第6話
幼少女が反論しないのを確認した管理者は、厳かな口調で続ける。
「魔王も勇者もこの世界のありとあらゆるものは創造主様がお作りになったものなのです。ですから、創造主様の定めに反することはなしえないし、起こりえないのです。」
幼少女は「なるほどー」と言いかけたが、ふと思いついてしまったことを口にした。
「ええと、じゃあ創造主様が『生き返っていいよ。』って言ってくれたら生き返れるの?」
素直過ぎる質問を、素直すぎる表情で問いかけた幼少女に管理者は絶句した。
確かに目の前の幼少女の疑問通り、創造主が「いい」と言えば生き返れそうな気がする。
だがそれを認めてしまえば、この幼少女はその素直さでもって「創造主に生き返らせてくれるようにお願いする。」と言い出すかも知れない。
いや、さっき見せた、「やらなくてはならいこと」への責任感からすれば、きっとそう言い出すだろう。
「管理不行き届き」
その言葉が管理者の脳裏をよぎった。
そうだ。創造主が、自らの創造したこの世界を直接管理せず、あえて管理者を置いて管理させているのは、創造主のみが持つ、新たな世界を創造する力を存分に奮って、より良い新たな世界の創造を続けられるようにするためだ。
つまり管理者とは、その世界において、創造主の代理人としての立場にあるが、あくまでその権能は、創造主を些事に煩わされないようにするためにのみ与えられたものだった。
だから、たとえ魔王の願いといえど、そしてそれが管理者のミスから生じた願いといえど、たかだか無数にある世界の無数の願いの一つでしかないその「願い」を、創造主のもとに持っていってしまった時点で、管理者失格なのだ。
創造主が、失格と看做した管理者がどういう末路を辿るか…
管理者は停止しかけた脳を発火させた。
それはもうこれまでにないほど猛烈に発火させた。
眼前の幼少女が、「私のために出来ることを考えてくれてるんだ。」という期待を込めた視線を管理者に注いでいることをいいことに、必死に管理者は考えた。
いい意味でも、悪い意味でも、管理者は優秀な官僚だった。
創造主が無数の世界を創り出すその真意を多様性と実験にあると正しく理解して、この世界では魔族とヒト族が融和して暮らしていける世界を試してみようと考えて実行する程度に。
良い意味で彼は善意を持っていたし、幼少女は魔王であるにも関わらずその善意を感じ取って管理者の指し示す方向に努力した。
そう、何事もうまく回っているうちはそれで良かったのだ。
だが。
優秀な官僚であったが故の、勇者の資質のない者を勇者に選べばなお良い、などという一種の傲慢さと、それで上手くいくはずだという決めつけが、職務上要求されていた細やかな観察を怠るというささやかな失態をもたらし、幼少女を管理者の元へとやって来させてしまった。
取り返しのつかない形で。
その上、創造主にさらにその尻拭いをさせたら。
管理者は傍にある覗き窓で地上の様子、魔王城周辺を念入りに観察した。
「うむ。」
魔王城は怒りと哀しみと復讐心で溢れていた。
だが勇者は軽い怪我を負って囚われてはいたが殺されてはいなかった。
女魔族が「亡き魔王様はヒト族との融和を説かれた。そのご遺志を護るのが我ら遺された者の務めであるぞ。」と説いているのも聞こえてきた。
「まだ失敗はしていない。」
管理者は冷徹に計算した。
この様子では魔王亡き後であっても、幼少女が蒔いた種は花をつけるだろう。であれば、まだ管理者としての仕事に失敗したわけではない。
管理者は視線を、期待を込めて管理者を見つめる幼少女に戻した。
「であれば、この幼少女をうまく誤魔化してしまえば、実験はこのまま続けることができる。実験が続けられるならば創造主様を煩わせる理由は全くない。その上私の失敗も無かったことになるじゃないか。」
さっきまで這いつくばって許しを乞うていた管理者ではあった。
だが優秀な彼は幼少女から許されたことで倫理的な義務は果たしたと判断した。
いや、良心にチクチクするものはあったが、管理者には己れの良心と職務への義務を秤にかけるような発想は元からない。
なぜなら彼は良い意味でも悪い意味でも優秀な官僚だったからだ。
結論は出た。
「創造主様は、そなたの願いをきくことはありません。」
いつのまにか、管理者が幼少女のことを「あなた」から「そなた」に変えてしまっていたが、そのことには、管理者自身も幼少女も気がつかなかった。
管理者の纏う空気は再び威厳を取り戻しつつあったのだが、その威厳に「そなた」という言葉がマッチしていたからだ。
「ええと、管理者さんから創造主様にきいてくれたの?」
戸惑ったように幼少女が尋ねる。
どうやら管理者が自己保身に走っている間の沈黙を、魔法か何かで創造主と話し合っていたと勘違いしたようだ。
「いえ。しかし、創造主様にお尋ねするまでもありません。創造主様が絶対の定めとしてお決めになったことを覆そうとするのは、被創造物としてゆるされぬことです。」
「あなた」から「そなた」に扱いを変えた挙げ句、幼少女を物扱いまで始めた管理者だったが、幼少女にとってはそんなことはどうでも良かった。
魔王にとって譲れない一線というのはそんなところにはなかった。
「でも、それじゃあ。」
絶句する幼少女。
「それではこういうのはどうですか。創造主様の定めに反するのではなく、その定めの中でできることをするのです。」
「え?」
管理者は、笑みを浮かべた。それはいかにも管理者が浮かべそうな笑みだった。
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