとはのんびり暮らすと言って笑っていた。


 会社の健康診断でも、血圧が高いとかしか無かったよね? 何が起きたの?


 ショートメールで姉に状況が判ったら連絡してとスマートホンに文章を打ちながら、目の前の信号機が青になるのをイライラしながら待つ。


 ようやく目の前の歩行者信号が青に変わった為、地下鉄の駅へと全速力で駆け出した。すると、突然、甲高いクラクションの音が響き渡った。


「え? なに?」


 もしかすると、この時立ち止まらずに走り抜けたら助かっていたのかもしれない。ただ、私は突然の音に驚いて立ち止まってしまった。


 そして、音の発生源へと視線を向けた瞬間、凄い衝撃と体中に激痛が走り、次に浮遊感、そして、叩きつけられるような衝撃が次々と私を襲った。


 そのまま意識を失う直前に頭を過ったのは、ただただ何が起きたのか判らない混乱と、最後に一瞬見えた車の姿だった。

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