5章 シャドウバレー編

第106話 転移した先は

 目の前が光に包まれてどれくらい経っただろう。

 それから身体は常に浮遊感を感じており、前に進んだり急降下したりと感覚だけでいえば波瀾万丈である。

 それなのに、何の感情を感じない。

 怖いや楽しいや退屈、飽き飽きした、そんな感情が一つも浮かんでこないのだ。


 するとようやく出口のようなところに辿り着く。

 そこは光とは逆、暗くどんよりとした空間が広がっている。


 俺の身体は指示していないのに、自然にそこを通ろうとしているが、もちろん不信感や恐怖心も湧いてこない。

 そして一人でにそこを通った途端、意識がはっきりしてきた。

 本来の自分に戻ったようだ。


「……? あれ、俺は何を……? たしか転移門を通って…… 」


「春陽、しっかりして! ボクと一緒に転移門をくぐってシャドウバレーに到着したんだよ! 」


 そうか、俺はシャドウバレーでエレナを連れ帰りにきたんだった。

 ただここに転移してきた過程は、魔法陣の上に立ってから全く覚えていない。


「悪い、転移している間、頭がぼーっとしてて……。 それにしてもティアは転移中のこと覚えているのか? 」


「ボクたち神様はよく転移してるからね。 慣れてるんだよ! 」


 たしか神様は自分の領域にも転移で移動しているくらいだ、慣れていても不思議じゃないか。


「そうなのか。 ってそういえば、ここどこだ? 」


 どうやら建物の中には間違いない。

 外観は分からないが、内観だけでいうとヨーロッパに出てくるお城のようだ。


 床は光沢がかった大理石でできており、天井には大きなシャンデリアが吊り下げられている。

 ここはお城でいう玄関ホールところみたいなものだろうか?

 そして俺たちはそこの広間の中心にいる。

 目の前20メートル以上先には上の階へ続く階段があり、この距離感からもかなり大きな建物だということが分かる。


 そんな大きなお城だが、今は真っ暗である。

 夜中なのか、それともナイトフォールと同じく常に暗いのか。

 室内も全く明かりがない。

 むしろ外の方が明るい部分があるのか、各所にある小窓から月の光のようなものが差し込んでいる。

 この世界に月があるかどうか甚だ疑問ではあるが。


「うーん……。 ボクにも分からないけど嫌な気配がする 」


 俺もさっきまでて転移による影響で頭がはっきりしなかったが、今になって感じる。


 ここには魔族がいる。

 それもダークオーダーレベルが数体。


 それによって導き出される答え。

 この場所にエレナもマルコスもいる。


 もちろん確定ではないが、極めて高い確率だと思う。


「ティア、シャドウバレーからも自分の領域に転移できるのか? 」


「え? できるけど? 」


「なら危なくなったら領域に隠れてくれ! 」


「えっ! でも…… 」


 ティアは申し訳なさそうな顔をしている。

 自分から誘った旅だからこその心苦しさみたいなものがあるのだろうか。

 そんなの気にしなくていいのに。


「俺も守りながら戦うのは少し大変だし 」


 実際俺が守るとしても、万が一ということもだってあるしな。


「でもでもっ! マルコスを倒すにはボクの協力が…… 」


 あー以前そんなことを言っていたな。

 たしか神と戦えるようになるって。

 今の俺はノクティス様の力を引き継いでいるため、神様とも同等に戦えるはずだ。

 しかしティアはそれだけじゃなく俺の力の底上げにもなると言っていた。


「ならマルコスと戦う時まで隠れてたらどうだ? ゾルガン以上に強い奴なんて後はマルコスくらいだろうし 」


「う――ん…… 」


 まだティアは頑なに首を縦に振らない。

 少しずつ気持ちも隠れる方へ寄ってきている気がする。

 このまま領域に隠れていてくれる方が俺としても安心だ。

 なら最後のひと押しっ!


「な? 頼むよ。 マルコスへ辿り着くまでにティアが倒されでもしたら大変だし、俺はティアを失いたくないんだよ 」


 ちょっと説得にしては少しわざとらしいような気もするが、これも正直な俺の気持ちだ。


「……ううっ。 春要はボクのことそこまで心配してくれるんだねっ! 」


 少し言いすぎたか、ティアは目をウルウルとさせ、今にも大泣きしそうだ。

 そして、


「うわぁぁぁぁん、春陽ありがとう――っ! 」


 やばいっ!

 予想以上に声が大きくなっている!

 これじゃ敵が寄ってきてしまうぞ。


 すると、ちょうど10メートルほど後方にあるドアが開き、


 ギィィィィィ――


 そこには2人の男女が立っている。

 見た目はちょうど同世代くらいか。

 人間だといいなって思ったのも束の間、明らかに魔族の見た目と魔力の質だった。

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