整形した少女は殺されて飾られた。

阿木子

side.少女

「おはよう」


少女の目の前には、70代後半ぐらいの女性がいた。

色あせた茶色の椅子に座って、上品な笑みを浮かべている。


「ごめんなさいね、私の部屋まで呼んでしまって。私の昔話をあなたに聞いてほしくなったの」


女性は右手を動かす。

右手の先には、こげ茶色の椅子。


「どうぞ、座って」


少女は女性に言われて、ゆっくりと腰掛けた。

女性は嬉しそうに笑みを深めた。


「もう身体は大丈夫?辛かったでしょう?よく頑張ったわね」


少女は首を横に振る。


「ふふっ、強い子ね。

じゃあ、昔話をさせてもらうわね」


「……あれは、私が学生だった時の話よ」



☆。.:*・゜



「みよ」


呼ばれて振り向いた少女は、上品な笑みを浮かべた。

とても嬉しそうだ。

腰まで伸ばした艶やかな黒髪を揺らし、自分の名前を呼んだ少女へとかけ寄る。


「さや、元気になったのね!」


「えぇ、もうすっかり元気よ」


お互いの顔を見合わせ、2人の少女は笑う。


「……髪、切ってしまったの?」


みよと呼ばれた少女が、悲しそうな表情を浮かべた。

さやと呼ばれた少女の黒髪は肩にかからない程度だ。


「えぇ、治療の邪魔になってしまったから。でも、いいのよ。これで、みよと区別がつくでしょう?」


「お揃いが良かったの」


「お揃いじゃなくても、私とみよの仲は変わらないでしょう?」


「そうだけど……だけど、今までは全部一緒だったじゃない。髪型も、背も、体型も、声も、顔も」


「そうね、髪以外は今でもお揃いよ」


「……でも、だけど……」


不満そうな表情を浮かべる、みよ。

一方、さやの表情に変化は見られない。さやは穏やかな笑みを崩さずに言う。


「大好きだよ、みよ」


その言葉に、みよの頬がほのかに紅く染まる。


「可愛い」


いつの間にか距離を詰められ、耳元でささやかれる声。

更にみよの頬が紅く染まる。


「お、同じ顔でしょっ!」


「みよだから、可愛い」


「もうっ!もうっっっ!!!」


みよが怒ったように声を上げると、さやは楽しそうに笑った。


「さや!!からかってるでしょ?!」


「そんなことないよ。みよがボクの一番可愛い子だって、本気で思ってるから」


「さやっっ!!」


恥ずかしさでいっぱいなのだろう。

みよが声を荒らげると、さやは「落ち着いて」と笑った。


「でも、本当だよ、みよ。みよはボクの一番大切な人。

みよは、そのままでいいんだよ」


みよはその言葉を恥ずかしそうに聞いていた。

それが、さやの最期の言葉だと知らずに。



☆。.:*・゜



「……さやちゃんは、その後直ぐに死んでしまったの。元気になったと言っていたのに」


女性の言葉に哀しさが含まれる。


「切なかったわ……」


女性の哀しげな姿を見て、少女も少し哀しげな表情を浮かべてしまった。


「あら、ごめんなさい。そんな顔、させるつもりじゃなかったのよ。ただ、この話をあなたに聞いてもらいたくて……」


女性が上品そうな笑みをうかべる。


「そういえば、あなた今いくつだったかしら?……そう、十八歳。さやちゃんが亡くなったのも、それぐらいなのよ……」


「あらやだ、私ったらまた……。ごめんなさいね」


「お詫びにお茶でもどうかしら?今持ってくるわ。紅茶は大丈夫?」


少女が頷くと、女性はゆっくりと立ち上がり、ドアへと向かう。


「ここでゆっくりしていてね。何をしていてもいいわ。ただし、あっちのドアは開けないで」


少女がまた頷くと、女性は部屋を出ていった。

少女は周りを見渡す。

女性が出ていったドア。

その両隣にある大きな本棚。

少女の席と女性が座っていた席の間にある、木の丸いテーブル。

そして少女の後ろにある、開けないでと言われたドア。

少女は立ち上がり、後ろのドアへと近づいた。

開けてはいけない。

そう言われたら、開けたくなってしまう性質のようだ。

金色のドアのぶを回し、ゆっくりとドアを開けた。

その瞬間に感じた、ジメジメとした湿気と寒気。

そして、そこにあるモノを見て、少女は女性との出会いを思い出していた。



☆。.:*・゜



