第17話 - 崩落
夕食は、乾ききった硬いパンとレンズ豆を練り合わせただけの粥。
年季の入ったアルミの鉢に盛られ、囚人たちは長いテーブルで獣のようにそれをかき込む。
汗と錆びの匂いが漂い、目は虚空をさまよい、交わされる言葉は重さを失ったうわ言ばかりだった。
レンジは喉を詰まらせながらひと口飲み込み、周囲のやつれた顔を確かめる。
「明日、アモンは北区画だよな?」
「いつも通りだ」下月は目を上げない。「本当にやるのか?」レンジは身を乗り出し、声を潜める。
「あの男しかリエンのことを知っていそうにない。誰も近寄らない以上、こっちが仕掛けるしかないだろ」下月はスプーンを弄んだ。
「誤算があれば、奴を殺しかねない」
「じゃあ黙って死ぬのを待つか?」
短い沈黙。やがて下月が溜息をつく。
「やろう。ただし寸分の狂いも許さない」
計画は単純だった。翌日の北区画で支柱の一本をギリギリまで弱らせ、アモンが叩いた瞬間に“事故”として崩落させる。
そして土壇場で救いに飛び込む。恩を売るための一世一代の芝居。
翌朝。想定外の要素が現れたリエンが監督に立っている。
「歩くな! 走れ! お遊びの時間じゃない!」フリントを背負い、岩を貫くほどの視線で囚人を追い立てる。
レンジはひび割れた柄のピッケルを眺め、叫ぶ。
「リエン! これじゃ折れる!」リエンが歩み寄り、道具をひったくる。
「文句ばかりだな!」
その隙に、下月は瓦礫の影へ移動。支柱の要を数発、正確に打ち欠く。きしむ音を確認し、すぐ列に戻った。レンジは新品のピッケルを受け取り、リエンの罵声を背で聞き流した。
翌日のアモンの持ち場薄灰色の空が格子越しに覗く。
巨体の囚人は無造作にツルハシを振り下ろす。
一度、二度、三度……。
「速すぎる…」下月が唸る。
「信じろ」レンジが囁く。
九度、十度バキン!
支柱が悲鳴を上げ、アモンめがけて崩れ落ちた。
「今だ!」下月が駆け出す。
だがアモンは微動だにせず、両腕で丸太を受け止める。盛り上がる筋肉が束のようにうねり、巨木は力任せに脇へ弾き飛ばされた。
「何ごとだ!」リエンが火花のような眼を向ける。
「構造の欠陥だ。怪我はない」アモンは肩をすくめるだけ。
リエンは下月とレンジを睨みながら支柱を調べるが、細工の痕は見当たらない。
「整備がなっていない。後で修理だ」氷のような緊張がほどけ、二人の背に冷や汗が流れ落ちた。
夜、宿舎。二人は背中合わせに腰を下ろし、言葉少なに息を整える。
「少なくとも、アモンは化け物だってわかったな」レンジが毒づく。
下月はかすかに笑った。
「あるいは、この坑道が下手な当たりをつけただけだ」その時、巨影が迫る。アモン。
見下ろす瞳に感情はなく、石のような声が落ちる。
「俺を殺そうとしたか?」レンジは口を開けたまま固まり、下月は一瞬で身構える。
返答次第で、運命が揺れる。
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