第 38 話

「おわっ!? ポルコ・ペッシェが突っ込んできてます!」


 レモラを倒したエルヴィーノたちは、他の魔物を倒すために船を動かす。

 すると、魔力で視力を強化して海面を見ていたセラフィーナが、ある魔物を発見して声を上げる。

 それは、ポルコ・ペッシェと呼ばれる魚で、その名の通り豚(ポルコ)のような頭をした大きな魚(ペッシェ)のことだ。

 頭は豚に似ているが、その攻撃方法は猪のようで、敵に向かって一直線に突っ込んでいくスタイルだ。

 陸上の猪なら回避行動をとれるが、このポルコ・ペッシェの場合、不安定な足場の船で対応しなければならないため、他の冒険者たちからすると討伐するのはなかなかに難儀だろう。


「さっさと仕留めないとな」


 海中から飛び上がるようにして人間に攻撃をしてくるのなら、魔力で作った壁や盾で防ぐことができるかもしれないが、船に狙いを定められたら面倒だ。

 船に突っ込まれ、穴をあけられて沈められて海に放り出されたら、対処方法がない人間ならあっという間に殺されて食われてしまうだろう。

 エルヴィーノたちだけなら何とかなるが、フィオレンツォはそうはいかないだろう。

 そのため、エルヴィーノは早々にポルコ・ペッシェを倒すべく、海面に手のひらを向けた。


「フッ!!」


 短く息を吐くとともにエルヴィーノの右手から魔法が発射される。

 レモラの時の氷の針とは違い、氷の槍が高速で飛んでいき、海面に入って少しすると、赤い液体と共に大きな魚が浮き上がってきた。


「氷槍……見た目通り氷の槍だな」


 レモラを倒すときに使用した氷の針。

 それに魔力を増やして氷の槍に変えただけだが、その分威力は上がっている。

 水属性使いなら、この魔法が使えるとかなり戦闘に利用できるだろう。

 それを理解させるため、 エルヴィーノはフィオレンツォに先程使用した魔法を簡単に説明した。


「むっ!?」


 ポルコ・ペッシェを倒したエルヴィーノだったが、何かに気付いたらしく、海面に目を向ける。

 そして、海中の様子を試食強化した目と探知を利用して探る。


「……仲間がやられたことに気付いたようですね?」


「そうだな……」


 エルヴィーノたちがいる船の近くだけ、急に波が出てきた。

 その理由を理解したセラフィーナが、エルヴィーノに話しかける。

 先程倒したポルコ・ペッシェの仲間が、集団となってこちらへ向かって突進してきているのだ。

 恐らく、仲間の血の臭いに反応したのだろう。

 顔だけでなく、鼻まで良いのかと聞きたくなる。


「この数なら……」


 十数匹のポルコ・ペッシェの突進。

 あんなのに追突されたら、確実にこの船は大破する。

 そうならないために、エルヴィーノは次の魔法で止めることにした。


「氷槍雨!」


 空に向かって手を上げ、上空に先ほどの氷槍をいくつも作り出す。

 そして、手を振り下ろし、こちらに向かってくるポルコ・ペッシェの集団に向かって雨のように降らせた。

 もともと、考えなしの直線的な突進しかしないため、ポルコ・ペッシェたちは横に避けるということをしない。

 そのまま氷槍の雨に打たれて、ポルコ・ペッシェの集団は次々と仕留められていった。


「……よし。生き残りはいないな」


「そうですね」


「…………」


 氷槍の雨を降らせたエルヴィーノは、いったん魔法をやめて海中の様子をうかがう。

 少しの間船の付近を探るが、突進してきているポルコ・ペッシェはいなくなった。

 それを確認できたエルヴィーノとセラフィーナは、一息つくように笑みを浮かべた。

 そんな2人とは違い、全長2m、約200kg近くの魔物数十体をあっという間に倒したエルヴィーノの技術の高さに、フィオレンツォは唖然としていた。


『氷を作れるほどの魔法技術もそうだけど、それをしつつあれほどの数を作り出すなんて……』


 魔法技術が高くないとできない氷魔法。

 氷を1つ作るだけでも相当な集中力を必要とするはずなのに、それを槍のように作り、しかもいくつもの数作り出すなんて、魔法技術だけでなく魔力量も必要になる。

 それを簡単そうにやっていることに、フィオレンツォはエルヴィーノの強さの底が見えないでいた。


『……そうか、闇属性使いの師匠からすると、そうでもないのか……』


 よく考えてみたら、エルヴィーノは闇魔法の使い手でもある。

 そのため、魔力量がとんでもないのは今更だ。

 そう考えると、そこまで驚くことではないかもしれないとフィオレンツォは思い始めた。


「回収しますね」


「あぁ、頼む」


 氷の槍に体を貫かれ、プカプカと浮かんでいる数十体のポルコ・ペッシェの死体。

 エルヴィーノに一声かけ、セラフィーナが回収する。


「ポルコ・ペッシェは食べたことあるだろ?」


「はい」


 毒はないため、捕まえたポルコ・ペッシェは食べられる。

 レモラとは違って結構有名な魚のため、食べたことあるだろうとエルヴィーノが問いかけると、フィオレンツォは頷きと共に返事をした。


「おかしな感じですよね」


「そうだな」


 フィオレンツォのいうおかしな感じとは、ポルコ・ペッシェの味のことだ。

 初めてポルコ・ペッシェを食べたとき、多くの者が違和感を覚えるものだ。

 その時の経験を思い出し、エルヴィーノは同意する。


「魚なのに豚肉っぽい味するんだからな……」


 違和感の正体。

 それは美味い不味いということではない。

 美味いは美味いが、エルヴィーノが言ったように、ポルコ・ペッシェの身は食べたら豚肉のような味がするのだ。

 名前の由来は、この身の味のことも加味しているのかもしれない。


「おわっ!?」


 ポルコ・ペッシェの集団を倒したというのに、急に波が出てきた。

 その波によって船が大きく揺れ、フィオレンツォは体勢を崩す。


「こ、今度はなんですか?」


「「…………」」


 海に放りあされないように船にしがみつき、フィオレンツォは何が起きたのかを問いかける。

 それを受けたエルヴィーノとセラフィーナは、無言で海面に目を向ける。


「クラーケンだ!」「クラーケンよ!」


 波を起きている場所。

 そこに視線を向けて探っていたエルヴィーノとセラフィーナは、海底から上がってきている魔物の正体に気付き、声を揃えてその魔物の名前を叫んだ。

 船ごと飲み込むと言われ、漁師たちからすると恐怖の対象ともいえる巨大イカ。

 クラーケンが、この船に近づいていたのだ。


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