第10話 襲われたカバ車
★シアン・イルアス
サンセマムに戻った後は、まず女王蜂の毒針を薬屋に売り払った。
予想通りある程度の金額が手に入ったが(大量の毒針に薬屋は目を剥いていた)、今のところ豪遊したりする予定はない。とりあえず、片方しかない靴と穴の開いた服を捨てて新しいものを購入した。
その後は荷物を移動させてきたユキアと宿で合流、夕食を共にしてから部屋に戻り眠りについた。
一夜明け、次の日の朝。
再びユキアと合流し、サンセマムの町を歩いていた。
「うーん……やっぱり耳が出ていないと落ち着かないな。目隠ししてるような気分になる」
シアンの指示通り帽子で耳を隠したユキアが、居心地悪そうに頭を揺らす。
「悪いけど、我慢してくれとしか言えねえな。全く聞こえないわけじゃねえんだろ?」
「もちろん多少は音を拾えるが、だいぶ小さく聞こえるし方向もわかりづらい」
「まあ、普通の人間は耳だけ動かして音の方向探ったりとかはできねえしな。今オレとお前が感じられてる世界の広さ、割と近いんじゃねえか?」
シアンも、フードを目深に被っている。視界もいくらか狭められ、音も若干聞こえづらい。ユキアのように耳が丸ごと隠れているわけではないが、元々ウサギの聴覚がすぐれていることを考えると、総合的に同じくらいかもしれない。
「町の中に賞金首が入ってくることはまずねえし、お前ならもし石とか飛んできても無傷で済むだろ? やむを得ない場合は帽子取ってもいいし、とりあえずは慣れてくれ」
町が市壁で覆われているのは、キメラ対策だけではない。賞金首を町に入れないためでもあるのだ。各門に手配書が置かれていて、もし賞金首が入ろうとしたらその場で捕まってしまう。市壁を乗り越えればこっそり入ることもできるが、旅行者の証を受け取ることもできないし、そもそも高さが十メートルもある壁を乗り越える方法自体が限られる。
「むう……仕方ないか。そういえば、君はもう朝食は取ったのか?」
「ああ。早い時間に目が覚めてな、合流前にもう済ませた」
「そうか、ボクはまだなんだ。ちょっとそこで買ってくるから待っててくれ」
ユキアはそう言って、道の外れの方にあった出店へと駆けて行った。
数十秒後、何かをかじりながら戻ってきた。
「お待たせ」
「おう。ここからだと何の店か見えなかったけど、何買ったんだ?」
「カシスネズミの丸焼きだ」
「ぎゃあああっ!?」
大型のネズミがほとんどそのままの形で串焼きになっていた。声を上げて距離を取る。
「なんてもの食ってんだ!?」
「このキメラは独特の風味があって美味しいって前から聞いてたんだ。初めて食べたが悪くない。君も昼食にどうだ?」
「オレがネズミ嫌いなのわかってて訊いてんだろ!? 正直に答えろ、朝飯にそれ選んだ理由は純粋な興味とオレへの嫌がらせ、どっちがメインだ?」
「興味一割、嫌がらせ九割だ」
「いい性格してんなお前!?」
ほぼ弄りネタのためだけにゲテモノ料理を購入したのか。不味かったらどうするつもりだったのだろう。
「……まあ、それはどうでもいいとして」
強引に話題を逸らす。放っておいたらいつまでもからかってきそうだった。
「今日オレ達がやることだけどな。とりあえずは、リウの目撃情報がないか聞き込みするぞ」
「んむ」
ネズミ肉を頬張りながら、ユキアが頷く。
シアンとリウは、お互いがお互いを探している立場にある。そしてシアンがサンセマムを拠点にしていることは、恐らくリウにも予想されている。この近くに、他の町はないからだ。
こちらの動向がある程度予想されている状況で闇雲に動くのはよくない。故に、まずはこちらもリウの居場所を先に探っておきたい。
「昨日の今日だし、まだ大した情報はないかもしれねえ。でも、適当に歩き回るよりはいいだろ」
丁度ユキアが串焼きを食べ終えたところで、二人はサンセマムの南西にある酒場の一つにたどり着いた。
「じゃ、まずはここで聞き込みを……」
入口の扉を開こうと、手を伸ばしかけたところで――
「なあ、頼むよ!」
少し離れた場所で、大きな声が聞こえた。
酒場がある通りの先にある、サンセマムの西門だった。一人の中年の男が、門衛に何かを叫んでいた。
「早く行かないと、手遅れになっちまうかもしれないだろ! 今すぐ、助けに言ってくれ!」
「そうは言っても、こちらもすぐには動けないんだ。ここを不在にするわけにもいかないし、一人二人で行って解決する問題でもないだろう。本部の仲間に連絡はしたし、もう少し待って……」
