第44話 – 最初の裂け目
砲声のような轟きが採掘場の通路じゅうに反響した。
下月は目を見開いた。ひと呼吸のあいだ、部屋にいたミサキとレンジとトシロウの息が止まる。
「…今の、聞こえた?」とミサキがささやいた。
天井がもう一度大きく揺れ、梁から粉塵が降った。遠くで、だがはっきりとした悲鳴が空気を裂く。
人間の悲鳴ではない。
最初に動いたのは下月だった。
「行く。今すぐ」彼らは通路へ飛び出した。
逃げ惑う足音、ぶつかる金属音、床を何かが引きずられる音に導かれる。やがて目にした。
労働者が血まみれで全力で走っている。その背後に、怪物。
マルタの一体。
望んだ距離より、あまりにも近い。
マルタはぎこちない歩調で迫る。肩から直接生えたように捻れた腕。耳元まで裂けた口から黒い唾液が垂れ、踏み出すたびに床に湿った筋を残す。
労働者は足を滑らせ、マルタは一秒もかからず覆いかぶさった。
下月たちはそれ以上見なかった。
「走れ!」とレンジが叫び、全員が逆方向へ駆けだす。
ミサキが最初に見つけた扉を開ける。狭いが堅牢な保管室で、金属の棚が並んでいる。
「中へ!」下月が最後に入り、扉を叩き閉めてかんぬきを下ろした。
トシロウが家具を倒して入口に立てかけ、レンジは棚を引きずって寄せる。下月は椅子を掴み、ドアノブの下に差し込んだ。
外で足音が近づく。ドン。
扉に一撃。
椅子が震える。ドン。
もう一撃。
蝶番が悲鳴を上げる。
「ねえ…下月?」ミサキが震える声を出した。
「これ、破られる」
「分かってる」下月は棚から金属の棒を引き抜いた。
「だが、好きにはさせない」そのころ上階では非常灯が点滅していた。
リエンと佐藤が管制室を出たとき、悲鳴が廊下を駆け抜ける。
「下で何が起きている!」蒼ざめた佐藤が怒鳴る。
リエンは手すりから下層をのぞいた。目に入った光景に血が凍る。
マルタが少なくとも五体。逃げ惑う労働者の群れを切り裂いている。血、瓦礫、叫び。
採掘場は屠殺場になっていた。
「こ…ここにいるのか?採掘場の中に?」佐藤が後ずさる。
「私が行く」リエンは腰のナイフに手をかけた。
「まだ手は—」佐藤が突然、彼女の背を押した。リエンはよろめく。
「結構!」彼は上ずった声で怒鳴る。
「もうお前の責任だ!」
「何ですって!」
「軍人だろう!行け!止めろ!守れ!」リエンが言い返す前に、佐藤は背後で防爆扉を閉め、セキュリティロックをかけた。
「佐藤!開けろ!」リエンは怒りに任せて扉を叩いた。
その背後で、鋭く低い唸り。
すでに一体のマルタが彼女に気づいている。
リエンは息を吸い、ゆっくり振り向いた。
「いいわ」彼女は二本の刃を抜いた。
「最初に死ぬのは、お前」一方そのころ、アモンは一人だった。
脱出路になり得る通路を偵察していたとき、背後で異音がした。
振り向いた瞬間、マルタが飛びかかり、彼を床に押し倒す。
肺の空気が一気に抜けたが、アモンは凡百ではない。
彼は低く唸り、捻れた腕を掴んで喉元から引きはがす。
顎が顔の数センチ先で鳴り、歯がかみ合う音が響く。
「退け…」アモンは体重すべてを預けて相手をひっくり返し、渾身の力で持ち上げて壁に叩きつけた。
マルタがよろめく。
アモンは拳を叩き込む。もう一発、さらに一発。
怪物は倒れたが、死んではいない。
「これで足りるか」走り出そうと振り向いた彼の視界に、三体のマルタが通路へなだれ込むのが入った。
「…完璧だ」全力で駆ける。背後では足音が迫る。
開いた扉が目に入った。空の独房。
彼は身を投げ込むように飛び込み、鉄の扉を叩き閉めてロックを掛けた。
扉が閉まる刹那、黒く捻れた手が彼へと伸びてくるのが見えた。
バン。
アモンは冷たい金属に額を押し当て、歯を食いしばって呼吸を整えた。
今できるのは、地獄が過ぎ去るのを辛抱強く待つことだけだ。
格子から離れ、簡易ベッドを引きずって内側からバリケードを作る。
それから寝台の陰に身を沈め、マルタに姿を見せないよう身を低くした。
彼は独り、思考を凍らせるようにじっとしていた。
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