第8話

仕事を終えると、わたしは執務室においてある2つ目の椅子、ハカセの使っていた椅子に腰を下ろす。

そして、耳の後ろに手をやり、ハカセの最後の言葉に背いてスイッチを切る。

激しい痛みが襲ってくる。頭が割れそうになりながら、歯を噛みしめて痛みに耐える。


そして再び三期生の出発の動画を再生し、今日犯した罪を反芻する。

涙を流す恋人たち、悲嘆にくれたまま呆然と旅立つ若者たちの姿を見て、わたしの頬を涙が伝う。

彼らに恋をさせ、それを奪ったのはわたしだ。


ハカセが死んでから気づいたのは、人工知能に支配されている時とそうではない時のわたしには差があることだった。

もちろん、分析力や解析度は人工知能に支配されている時の処理能力が格段に高い。

しかし、片隅で常に何かを想い続けているわたしには種類の違うクリアさが宿るのだ。

アイデアはむしろ人工知能スイッチをオフにしている時のほうが勝っていた。

はじきだした数値に違う要素を加味して再計算をする発想自体は、オフのほうがより冴えていたのだ。

わたしの中にハカセがいて、そのハカセがわたしに語りかけてくる。

わたしはわたしの中にいる彼を感じ、語り合い、彼の意見を聞き、彼ならこうするだろうという選択肢を踏まえ、思考を客観視することで、より作業をブラッシュアップさせることができた。

そして、この彼の椅子で、犯した罪に慄き、苦しみ、ハカセが自分亡き後は、二度とスイッチをオフにするなと言った言葉を噛みしめる。


その言葉はわたしへの愛だったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る