お祭りトイレ戦争

 夏の風物詩と言えば『祭り』だ。


 溢れんばかりの人混み。夏の暑さに加えて、人口密度過多による暑さもプラスされる。しかし、人々は暑さのことなんか忘れて食事に、遊びに、談話に耽っている。

 俺もまた人混みの一部となっていた。だが、俺はここにいるほとんどの人たちとは違うものに耽っていた。


「はい、千賀。どうぞ……」


 屋台で綿飴を買い、4歳の娘に渡す。千賀は「ありがとう!」と大きな声で言うと初めて見る大きな綿に瞳をキラキラさせていた。娘の可愛らしい姿を見ながら、俺は怒涛の働きを見せる胃に冷や汗を掻く。


 たこ焼き、焼きそば、フランクフルト。屋台ではたくさんの食べ物を口にした。そして、最後に『かき氷』を食べた後、突如お腹に違和感を覚えたのだ。今、俺は必死にお腹に意識を集中させ、便と闘争をしている。


「すまん、ちょっとトイレに行ってくる」


 だが、もう限界だ。いい加減トイレを探さなくては手遅れになってしまう。幸い、妻は俺の様子がおかしいことに気づいていたようで「早く行きなさい」と促してくれた。お言葉に甘えて娘を預け、屋台を後にする。


 先ほどまでまるでお昼のように明るかった景色は一瞬のうちに暗闇となった。

 さて、問題はここから。祭りのイベントといえば、屋台や花火を浮かべる人は多いだろう。だが、もう一つ重要なことがある。それは『トイレ戦争』だ。


 膨大な人数に対して、トイレの数は限られている。如何に早く誰もいないトイレを見つけるかが勝負の分かれ目だ。


 幾億もの『トイレ戦争』を行ってきた俺はある程度の攻略法を備えている。

 まず、トイレの種類だ。祭り用に設置された簡易トイレだけでなく、コンビニ、公園、神社など多種多様な場所にトイレが散りばめられている。その中から如何に誰も行きそうにないトイレを見つけられるかが鍵だ。


 俺はひとまず人々が歩く方向とは逆の方向へと歩いていった。ここにいる人々はこれから始まる花火の打ち上げ場所の近くへと移動することだろう。ならば、反対方向の地域は過疎化し始める。つまり、トイレが空いている確率は高くなるはずだ。


 歩いていくと、簡易トイレが目についた。トイレの前には行列ができている。皆、花火が始まる前に用を足しておこうと並んでいるのだろう。今あれに並んだとしても我慢ができるかは微妙なところだ。簡易トイレは諦め、別の場所を探す。歩きながら視界に映るコンビニや公園を確認するが、いずれも複数人が並んでいた。簡易トイレとは違い、全員が大きい方をするのが確定しているため、少人数だとしても別の場所に行くのが得策だ。


 このままでは本当にまずい。尻に力を入れ、肛門をぎゅっと塞ぐ。塞いだままを維持するために歩幅は短くなる。それを足の回転数を上げることでカバーする。

 焦りつつ見回していると小さな公園のトイレが目につく。見る限り人はいなさそうだ。


「しめた!」


 喜びのあまり思わず声が漏れる。急いで公園に入るといち早くトイレへと駆け込んだ。

 そこで問題が発生した。俺がトイレだと思ったのは『防災用具保管庫』だったのだ。


 完全に油断をしており、お腹を緩ませてしまった。それが仇となり、便は先まで来てしまった。急いで公園を出て、死に物狂いで小走りする。だが、運悪く目の前には住宅街が広がっていた。

 完全に終わった。俺は目を閉じながら全てを失ったかの如く天を仰いだ。


「雄介じゃん!久しぶり!」


 その時、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。見ると家の駐車場で寛いでいる人たちの姿があった。その中の一人が俺に手を振っている。彼には覚えがあった。中学の同級生だ。


「すまない。トイレを貸してくれないか!」


 俺は慌てて、単刀直入に告げる。もうここしか頼みの綱は残されていない。


「ああ、良いけど……」 


 切羽詰まった俺の表情で察してくれたのか矢継ぎ早に承諾し、家の扉を開けるとトイレの場所を教えてくれた。

 家に入り、「助かった〜〜」と歓喜に震えながら廊下を駆け抜け、教えてくれた場所へと赴く。トイレの施錠はされていないため誰かが入っている心配はなさそうだ。


 地獄から天国に生還できた俺は安堵に包まれながら、扉を開ける。

 すると、女子高校生と思われる若い女性が携帯を片手に便座に座っていた。彼女は扉の音に反応したのか俺の方を見ていた。最初に見せた呆けた表情は次第に薄れていく。頬が赤く染まり、目が泳ぐと口を大きく開く。


「キャッーーーーーーーーーーーーー!」


 花火よりも先に女性の悲鳴が天に轟いた。

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