女王たちのお茶会


 うららな昼下がり。おだやかな日差しと、それを贅沢に遮るパラソル。小高い丘の上に広げられた豪奢な円卓に並ぶ色とりどりの甘味。

 ここは女王たちの花園。『童話の世界』における七の女王が一堂に会し、語り合う場。

「はむ。……はむ、はむ!」

 たくさんのフルーツを乗っけたタルトを手づかみでほおばるのは彼女だけです。他の女王たちはみんな黙って、その不機嫌そうな女王アリスを見つめていました。

「……おほん」

「はむはむ」

 アリスの正面左側に座っている者が咳ばらいをします。でもアリスは聞こえなかったのか(いいえ、聞こえていたとしてもきっと変わらなかったのでしょうけれど)、ずっと甘いお菓子を食べ続けています。

「……アリス」

「はむ?」

 それでも名前を呼ばれればアリスだってお返事します。両手もお口まわりもカラフルに汚したまま、やっぱり不機嫌さは残したままではありますが。

「そろそろ本題に入りなさいな。みな誰も暇じゃないんですから」

 不機嫌そうな顔の女王が言いました。他の女王たちはみんな、笑っていたり困っていたり無表情だったりしていたのですが、その女王だけはアリスと同じかそれ以上に不機嫌そうにしています。

「もっと忙しくしないと、お菓子はすぐなくなっちゃうのよ」

 アリスはクリームのついた指を突きつけてそう言いました。反対の手ではピンクのマカロンをつまみ上げています。

「誰もお菓子欲しさに集まっていないのよ。食べてばかりいないで話を進めなさい」

 その女王は怒りたい気持ちをぐっとこらえてアリスに言います。彼女はアリスと違って女王であることをちゃんとわきまえていました。

「なんてこと!」

 アリスはびっくりしすぎて、つい食べる手も止めてしまいます。

「お菓子も食べないのに、なんでシラユキはここにいるの!?」

 あぜんとしたのもちょっとのあいだ。アリスは思い出したようにおやつを再開します。シラユキがずっと不機嫌そうにしているのも、そのシラユキがアリスに言った言葉も、あんまり気にした様子がありません。

 だからシラユキのその誰よりも美しいお顔にしわができてしまいました。

「アリス!」

「はむ?」

 テーブルを叩いて大声を出すシラユキに、不思議そうな顔をアリスは向けました。たくさんお菓子を食べたので、アリスのほうはそろそろ不機嫌そうなお顔をやめています。

「いいかげんに仔細を話しなさい! どうして戦争になるのか。そして神さまのおっしゃった、この戦争の決まりごとを」

 シラユキの言葉に、そこに集まったすべての女王も、期待した目でアリスを見ました。

 アリスはごくんとシュークリームを飲み込みます。とってもめんどうですが、さすがのアリスもそろそろそれをお話ししなくちゃいけませんでした。


        *


 かくかくしかじか。アリスはちょっとずつ噛み砕いてお話ししました。あいまあいまにお菓子を噛み砕きながら。

 いきなり『怪談の世界』から宣戦布告がなされた。開戦は三日後。それまでお互いの世界に踏み入ることは禁止されている。おのおのの世界は十五の王さまを決めて、その王さまを倒すことで勝利となる。そのようなお話しです。

「あ、あんまりです」

 みんながあぜんとしてなにも言えない中で、アリスの正面右側に座っていたペルシネットが小さく言いました。

「わたしだってがんばったもん! しらないしらない!」

 アリスはたくさん首を振って言いました。それを見てペルシネットもちょっとだけ首を揺らしました。それに合わせて、すごく長くてすっごくきれいな黄金色の髪の毛もゆらゆら揺れます。

「アリスさんを責めてるわけじゃないんです。でも、こんなときに・・・・・・――」

「ほんとほんと、タイミングさいあく! あっははは!」

 ペルシネットのしぼんでいく声に続いて、明るくて大きな、大きくて小さな声が上がりました。アリスの左のお隣で。

「やっと平和になったばっかりで、あと始末がいそがしいのにねー」

 ほんとうにたいへんな時期なのですが、それなのになんだか楽しそうに笑ってサンベリーナは言います。彼女の前にならんだちっちゃいお皿の上のちっちゃいお菓子に、ちっちゃなサンベリーナはかじりつきました。