「そんなこと言ってる間に、殺されちまったらどうするんだよ!? あんたらだけでも、先に行ってくれよ!」
「……、」
今の会話だけでは、細かい内容はわからない。サンセマムの住民らしき中年が、門衛に誰かの救助を頼んで渋られている、という感じか。
だが、『殺される』という単語を聞いては黙っていられない。誰も見殺しにしないと誓った身としては。
「悪いユキア、ちょっと話聞きにいくぞ」
「謝罪など不要だ。ボクも最初からそのつもりだったからな」
ユキアと頷き合い、西門へと向かう。なおも叫び続けている中年に問いかける。
「おい。どうしたんだ?」
「ん……」
シアン達を見て、中年は沈黙した。フードと帽子で顔の上部が隠れているとはいえ若い二人組であることは察せられるので、当てにしていいか迷ったのかもしれない。
「オレ達はこれでも戦闘の心得がある。誰かの救助が必要だって話なら、手を貸すぞ」
「そ、そうか……今は猫の手も借りたい状況だし、助かる。町の北西の方で、カバ車が盗賊に襲われたらしいんだ。知り合いの商人が乗ってて、ついさっき通信が入った。門衛に助けを求めてるんだが、すぐには動けないらしい」
「カバ車が……?」
カバ車とは、町と町を移動する際に使用する乗り物だ。十五~二十人ほどが乗り込める車を、『ライノスヒッポ』というキメラが引くのだ。
ライノスヒッポは全長五メートルを超えるカバ型のキメラで、足が長く機敏に動ける。キメラにしては珍しく温厚で、多く人に飼育されている。巨体故の凄まじい馬力を持ち、カバ車を引いて町と町を繋ぐ街道を往来する。
話を聞いたユキアが、首を傾げた。
「だがカバ車には普通、護衛が乗っているだろう? いつキメラやアウトローに襲われるとも限らない町の外を行き来するのだから」
「もちろん乗ってたさ! だが盗賊の中に狙撃手がいて、真っ先に撃ち殺されちまったらしい! 通信も途中で途切れちまったし、もしかしたら今頃他の乗客も殺されちまってるかも……」
「なるほど……確かに一刻の猶予もねえな」
盗賊の狙いは、乗客の持ち物やカバ車に積まれている荷物などだろう。乗客をいきなり皆殺しにはしないと思うが、パニックになる者がいれば殺される可能性も十分にある。
「わかった、オレ達が助けに行く。場所は町の北西だったな」
「え……君達二人だけでか!?」
門衛が上ずった声を上げる。その門衛に、旅行者の証である木札を見せつける。
「言っただろ、戦闘の心得はあんだよ。シアン・イルアスとユキア・シャーレイ、一旦外出するぞ。いいな?」
「う、わ、わかった。……え、ユキア・シャーレイ? あの、人型ストレイの?」
門衛がユキアの顔を覗き込んでくる。彼女がこの門を通るのは初めてだったようだ。
ユキアは帽子を目深に被り直す。
「……まあね。ボクがここを通ったことやシアンと一緒にいることは、あまり触れ回らないでくれると助かる」
「……? まあ、ユキア・シャーレイなら盗賊に後れを取ることもないか。一先ずは頼んだ。我々も、仲間が到着次第向かうからな。敵は凄腕の狙撃手もいるようだし、気を付けてくれ」
「おう……あ、待った。なあ門衛さん、ここから南の方の山に賞金首のリウって奴が現れるって噂を聞いたんだが、そいつが町の近くに現れたって話聞いたりしてないか?」
「リウ……ああ、手配書の似顔絵が妙に汚らしかった奴か。いや、この近くで目撃情報はないはずだが」
「了解、助かった。そんじゃあ行ってくる」
一応聞き込みもしておきつつ門を通り、北西へと走り出す。
カバ車の進行ルートである街道は一定間隔で目印の柱が立っているので、迷うことはない。柱はキメラが嫌う匂いを発する植物で覆われているため、壊される心配もない。
「おいユキア。凄腕の狙撃手がいる盗賊っつってたけど、心当たりのある賞金首とかいるか?」
「何人か思い当たるけど、ボク達が苦戦するほどヤバそうなのはいないな」
「よし。今は一分一秒が惜しいから、またオレを運んでもらえるか?」
「お安い御用だ、お姫様抱っこだな」
「いやそれだとオレがすぐ動きづらいので、おんぶで頼む」
結果的に男としての見栄えの悪さは大して変わらなかったが、止むを得まい。
シアンを背負い、ユキアは飛ぶように街道を突っ走った。
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