第4話
私の言葉に、桃花は先生らしいですと苦笑した。
含みのある言葉に私は眉を顰めるが、彼女はおかまいなしにコーヒーを飲んで表情を隠す。
やがて優雅な手つきで中身を減らしたカップを机に置くと、こちらに向かって不敵な微笑みを浮かべてきた。
「先生、そんなしがらみ一つで私の好意を拒めると思ったのなら大間違いですよ」
「そんなって、桃花。あの頃も断っているし、大人になった桃花を綺麗だと思うけれど、それ以上の感情を持てないよ」
自分の人生最大の後悔を“そんなしがらみ”と評されたことに内心で苛立ちながら、私は彼女の恋心を改めて切り捨てる。
それは数年前の再現だというのに、目の前の彼女は過去と違って余裕の笑みを崩すことはなかった。
「ふふん、先生は煽るのが得意なんですね。今から全力で口説きますので早々に諦めてください。ようやく会えたうえに綺麗だなんて褒められて、今の私はヤル気満々です」
「おい、そのやる気ってなんだ」
「生々しいほうのヤル気です」
「だれだ私の桃花をこんな恋愛バカにしたやつは……」
「おおよそ先生のせいでは? 何年も一途な片想いを拗らせたらどうなるか、身をもって知るべきです」
言葉の応酬の最後に繰り出されたぐうの音も出ない反論に、私は押し黙る。
こちらの様子を見てクスクスと笑う彼女をねめつけるが、桃花はごめんなさいと謝りながらも笑うことをやめなかった。
彼女の鈴を転がすような笑い声が、やけに耳に残る。しばらく桃花を笑わせるがままにしてようやく、再会してからずっと抱いていた違和感に気づいた。
「……桃花、そんなに笑う子だった?」
記憶の中の桃花は、どちらかというと諦観からくる苦笑や自嘲の笑みが多かった。だからこそ、彼女が年齢通りの子どもっぽい笑い方をしてくれた時に、わたしは内心で安堵したのだ。
その虚弱体質にあらゆるものを奪われた彼女でも、心を揺さぶられて表現できる喜怒哀楽は残っているのだと、今思うとひどい安心の仕方をしていた。
「ふふ、ごめんなさい。再会できてからずっと、先生の姿を見るだけで嬉しくてたまらないんです」
「惚気か。本人が嫌がってると分かってて惚気か」
「これでも普段は周囲からポーカーフェイスに定評があるんですよ……ああ、私って本当に先生のことが大好きなんだ。この気持ちは、どうしたって抑えきれない」
自分の気持ちを再確認して愛おしげに微笑む彼女がまぶしくて、私はコーヒーカップに視線を逸らしてしまう。
桃花から受け取ったコーヒーは、結局一度も口をつけないまま熱を失っていた。
カップを掴んだ指先は冷え始めているのに、彼女から降り注ぐ言葉がむずがゆく、胸の内を摩擦して熱を生んでいる。
「お話をしましょう、先生」
桃花は笑いながら、そう提案した。
「恩師と生徒の、他愛もない思い出話です」
「それがどうして口説き文句になるの」
「いえ、私も拗らせている自覚はあるんですが、先生も相当なようなので。事実のすり合わせをして自覚してもらったほうがいいかなと」
「言うじゃないか、桃花。それなら私だって脈がないことを突き付けてあげるよ」
まるでこちらが鈍いとでもいうような彼女の言葉に、余裕を失い始めていた私は売り言葉に買い言葉で、了承の返事をしてしまうのだった。
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