「そうなのよ! わたしだってすっごくいそがしいんだからね!」

 いそがしいのはみんな同じでしたが、アリスは自分が一番いそがしいんだと信じきっていました。まあたしかに、アリスは自分のこともそうですが、いちおう『童話の世界』の代表もしなきゃいけないので一番たいへんというのもそのとおりかもしれませんが。

「まるでしくまれているよう・・・・・・・・・、ですね」

 シラユキとサンベリーナの間でカグヤがぽつりと言いました。カグヤは怒っているわけでも困っているわけでもないようですが、なにかを考えているようなむずかしい顔をしています。

「しく、まれて……」

 カグヤの言葉になにかを思って、ドロシーは呟きました。アリスの護衛役でいっしょに『世界の結束点』へ向かったドロシーは、そこで見て聞いたことを思い出したのです。あのヴラドという王さまの代理のことを。なにかがしくまれているとしたら、それをしくんだのは、きっと彼だということを。

「ところでドロシーはなにをしているの?」

「ひゃいっ!?」

 考えこんでいたところへアリスに声をかけられて、ドロシーは驚きました。

「お菓子がなくなっちゃうわ。ほら、エラの席が空いているから、座って食べればいいのに」

 アリスは自分の右隣の席を引いてドロシーを迎えようとしました。ドロシーは『童話の世界』に戻ってもまだ護衛役みたいにアリスのうしろに立っていたままだったのです。

「わ、わたしなんかがおそれ多いです。女王さまたちのお茶会にご一緒するなんて……」

 そうなのです。アリス、シラユキ、ペルシネット、サンベリーナ、カグヤ、そしてこのとき参加しなかったエラとターリアを含めた彼女たちは女王ですが、ドロシーは女王ではないのです。席に着くことはおろか、その場にいることですらドロシーはおそれ多く感じていたのでした。

「いいからお座りなさい、ドロシー」

 シラユキもまだ不機嫌そうにしながらドロシーに言いました。いろいろ諦めたのでしょうか、シラユキも手近にあったマドレーヌを見定めるようにつまみ上げ、一口食べました。

「七の女王と七の王。『童話の世界わたしたち』にはどうせあとひと枠が足りてないもの。この戦争における十五の王。その最後のひと枠はどうせあなたでしょう?」

 それがふさわしいというよりは、どうせそうなるのだという諦めを感じながら、シラユキはやっぱり不機嫌そうに言うのでした。だからドロシーは「ひいいいいぃぃ!?」と悲鳴をあげます。

「わ、わちゃしなんて、お、お、お、おこぎゃましいので! あしひっぱにゃにょで!」

 なにを言っているのかわかりませんが、とにかくドロシーはお目々をぐるぐるさせました。それにドロシーは、シラユキのことがちょっぴり苦手だったのです。

「やっぱりシラユキだわ!」

 アリスは嬉しくなって、食べるのもやめてシラユキを指さします。シラユキはいやそうな顔を浮かべました。

「そうなの、王さまの十五番目はドロシーなのよ! わたしもそれがいいと思ったの!」

 ね、ドロシー。とほがらかにアリスはうしろにいるドロシーを振り返りましたが、ドロシーはもうぐるぐるしながら膝をついています。

「ドロシー! なにをぐるぐるしているの? お腹がすいているのね? ケーキもいっぱいあるのよ!」

 だからアリスはあーんと口を開けてお空をながめているドロシーの口にショートケーキをつめこみました。ドロシーはどうしてだかわからないけれど倒れてしまいました。

「あれ、眠かったのかな、ドロシー」

 アリスは不思議そうに首をかしげます。まあいいわ。とアリスは自分の席に戻って、まだたくさんあるケーキを食べ始めました。



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