2章
1 枕営業の成果?!
「明日のお花の発注は、全部で15件ね……いつもありがとう、悠ちゃん」
お腹減った……テーブルの上には、簡単なおかずとビールが置かれていてミキを誘惑してくる。20時まで店の営業があるミキは、自宅で夕飯を食べる時間が22時以降になってしまう。夫の悠介も仕事柄付き合いが多いので夜の食卓は晩酌だけで終わることも多い。
すいたお腹を押さえながら、ミキはメモに目を通した。飲む前に悠介と翌日の発注の確認をするようにしている。彼は、自営業の客先が多いので、折に触れて花の発注をあっせんしてくれる。気づけばかなりの売り上げを占めていて、公私ともにサポートしてくれるパートナーなのだ。悠介に改めてお礼を言うと、彼はニヤリと笑った。
「枕営業の成果がバッチリ出てるな」
ミキは悠介の目を見て少し眉を寄せた。
「枕営業って……自分の夫にして意味あるわけ?」
悠介は、切れ長な目で微笑みながら、黒くて短い後ろ髪をさわった。
「そりゃあ、俺だって人間だもの。カミさんがツンケンしてたら、『花を買うときに妻の店で買ってやってください』なんて頭さげたいと思わないだろ」
「そっか、そういうことか……」
「あれ、なんか不満そうだね。どうしたの?」
ミキは釈然としない気持ちでじっと悠介を見たあと口を開いた。
「悠ちゃんが、色々な人に頼んでくれて、花の発注を取ってきてくれるのは嬉しいよ。気に入ってくれてお店に来てくれるようになった人もいるし。でもさ……」
「でも何?」
ミキは少し上目遣いに悠介をにらむと小さな声でつぶやいた。
「花の発注がほしいから、シてるわけじゃ、ないもん……枕営業なんて思われてるなら、ちょっと心外なんだけど」
悠介は箸の動きを止めてマジマジとミキを見つめた。しばらくして不意に吹き出すと、笑いが止まらなくなったようで前にかがみこみながら、ひぃひぃと笑っている。
「え、何? なんでそんなに笑うの?」
「いや、うちのカミさんが可愛すぎて、もだえる」
馬鹿にされてる! ミキはますますふくれた。
「いや、ごめんて。枕営業発言は撤回するから、ミキちゃん、許して」
悠介は「この通り」とテーブルに手をついて頭を下げる。ミキはまだ少し不満だったけど、「いいよ」と言った。相手が「ごめん」と言ったら、「いいよ」と許すのが2人のルール。
『人は絶対に間違うから、ちゃんと謝る、そして謝ったら、ちゃんと許すのがいいと思うんだ』
婚姻届を出した帰りの車の中で、悠介が珍しく真面目に言ったのを聞いて、この人なら、うまくやれそうな気がする、とミキは思ったのだ。
「あー、緊張した。大人になって謝るのって、緊張するよね」
悠介は少し照れくさそうに笑った。夫婦のボタンってどんなタイミングで掛け違っちゃうんだろうか、ミキはキョウコの少し諦めたような表情を思い出しながらビールを口にした。
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