第26話お嬢様と聖女ちゃんの密談

二人で並んで教会に向かい始めるが、フッとこちらを見上げる。


上目遣いだ。可愛い。


「おじさま。また逃亡したくなったら、お願いするからね」


「へい。俺なんかでよろしければ、何処でも好きな所へお連れしやす」


「ふふっ。ありがとう。何度もお願いするね」


柔らかな笑顔は聖女なんかの気品に満ちたものじゃなくて、何処にでもいる普通の少女のとびっきりの笑顔だった。


「おッ――――おっさん!」


「へ? なんでお嬢様が?」


突然、声をかけられて振り向くと、そこには銀髪をなびかせて必死で駆け寄って来るお嬢様がいた。


「はぁっ……はぁっ……か、勘違いなんだからね! ……おっさんが聖女と再会していい雰囲気になってるんじゃないかと心配したとか……騎士団を総動員して、市場周辺を捜索させたとか……一日中おっさんを探し回っていてお昼ご飯も食べてないとか……全然違うんだからね! ……勘違い……え?」


はあはあと息が荒いお嬢様だったが、視線が俺と聖女ちゃんの方を向き、その視線が俺と聖女ちゃんが手を繋いでいるところで視線が固まって、体も石のように固まらせた。


「お・っ・さ・ん・そ・の・ひ・と・は・?」


壊れた機械のように声色が単調になるお嬢様。


「い、いや、これは違うんでさ」


俺は何故か言い訳をしてしまった。


何故そんな発言をしてしまったのか、自分でもわからねぇ。


「何が違うの? おっさん?」


「……あなたは。アリス王女殿下?」


「おや、ご存知でしたか? なら私の性格もご存知でしょう。今すぐ頭を垂れなさい。壁に顔がめり込むまで丁寧に説得<物理>して差し上げましょう」


「……おじさま。殿下をご存知なの?」


「ち、違うんでやす。俺とお嬢様は……そんな」


「「何が違うの!?」」


二人同時に突っ込まれた。 


「いや。そうよね。私のおっさんだもの……ふふッ……尻の軽い聖女なんて……どうせこうなると思ってた……それに、もう手遅れだってことも……一目瞭然」


「ふ……ふふふ。そうだね。私のおじさまだもの……2週間も目を離したら……おじさまのこと、気づいちゃっても……そう、素敵な人……だから」


なんか二人ともブツブツ言ってる。


俺、なんかしたっけ?


でも、何だろう?


この浮気現場を見られたような感じは?


☆☆☆


「改めて自己紹介させて頂きます。おっさんの未来の嫁のアリス・アストレイです」


「お初にお目にかかります。おじさまの恋人ミア・アムネジアです」


「……」


「……」


二人の間に何かが走り、同時に沈黙する。


「質問があります。アリス殿下」


「何ですか? これから大事な密約を締結しようと言うのに」


「何故おじさまを好きになったのですか?」


人差し指を唇に当てて、不思議そうな顔をする聖女、ミア。


「あなたの見解を言ってみなさい」


「血の戦いで殺戮という名に愛された天使という字名を頂いて、求婚者が0になって、たまたま通りすがりの心根の優しいおじさまにつけ込んで、なんとかして結婚してもらおうと必死」


「あなたは我が国の王女を何だと思ってらっしゃる?」


「弱いものイジメが大好きな性格破綻者だと伺っております」


「その見解を述べたものを今すぐに連れてきなさい。文字通り、首を捻じ切って、正しい見識を教えて差し上げます」


「見解を証明してどうなされるのですか?」


王女アリスのこめかみに筋が浮かび上がる。


一方、一国の王女に対してこれだけのことを言っても涼しい顔の聖女ミア。


「まあ、いいわ。誤解はいずれ解けるわ。教皇の娘のあなたとことを荒立てることは避けたいぞ」


「良い判断ですね。世襲制でないので私は王女ではありませんが、私は教国の元首、教皇の娘ですから」


「ああ。理解しているぞ。同格のライバル……だと言うことだぞ」


ミアは教皇の娘であり。アストレイ王国内にある小国、アムネジア教国の王女とも言える存在だった。


「まあ、密約を定めよう。お父様からだいたいの説明は受けている」


「……私も」


ミアがティーカップの紅茶を少し飲むと。


「まず、その前に紅茶でも……ブラットレー地方の珍しい茶葉を用意させて頂きました」


「……断る」


「あら、お気づきに?」


「紅茶に毒を仕込むとか、普段から、よくあるから」


「まあ、そんな怖い顔をしないでね。それより袖口に仕込んだ毒が塗ってある短剣をどこかにやってくださいね」


「「ちッ」」


二人同時に舌打ちをする。


王女は袖口の他、あちこちから暗器を全部取り出すと、聖女も紅茶や椅子の下の爆弾などを全部外す。


「これで、ようやくちゃんと話し合えますね」


「話し合うなど……既に親同士で決められてるぞ」


「……そうだね。とっても単純。おじさまに一番と認められた方が正妻」


「二番目は、愛人、公娼か側室」


アストレイ王国とアムネジア教国の最重要事項。


それは二人のどちらかが正妻としておっさんに娶ってもらう。


敗れた方は愛人の座に甘んじ、正妻も愛人を公式に認める。


両国が同盟を結んだ証として交わされた密約。


どちらに転んでも、互いに利益は共有できる。


「アストレイ王国はこれから混乱しますから」


「これからどころか、明日にでも混乱が起きそうだぞ」


「……明日ですか。アストレイ王国騎士団の観覧式でしたね」


「ああ、兄上のバックの同盟が動くと見ている。おっさんには私の警護のついでにお父様を守ってもらう」


「とうとう動き出すのですね。この大陸が麻のように……ハラハラと揺れる……のですね」


その頃おっさんは盛大にくしゃみをしていた。

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