その日が来たら、愛するあなたに殺されたい
本郷アキ
第1話
第一章
休み時間が終わり、チャイムが鳴り響く。
教室の窓は開いていて、聖の短い髪をさらりと揺らす。耳にもかけられない長さだから、風に乱れると前髪が邪魔で仕方がない。
(前髪もう少し切ればよかったかな……あぁ、でもますます男っぽいと思われそう)
染めていない真っ黒の髪は、うなじが見えるほど短く切りそろえられている。
肉付きが薄くすらりとしているため、制服を着ていなければ中学生男子に間違えられることもあった。
両親が空手の道場を経営していて、聖は物心着いた頃には空手衣に身を包んでいた。朝食を食べたら稽古に励み、学校から帰ったらまた稽古に励んだ。勉強よりも身体を動かす方が性に合っているし、楽しかったのだ。
そのため男子からからかい交じりに「おとこおんな」なんて言われることもしばしばだ。もちろん売られたケンカは買うのだが、十六歳という多感な年齢としては男子に間違えられて嬉しいはずもなかった。一年ほど前に恋人ができてからは特に。
聖はふわりとあくびを漏らし、深く息を吐きだす。
(だめだ……まだ午前中なのに眠くなる)
そのとき、ポケットに入れたスマートフォンが振動し、眠気が霧散した。スマートフォンをチェックすると、幼馴染みで同級生、そして春で交際二年目となる恋人の
(今日、一緒に勉強しようって……テスト前だもんね)
聖は無意識に首元に触れた。そこには誕生日に陽一からもらったネックレスがついている。指先で花のモチーフを揺らし、口元を緩ませる。外見に似合わず少女趣味な聖をわかっていて、可愛らしい花のモチーフを選んだのだろう。一見すると強面の陽一がどんな顔をしてネックレスを買ってくれたのかを想像するだけで喜びに満たされる。
(あ~陽ちゃんとイチャイチャしたいなぁ)
しかしそうも言っていられない。聖はまだ高校二年に上がったばかりだが、ゴールデンウィーク明けには早速期末テストがある。
陽一とデートをする楽しみは来週まで我慢しなくては。陽一とは近所に住んでいるため顔を合わせる頻度が高いのは周りからよく羨ましがられるし、聖としても安心できるところだ。
陽一は生まれた病院も一緒で、それこそゼロ歳のときから一緒にいる。母親同士が友人ということもあり、互いの家をしょっちゅう行き来し、一緒に道場に通っていた。
最初は聖の方が強かったのに、中学生になる頃には抜かされてしまい、悔しい思いもしたものだ。ただ、彼の力強さを知り、初めて男性として意識してしまったのもたしかで、当時を思い出すと悔しさと共に甘酸っぱさまで蘇ってくる。
そんな二人が互いを男女として意識し始めるのは当然で、付き合うようになったのも必然だったと聖は思っている。
家族で兄で恋人。聖にとって陽一は、かけがえのない大切な人だ。自分が陽一以外の誰かに恋ができるとは思えないし、彼もまた同じなのだと信じている。
(いいよ、っと。あ、先生来た)
メッセージを返信すると、教室の前側のドアが開けられて、教師が入ってくる。聖は慌ててスマートフォンをポケットにしまい、起立の号令に立ち上がった。
(あれ、なに? なんか眩しい……)
教室の天井に直接目を向けられないほどの光が集まっていく。そして突然、まるで深海にでも潜ったかのように周囲の音が消えた。
(なに、なに、なにが起こったの? みんなは?)
自分と同じように驚いているであろう友人たちに目を向けようとする。
だが、天井の光が強まり、いよいよ目を開けていられない。足下が覚束なくなり、目眩に襲われる。人は驚くと声も上げられないらしい。あまりの突然の出来事にただ立ち竦むしかなかった。
「……っ!?」
ふわりと身体が浮き上がったような感覚がして、一瞬、どこにいるのかわからなくなる。パニックになりながらも身を任せるしかなく、もしかして宇宙ってこんな感じなのかも、と思いつつ手で床に触れた。地面がしっかりとあることに安堵する。
(地震だったのかな……なんだろう)
いつの間にか音も戻っていて、周囲がやたらとざわついている。それも当然かと、聖はゆっくりと目を開けた。だが、眩しい光に晒されていたからか目の前がよく見えず、慣れるまでに時間がかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます