第57話 サプライズ①


「涼のことだから、こうなるんだろうなあ、って薄々思ってたけど…」

「確かに、涼くんらしいかもしれません…」

 澪は不満そうに唇を尖らせ、椿姫さんもなんとなく少しがっかりしたような口ぶりだった。

 当然三人で一つの傘に入るのは不可能なため、俺がとった行動は、俺の大きい傘に澪と椿姫さん、澪の傘に俺、だ。

 澪と椿姫さんの相合い傘なら、女子同士だし、全く問題ないはずだ。

 それに二人が濡れないことを最優先で考えるならば、これが一番いい選択だろう。

 ていうか、さっきのは一体なんだったんだ…。

 椿姫さんの言い分は分からないでもないが、澪はなんだ?傘持ってるだろ。

 その場のノリなのか分からないが、一瞬でも二人の女子に迫られる図は、きっともうこの先体験することはないだろう。青春の一ページとして、心に刻んでおこう。


 校門を出てしばらく歩いていくが、俺の隣を澪と椿姫さんが変わらず歩いている。

 俺は疑問に思い、声を掛けた。

「椿姫さん、こっちの道から帰れるのか?いつもの十字路は通り過ぎたが…」

 この前椿姫さんの家にお邪魔したので、椿姫さんの家までの道のりは知っている。

 このまま俺達と一緒に来るとなると、かなり遠回りになると思うのだが。

「ご心配いただきありがとうございます。でも今日は大丈夫です!このまま辻堂くんのお家に行くので」

「え……?」

 椿姫さんと皐月が、お互いの家に行くほど仲良くなっているとは思わなかった俺は、目を丸くしてしまう。

「そう、か……」

 確かに椿姫さんと皐月は教室でも隣の席だし、いつも楽しそうに話してはいる。

 俺が先に仲良くなった椿姫さんではあるが、皐月はきっと誰にだって気さくに話しかけ、すぐに友達になるようなやつだ。何も引っ掛かるところなんてない、はず……。

 俺の歯切れの悪い返事に、椿姫さんが俺の顔を覗き込むように窺ってくる。

「涼くん?どうかしましたか?」

「え?あ、いや、別に……」

 椿姫さんはなにがそんなに楽しいのか、ふふっと笑って、俺の傘の中に入ってきた。

「ちょっ、椿姫さん!濡れるぞ」

 慌てる俺を気にすることなく、椿姫さんは俺の耳元に口を寄せる。

「…私が一番仲が良いのは、涼くんですよ?」

 耳元でそんなことを言われて、俺は慌てて耳を抑えた。

 椿姫さんは「えへへ、なんちゃって…」とその綺麗な顔に照れくさそうな嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 確かに椿姫さんはこの前も、俺を友人として好きだ、と言ってくれていたのだが、この椿姫さんの行動は予想外だった。

