第三話 小さき者の高潔な誇り

「そういえば、勇者がどうとか言っておったが、あれは何の話しだ?」

「え!? あ、あの……ケイジ様は、女神様よりお話を窺っておられないのですか?」

「おぉ、あの美しい女人か! はて、アルテミシア殿からの話とな……?」


 顎に手をついて真剣に考え込む慶次。

 その様子を見たアンネローゼは、慶次に憐れみの視線を向けた。


「ケイジ様は何もわからない内に、女神様にこちらに連れてこられてしまったのですね……お痛わしい限りでございます」

「あ、いや、違うのだ。アルテミシア殿は何やら説明をしてくれておったのだが、すっかりアルテミシア殿の美しさに夢中になってしまい、話を聞いておらんかったのだ」

「え、えぇ……?」

「あれほどの美女は中々おらんからな。しかも、ほれ。口説こうとして一発良いのを貰ってしまったわ! はーっはっはっはっ!」


 高笑いをする慶次の右頬には、確かに赤い手形が付いていた。

 少しでも憐れんだ自分が馬鹿らしいと、ため息をつくアンネローゼ。しかし、それならば初めから説明をした方が良いと、気を取り直して慶次へと向かい合う。


「私がケイジ様をこの世界に呼び出したのは他でもありません。私たち人間界に、魔界からの軍勢が迫っているからなのです」

「魔界の軍勢? それはどういうものなのだ?」

「魔界に住む者は、みな異形の恐ろしい姿をしております。肌は青く、額に角を生やし、強力な魔術を操るのです。さらには、魔界に棲む強力な生き物……魔物を従えております」

「なるほど……魔術がなにかは知らんが、聞いた話から想像すると鬼の様ではあるな」

「魔術を、知らないのですか? この様に、魔力を使って様々な効果を産み出すのですが……『火よアーク』」


 アンネローゼが近くにあった燭台に指先を向けると、小さな火の玉が飛び出して燭台に火を灯す。


「おぉ! これはなんとも面妖な。そうか、魔術とは妖術の事であったか」

「よかった、ケイジ様の住む世界にもあるのですね」

「うーむ……だが俺は妖術や呪いの類は疎くてなあ。忍術であれば多少の心得はあるのだがな」

「大丈夫ですよ。女神様から頂いた力があれば、魔術を操ることなど雑作もありません」

「アルテミシア殿の、力…………あっ」


 慶次は女神の力という単語を聞いて、大事なことを思い出す。


「すまん、その女神の力とやらだが……アルテミシア殿に頂く前に張り飛ばされたゆえ、貰っておらぬのだ。それに、俺の方から先に断ってしまった」

「え……? 嘘、ですよね……?」


 アンネローゼの顔色がサーッと青くなる。

 確かに、勇者召喚で呼び出される者はその殆どが、生前武勇に優れていた者ばかりである。目の前の慶次もそうであることは、先の様子を見ても疑う余地はない。


 しかし、勇者とは規格外の存在である。ただ力が強い、それだけでは一般人に毛の生えた程度の存在であり、とてもではないが魔界の軍勢に太刀打ちなど不可能である。

 あまりにも衝撃的な話に、ふらふらと倒れそうになるアンネローゼ。


 それも無理はない。

 勇者召喚はその強力過ぎる効果の為に、数百年の時をかけて魔力を溜め込んだ宝玉を用い、しかも世界に危機が訪れようとしている時にしか使うことが出来ない、特別な儀式なのだ。


 つまり、この世界の危機に際して使われた数百年分の魔力は、ただ少しだけ腕っぷしの強い男を呼び出しただけに終わってしまったのである。


「大丈夫かね? 顔色が悪い」

「え、えぇ……なんとか……」

「その、なんかすまん」


 流石の慶次も、自分の行いがアンネローゼに迷惑をかけてしまった事くらいは察することが出来る。


「いえ……勝手にお呼び立てしてしまったのは此方ですもの。ケイジ様になんの罪もございません」


 すぐに表情を引き締め、凛とした態度で慶次に謝罪するアンネローゼ。

 まだ成人をしてもいない程の少女が、文句の一つでも言いたいのを我慢して頭を下げる。

 慶次はアンネローゼの姿に、王族として責務を果たそうとする高潔さを見た。


「鳶が鷹を生むとはまさにこの事だな」

「え?」

「いや、気になされるな。それで、これからどうすれば良い?」

「本来であれば、勇者であられるケイジ様にご助力をいただき、魔界との戦いに備えなければいけません。しかし、ケイジ様が女神様の御力を授かっていないとすれば、勇者としての責務もございません。