駅の女子トイレの個室の中に少女はいた。

少女は便座に腰をおろし、ドアの内側を見ていた。

そこには貼り紙があり、「あなたの困り事を聞かせてください。力になれるかもしれません。」と記載があった。

少女は鞄からスマホを取りだし、いつの間にか貼り紙に書いてある番号に電話していた。

少女は困っていたのだ。

自分の顔に酷くコンプレックスを持っていたから。

母はとても美しい顔をしていて、父親似の少女はどこへ行っても「母親似だったら良かったのにね」と言われて育った。

その言葉は少女についてまわり、少女を酷く追い詰めていた。

それからだ。

あの子の鼻が可愛い、この子の目はパッチリしていて理想的等とどうしても比べてしまうようになったのは。

だから、整形をしたいと思うようになった。

だが、ネットで失敗談を見ていると怖い。

不安にもなってしまう。

お金もない。

じゃあメイクでカバーしようと思っても、メイクは永遠に続かない。

メイクを落とした後の顔を必ず見なければいけないのは辛い。


『はい、困り事相談室です。どうしました?』


電話を通して、少女は自分の顔がコンプレックスなのを話した。


『……それは辛かったわね。そうね、あなたと会って話をしてみたいわ。出来るかしら?』


電話の声色はとても優しかった。

馬鹿にすることなく真剣に聞いてくれたその声を少女は信じることにした。


『会うことができるのね。そう……なら今から会えるかしら。どこに居るの?』


駅で電話の女性と待ち合わせをした。

声色から自分のおばあさんぐらいの年齢だと少女は考えていたため、直ぐに見つけることが出来た。

少女と女性は近くのカフェに入り、話をした。


『あなた、魅力的よ。でも、整形したいのね。ねぇ、具体的にどんな顔になりたいの?お母さんと同じような顔かしら?』


少女はどんな顔になりたいかを考えた。

母親のように美しい顔になりたいと思っていた。

けれど、母親と同じ顔になりたい訳ではない。

思えば、具体的に考えたことはなかったと気付いた。


『可愛くなりたい気持ちが強いのね。可愛ければ何でもいいのかしら?例えば、この女の子のような顔は?』


そこには理想的で誰もが美しいと言うであろう少女の写真があった。

良い、と思ったあなたはコクリと頷いた。


『そう……そうね、なら私が手伝ってあげる。費用も信頼出来る病院も手配してあげる』


少女はその言葉に舞い上がった。

何故かおかしい話だと思えなかった。

この人についていけば、綺麗な顔になれると少女は確信していた。


『ふふっ、素直な子って素敵よね。今は冬休みかしら?整形をするなら、しばらく私と一緒にいましょう』


女性の言葉に少女は少し考える。

大学は冬休み。

一人暮らしをしているが、バイトが忙しいと嘘をついたから、今年は実家に帰る予定はなかった。

少女は迷いなく頷いた。



☆。.:*・゜



少女の顔は女性が提示した少女の顔へと変貌していた。

整形は成功したのだ。

この部屋に居る、目の前の少女と同じ顔に。

部屋には黒い柩だけが置いてあり、蓋はされていなかった。

そこに眠ったように横たわっているのは、女性が持っていた写真と同じ顔だ。

等身大の人形だろうか。

それにしても、この独特の香りはなんだろうか。

部屋を開けた瞬間から鼻の奥がツンとする刺激臭。

あの女性は、さやは死んだと言っていた。

もしかしたら、女性が持っていた写真の少女がさやで、少女をさやと同じ顔にして傍に置いておきたかったのかもしれない。

少女は顔をしかめる。

異臭で今にも吐きそうだ。

少女は部屋から出て、ドアを閉めた。


「……紅茶は飲めそうかしら?」


声をかけられ、少女はビクっと肩を震わす。

振り向けば、そこには紅茶を持った女性が立っていた。


「とても落ち着く香りよ。少しずつでもいいわ、ゆっくり飲んで」


女性は上品に微笑み、紅茶をテーブルに置いた。

少女は女性の笑みに安堵し、そして元の場所に座った。

紅茶の香りを嗅ぐと、不思議と吐気は落ち着いた。

ゆっくり、一口ずつ、口に含んで飲んだ。

全てを飲み終わる頃、少女の人生は終わりを告げた。

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