第2話

「ぶ?ち?何のことですか」


きょとんと、あくまで無邪気に問う幼少女。

だが、勇者はもはや聞く耳を持たなかった。

その上、奸計を見抜いたという自信と、目の前の魔王を名乗る存在が、武に秀でた者ではないとの確信が、勇者に余裕を与えた。


「いつまで韜晦しているつもりだ、魔王よ。」


敵意の込められた勇者の言葉に、意外にも幼少女は嬉しそうな表情を浮かべた。


「あ、ようやく信じてくれたんですね。ありがとうございます。それじゃ、」


幼少女には難しすぎる言葉を理解できなかったのか、あくまでも自分のペースを守る幼少女に多少の苛立ちと嗜虐心をあおられた勇者は、どこまでこの魔王が話を作るのか、確認していじめてみたくなった。


「では、私の仲間を返してもらおうか。おまえの話が本当ならば、ここに生きて連れてこられるはずだ。」

「私の話をちゃんと聞いてました?薬鍋に落ちた人と、黒焦げになった人と、自傷した人は全員治療中で、医務室から出られません。あなたは、仲間の人の命をもっと大事にしてあげてください。」

「黙れ!おまえの企みには乗らぬぞ。おまえの言葉が真実であれば、タリアがここにおらぬ理由を説明できまい。」

「タリアさん?」


あくまでも可愛くきょとんとしてみせる魔王。


「そうだタリアだ。タリアが一人残った時、怪我などしていなかった。にも関わらず、ここにいないということは、おまえたちの手にかかったのだろう。」


勇者は、ついに魔王の呪縛を破ったと壮絶な笑みを浮かべた。


「タリアさん、タリアさん・・・」


だが、勇者の様子に気づかず、魔王は、なにかを考え込む。


「あ、もしかして、治癒術の得意な人のことですか?あの人なら、あなたの仲間のオーラさんていいましたっけ?あの人の魔法でけがをした開拓民の皆さんの治療に当たってくれています。事情を話したら手伝ってくれることになったってさっき連絡がありました。」


嬉しそうに、答える魔王。

だが、答えるまでの間が、勇者にある確信を与えた。


「もし、おまえのその話が本当ならば、おまえはすぐにそう答えられたはずだ。だが、お前は、答えるまでに時間をかけた。それは、お前が俺を騙すための嘘を組み立てる必要があったからだ。だが、おかげでわかったよ。」


勇者の確信に満ちたその言葉に、魔王はようやく、勇者が自分の言葉を一切受け付けないことに気がついた。

魔王の幼い顔にようやくおびえの色が走る。


「わかったって、何がわかったのですか?」


言葉にもおびえが現れる。


「お前が、必死に俺を騙そうとする理由だよ。お前は、俺の剣に対抗できない。だから、必死に言葉で俺がお前を殺すのをとどめようとしているのだ。」

「誤解ですーー!!騙そうとなんかしていません。」

「ほら、そうやって必死になることが、俺の考えが正しいことを証明している。」

「何、何なんですか?なんか真実を言い当てたみたいに自信満々に言ってますけど、それ、ぜんぜん間違ってますから。」


言葉が通じない者へのおびえが、魔王の全身を貫く。

ぶるぶる震え始めた魔王は、震えで言うことを聞かない足を無理やり動かして逃げようとする。

にやりと笑いながら、のっそりと追う勇者。


もはや、恐怖のあまり、立って歩くことすらできず、四つん這いでしか逃げられなくなった幼少女の服の襟を勇者はつかんだ。


「や、やめて、殺さないで、私には、まだやらないといけないことがあるのーー!!」

「語るに落ちたな、魔王!魔族による世界征服の野望か!!人族の根絶か!!今その野望を絶ってやる!!」


必殺の剣を見舞うため、三度勇者は剣に注ぐ気を練り始める。首根っこを掴まれた魔王にもはや逃げ道はない。


その刹那。


「魔王様、治療が一応終わりました。驚異的な体力の持ち主たちでしたので1ヶ月もすれば元通りでしょう。」


いかにものんびりとした声が玉座の間に響く。


「なっ?!」


驚く勇者。


「ほ、ほ、ほ、ほら、わ、わた、わた、わたしのいっちゃとおりでしゅ。」


死にそうな顔色で噛みまくりながらなにやら訴えかける魔王。


勇者は、練った気を剣に注いだ姿勢のまま、しばし沈黙する。

その様子を見た魔王は、いまこそ説得の時と、必死に言葉をつなぐ。


「あ、あの声は、医務長の声なんです。あなたのおなまかさんを、ちりゅうしていた人ですよ。」


表情を消して魔王を見つめる勇者。

言い間違えなど些細なことは気にせず言葉を急ぐ魔王。


「ほら、あと、1か月待ってみませんか、そしたら、私の言ってることが正しいってわかってもらえまふから。」


その言葉が勇者を動かした。


「愚かな魔王め。そうやって時間を稼ぐつもりか。やはり今ここで、お前は。」

「待ってーーーっ!!待って、待って待って!!」


首根っこを押さえられて息も満足にできないであろうに、魔王は、必死に抵抗する。


「それじゃ、一緒に医務室に行きましょう。ね、そうしたらわかるはずですから。」

「そうやって、仲間の待ち受けるところに俺を誘い込むつもりだな。」

「どうしたら、そんな風に、ねじ曲がって解釈しちゃうんですか!!」


途端に、勇者の視線が、冷気を放つほどに冷たくなった。


「お前たちが、人々を苦しめ続けてきたからだ。」


殺気が満ち、そして溢れ出した。


「あ、もうだめかもしれない。」


ぽそっと呟く魔王。だが、やるべきことを残して、まだ殺される訳にはいかない。


「でも、あなたは、あなたの仲間の命が絶えたのを一度も確認していないんでしょ。」


最後の抵抗で、言ってみる。

配下の報告では、勇者の仲間は誰一人として命を失っていない。

であれば。


「なにっ?!」


勇者は動揺した。たしかに、自分はこの幼少女の言葉を嘘だと決めつけているが、その最大の根拠なるはずの仲間の死を、たしかに一度も確認していない。


「お前の言葉には惑わされないぞ。」


動揺を隠しきれない言葉であった。


「ほらやっぱり。それなのに、私を殺すんですか?」


勇者の脳裏に、葛藤が生まれた。

勇者は正義をなさなければならない。

だが、人を殺したという確たる証拠もなしに、このような幼少女を殺してもいいのか。

それが正義なのか。


「ほら、私を殺す理由がないでしょ。」

「あっ。」


勇者の脳裏によぎった言葉があった。


「お前は魔王だ。お前を生かしておけば悪が放たれる。もし、お前の言うとおり、お前が俺の仲間を死なせていなかったとしても、魔王ある限り、人は安心して暮らせないのだ。だから。」


そこで、勇者は言葉を切り、注ぎ込まれた気によって白光を放つ剣を振りかぶった。


「だから、とりあえず、念のために、俺はお前を殺す。」

「なんでーーーーーーっ!!」


ついに振り下ろされた剣は、確実に目標をとらえた。



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