 なので、ケイジ様はこの世界で市井の方と同じように暮らして頂くと良いかと。勿論、私どもがお呼び立てしましたので、生活などの支援などはさせていただきます」

「だが、それでは魔界の軍勢はどうするのかね?」

「一応、予備の宝珠がありますので、もう一度儀式を試みてみます。過去にも儀式が失敗に終わった際、女神様がもう一度だけ人間達の声に耳を傾けてくださったそうです。

 ケイジ様のお話を聞く限りでは、恐らく女神様もお応えになってくださるはず。ご心配なさらないでくださいませ」


 アンネローゼの提案に、慶次は考え込む。

 別段、コルセニア王国に滞在する必要はない。所縁が有るわけでもないし、むしろ国王など何かと厄介事を運んでくる予感すらある。

 それに、折角の異国の地に来たからには各地を見て回り、文化や風土に触れてみたいとも思った。


「では、拙者はこの世界で旅に出ると致しましょう。異国の地を巡り歩きたい」

「そう、ですか……私としましては、お詫びもありますし、この国に滞在していただきたかったのですが……」

「ここまで暴れてしまっては、城におるのも些か勝手が悪い」


 チラリとコルセニア国王を見る慶次。

 いまだ情けない表情のまま気絶している父を見て、アンネローゼも苦笑いを浮かべる。


「さぁて、それではこれにて失礼つかまつる! おっと、少しばかりこいつをお借り致す」

「あ……」

「では、また縁がありましたらお逢いしましょうぞ!」


 慶次は倒れたビルマから戦斧を奪い取り、さらにはコルセニア王から真紅のマントを剥ぎ取って身体に巻き付けた。

 歴戦の傷が刻まれし偉丈夫の身体に、真紅のマント。

 手には巨大なハルバードを構えたその立ち姿は、まるで宝物庫に飾られている英雄の彫像を思わせる雄々しさがあり、まだ男を知らないアンネローゼでも思わず見惚れるほどであった。


 笑顔のまま颯爽と、祈りの間を飛び出す慶次。

 その時、ちょうど増援を引き連れて戻ってきた兵士達と鉢合わせになった。


「み、見ろ! あのマントは……国王様の物ではないか!」

「なんと無礼な! 奴を討ち取れぇ!」


 増援としてやって来た兵は、先程までの兵とは違い慶次を前にしても怯むことはない。

 それは兵士としての心構えの違いなのか、はたまた敬愛する王に危害を加えたことに対する義憤なのか。

 しかし、その程度の違いなど、慶次にとっては些事でしかなかった。


「どけどけい! 道を開けろぉぉぉ!!」


 巨躯を誇るビルマ専用に作られた巨大なハルバード。

 それをものともせず自在に振り回す慶次を見て、兵士達の頬に汗が流れる。


「な、何をしておるか! マントを取り返すのだ!」


 背後から指揮官の激が聞こえ、兵士達は気を持ち直して槍を構える。


「俺たちの方が数が多い! 一気に槍で貫いてくれよう!」

「構え!」

「突撃ー!!」


 広い廊下を兵士達が五列編成で槍を構え、一気に慶次へと迫っていく。

 綺麗に横並びになり、隊列を崩さず進む姿からは、日頃の練度の高さが窺える。しかし……


「見事な隊列と動き。だが、それ故に読みやすく、脆い! そりゃあ!」


 慶次はハルバードを腰だめに構えると、勢いよくかちあげて迫りくる槍の壁を弾く。

 想像以上の膂力によって弾かれた兵士は、なんとか体勢を建て直そうとたたらを踏む。しかし、そんな隙を待ってくれるほど、慶次は甘くない。


「おぉおりゃあぁぁぁあっっ!!」


 怒号と共に、返す刃で兵士を横薙ぎに斬りつける慶次。叩き潰されるように斬られた兵士達の上半身が宙を舞い、きらびやかな廊下を朱に染める。


「ひ、ひぃぃぃ!?」

「嘘だろ!?」


 後続の兵士達は、目の前で繰り広げられる光景に戦慄する。

 いくら相手が勇者とはいえ、一振りの刃で一度に五人の仲間の命が失われるなどあってたまるか。

 まさか一人の男を捕らえるのに、これほどの犠牲を伴うとは考えてもみなかった兵士達は、みるみる内に戦意を喪失していく。


「なんだ、もう終わりかね?」


 ハルバードを肩に担ぐ慶次。

 だが、そんな慶次の前に一人の老人がゆっくりとした歩調で近づいてくる。


「なんとも豪気なことよ。だが、力自慢程度で掻い潜れるほど、ワシの包囲網は甘くはないぞい」


 老人がサッと手をあげると、何処からともなく現れた藁人形達が、ぐるりと慶次を取り囲んだ。

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