第8話

とは言え、管理者には最終奥義がある。

再起動した管理者は再び余裕の笑顔を浮かべて、今度は容赦なく幼少女を仕留めにかかった。


「うむ。生まれ変わることはあっても、先ほど伝えたとおり生き返ることは許されぬ。であるがゆえ、誰であれ、もとの存在として生まれ変われるなどということはないのだ。そのようなことになれば、生き返るのと同じようになってしまうではないか。それは、創造主様への背信に他ならぬ。」


もはや、自分のせいで幼少女をこんな目に遭わせてしまったと土下座して許しを請うていた人物と同じ存在なのか、と誰もが疑うほど、居丈高な物言いであった。


さすがに、ここまでの豹変は、幼少女が魔王として君臨していた時代全体をみわたしても、数えるほどしかなかった。


「もと四天王のバリダル卿さんが私を操り人形にしようとして失敗したときくらいの豹変さだ。」


幼少女はかつて、前魔王の元で「なぜあんな奴が四天王になれたのだ。」と多くの魔族から白い目で見られていたバリダル卿が、甘言を弄して自分を操ろうとして、サガンにその本性を見破られた時のことを思い出した。

「あのときバリダル卿さんは、なんていうのかな、もっと立派な悪魔みたいな恐ろしい顔に変化したので豹変したのが分かったけど、こんな風に笑顔のままで態度が豹変する人もいるんだ。勉強になるなぁ。」

と、こんな事態になっていてすら客観的に状況を見ることも忘れない幼少女は、勇者の理不尽な刃を生き延びてさえいれば稀代の大魔王になっていたであろう。

だが、不幸なことに、アレな勇者を選んだアレな管理者のせいで、こんなところに送り込まれてしまった。


「ええと、こんなふうに相手がこれしかないって風にせんたくしを示してきた時には相手の出してきせんたくしのほかになにか別の方法がないか考えたり信頼できる人に相談したりすれば良いんだよね。そういうときはまず最初に、相手の出すせんたくしを正しくはあくするんだっけ?」


幼少女はこれまで教えられてきたことを忠実に実践した。


「あの、じゃあ、私はこれからどういう道を選べるんですか?ちゃんと教えてください。」


「ちゃんと教えて」というあたり、さすがの幼少女にとっても、そろそろ許せる範囲を超えそうになっているらしい。

だが、もともとの傲慢な性格に戻った管理者はそんなことは意に介さない。


「承知した。では、そなたは次の中から選べば良い。」


しっかり聞きとろうと身構える幼少女に、管理者はようやく笑顔を消して無表情で容赦のない言葉を突きつける。


「まず第1は、このまま消滅することである。生まれ変わりも、なにもなく、ただ消えるだけである。そなたの存在は、記憶の中にのみ留まるであろう。死とは本来このようなものである。」


いきなりえげつないことを言っているが、管理者にとっては、幼少女を消し去ってしまうことで自分のミスが暴かれる可能性を排除できるから、最も好ましい選択肢なのだろう。だから、最初に挙げたようだ。

とはいえ、そのような人でなしなことを平気で口にした管理者を一概に責めることは出来ない。そんな、「言われる側の気持ちになってみる」ようなことをやっていれば、この世界を管理する管理者の仕事がいつまでも進まなくなってしまうからだ。

とはいえ、人でなしなのは間違いないので、それほど褒められた態度ではない。


アレな勇者に殺された挙げ句、アレな管理者に消えてしまえ、と言われた幼少女もさすがにこれにはショックを受けた。


「わたし、いま、こうやって管理者さんとお話ししているのに、消えてしまえって言われた・・・」

「であるから、そなたには生まれ変わるという方法を与えたのだ。」

「そ、そうですか。ありがとうございます?」


何となく釈然としない、というよりも、普通の感覚の人間でも魔族でも、さすがにキレて良いレベルのことを言われたのに、律儀に礼を述べる礼儀正しい魔王であった。

とはいえ、さすがに語尾に「?」がつくのは仕方がない。


「うむ。」


だが、そんな疑問符つきの礼に対しても偉そうに頷く管理者であった。


「その、生まれ変わるというのは、どこにどうやって、というのは選べるのですか?」

「通常はそのようなわがままを聞くことはせぬが、今回は特別に許してつかわす。元の魔族の一人として生まれ変わることも許してやろう。ただしこの場合は、生まれ変わったそなた自身や周囲の者が前世の記憶に苦しめられぬように、生まれ変わるまでの全ての記憶は消す。」


管理者さんのミスの証拠隠滅かも知れないなぁ、と幼少女は思ったりもしたが、「魔王たるもの、思い込みを口にすることは憚るべきです。周囲の魔王様への信頼を損なうことになります故。」とこれもサガンにたしなめられた時のことを思い出して、口には出さなかった。

それよりも、少し気になることが幼少女にはあった。


「あの、いま、元の魔族の一人として生まれ変わること『も』とおっしゃいましたね?」

「うむ。」

「ほかにも生まれ変わる先はあるのですか?」

「ある。」

「たとえば。」

「たとえば、そうであるな、人に生まれ変わることも出来る。この場合も記憶は消す。」


管理者は余計なことまで答えたが、この付け足した言葉を、幼処女は聞き逃さなかった。

「この言い方だと、記憶を消されずに生まれ変わることも出来そうな、できないような?」

と。

大事なことなので、幼少女はしっかり確かめる。


「あの、記憶を消されること無しに生まれ変わりを許して貰えることもあるのですか。」

「もちろんある。」


管理者は即答した。幼少女が「あれ?なんだかこの質問をされるのを予想していたみたい。」、と思ってくしまうくらいの即答であった。


「先ほども伝えたとおり、記憶を消すのは、私の管理する世界に生まれ変わったときに、そなた自身や周囲の者が前世の記憶に苦しめられることのないようにするためである。ゆえに、私の管理する世界の外で生まれ変わるならば、そして、そなた自身が記憶を持ったままで生まれ変わることの苦しみをあえて受けるというのであれば、そのようにしてやることもこの度だけは許してやらぬでもない。」


「それって、なんだか理由になっているようで、なっていないような気がする」、と幼少女は思ったが、管理者が自分の管理する世界から追い出して、自分のミスをもみ消すために片道切符を選ばせることしか考えていなかった、という真実にはたどり着けなかった。

なんせ、別の世界でこの幼少女がどれほど辛い目に遭おうが、周囲を混乱させようが、責任を問われるのは、この世界の管理者ではなく、別の世界の管理者なのだから。

そうした、創造主の作ったルールを知らない幼少女が、真実にたどり着けなかったとしても仕方がないことだった。









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