 こんな風に、澪みたいなことを言ってくるとは思っていなかったので俺の心臓はドキドキバクバクだ。

 椿姫さんも俺といることに慣れてきたという顕れだろうか…。

「ちょっと椿姫ちゃんっ!」

 澪に声を掛けられた椿姫さんは、またひょいっと澪の方に戻って行く。

「えへへ、やりすぎちゃいましたかね?」と少し照れたように笑う椿姫さんに、澪は可愛らしく頬を膨らませている。

 ほんと、なんなんだ、今日は……。


「じゃあ、俺はここで」

 皐月の家に行く、という澪と椿姫さんととある交差点で別れようとすると、「涼!待って!」と呼び止められた。

「涼も行くの!」

「は?」

「このあと予定ないでしょ?」

「うっ…まぁ、ないけど…」

 澪は、帰宅した俺はどうせ一人でゲームでもやっていると思っているのだろう。まさにその通りだ、正解……。

「じゃ、皐月くんの家行くよ!」

 澪と椿姫さんに半ば強引に連れられ、俺は辻堂家へと向かうことになった。


 ついこの前皐月がうちに遊びにきたばかりだが、俺が皐月の家に遊びに行くのは、随分と久しぶりのことだった。

「本当に俺まで行ってもいいのか?」

 どうやら皐月、澪、椿姫さんの三人でなにかをしているらしいのだが、今回は俺も参加していいのだろうか。

「涼ってば…ほんとに鈍いよねぇ…」

「そうですね…」

 澪の呆れたような呟きに、椿姫さんも眉を下げる。

 だから一体なんだというのだ…。いい加減教えてほしい。

 そんなこんなで辻堂家に到着した俺達三人は、チャイムを押して家主の返答を待つ。

 相変わらずなかなかにでかい一軒家である。

 庭にはバスケットゴールも置かれている。皐月はいつもここで練習しているのだろうか。

 すると間もなくしてインターホンから女の子の声が聞こえてくる。

「はい」

 それに澪が応対する。

「あ、葉月ちゃん?澪です!」

「はーい」

 そんなやりとりのあと、皐月の妹である葉月ちゃんが玄関に顔を出した。

「いらっしゃい!上がって上がって!」

「お邪魔しまーす!」

「お、お邪魔いたします…」

 少し緊張した面持ちの椿姫さんの後に続いて、俺も上がらせてもらう。

 「はわわぁ…」とか声を漏らしながら椿姫さんに見惚れていた葉月ちゃんは、次に俺の顔を見てすぐに破顔する。

「わあ!涼くん!久しぶり!」

「ああ、久しぶり」

「元気だった!?この前はお兄ちゃんが強引にお邪魔してごめんなさい」

「ああ、いや全然」

「私も行きたいって言ったのに、お兄ちゃん連れて行ってくれなかったの!」

 膨れる葉月ちゃんに、幼少期の姿が重なる。けれど、小学生のときよりも随分と背も伸び、女の子らしくなったものだ。

 大きくなったなぁと零しそうになって、もう高校生なのだからそれはそうかと言葉を飲み込んだ。それにセクハラになるかもしれないしな。

「涼くんに会いたかったんだ~!最近よくお兄ちゃんから写真見せてもらってたから!」

 「ほら!」と言って葉月ちゃんは取り出したスマホの画面を俺に見せる。

 それは、ゴールデンウィーク前に行った浅草の校外学習で撮った、班員の集合写真だった。

「涼くん、なんかめっちゃかっこよくなったよね!?」

「え、そうか……?」

 自分ではよく分からんが、まぁ一応身なりには気を遣っているつもりだ。

「かっこいいって言うのなら、お兄ちゃんの方がかっこいいだろ?」

 皐月は三枚目ではあるが、イケメンだし。

 そう言うと葉月ちゃんは、いつかの澪と同じような反応をした。

「えー、お兄ちゃんはいいよ、別にかっこよくないし」

 俺は苦笑しながら、リビングへと向かう。

 澪の家、椿姫さんの家に続いて、皐月の家まで。

 こんな風にまた人の家にお邪魔できるなんて思ってもみなかったな。

 他人は本当に、俺が思っているよりもなんとも思っていないものだ。

 「キッチンこっちだよ~」と先導する葉月ちゃんに椿姫さんがそわそわとついて行く。

 ちょうど澪と並んだので、俺は小声で澪に話しかける。

「ありがとな」

「ん?」

「澪のおかげだよ」

 こうして少しずつ「潔癖症」が緩和できて、昔みたいに友人と一緒にいられるのは。

 澪はすぐに俺の言っていることが理解できたようで、むふふんと自慢げに胸を張った。

「そうだよ~、みんな澪ちゃんのおかげなんだからねっ!」

「本当、感謝してるよ」

「……またうちにも来てよ。お泊りだって、私本気だし…」

 澪が上目遣いでそんなことを言ってくるので、俺は慌てて視線を逸らした。

 またからかわれていると分かりつつも、澪とのお泊りを想像してしまう俺の脳内を咎めるように、葉月ちゃんから声が掛かる。

「澪ちゃんなにしてるのー?こっち来て!」

「あ!うん!今行くー!」

 「涼、考えといてよねっ」と澪もキッチンへ向かう。

 せっかく妄想を振り払おうとしたのに、また意識は澪の方に引き戻され、やっぱり澪には敵わないなぁ、と思い知らされるのであった。

 俺もみんなに続いてキッチンに行こうとしたのだが、そこにちょうどドタドタと玄関を上がってくる足音が聞こえて、俺は振り返る。

「涼!」

「皐月」

 慌てたように帰ってきたのは、皐月だった。

「悪い!今日、部活ミーティングだけあってさ、遅くなったわ!いやー!涼が俺ん家にいるの、すげー久しぶりだな!なんか小学生の頃思い出すわ!」

「お、お邪魔してます…」

 皐月の喜びように、なんだか照れくささを感じる。

 ただ友人の家に遊びに来ただけだというのに、こんなにも喜んでもらえることがすごく嬉しい。

 もっと早くに「潔癖症」と向き合うべきだったかな…。

 そう思いつつもしかし今だからこそ、こうして「潔癖症」と向き合うことができ、友人達と楽しく過ごせるのではないかとも思う。今がいいタイミングだったのだ。

 俺の世界が、少しずつ変わりつつある。

 それはきっととても、いい方向に。





→続きます…!


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