人生一か所やりなおしプラン

かける

第1話 白い部屋


 ぱっとあたりが明るくなった。


「以上、坂下さかした真由美まゆみさんの人生振り返り上映会でした~。で、やりなおしたいところ、ありますか?」


 彼女の前で軽薄に手をたたいていた青年が、小首を傾げる。チャラいを絵に描いたような薄っぺらい笑顔、耳のピアス、口ピ、長いピンクの髪。おまけに半分なった煙草を携帯灰皿につっこんでいる。

 ただし、スーツだけは一部の隙もなく着込んでいた。ボタンも留め、ネクタイも首元でゆるむことなくしっかりと。

 なんともアンバランスな出で立ちだ。だが、そんなことどうでもよくなる最大の特徴は、背中の羽根だろう。


「天使?」

「または死神。概念的にはそのあたりの親戚です」

 仰々しく、翼持つチャラい青年は一礼した。


 とはいえ、真由美に驚きはない。明らかに、この場所はあの世だ。真っ白な部屋。確かに仕切られている壁がすぐそこに見えるのに、一方で、どこまでも果て無く遠くにも感じる。

 そんな白一色の部屋に、ぽつんと一脚の白い椅子。


 彼女はそこに座って、生まれてから死ぬまでの自分の姿を映画のように見せられてた。ちょいちょい青年の「ここで財布の中身を確認しておけば、レジで恥ずかしい思いをしなくて済みました」「あそこでプランBを推した方が、あとあと事業が好転したんですけどねぇ」などという、もはや無意味な、どうでもいいアドバイスを挟みながら。


「……それで、やりなおせるって、どういうことなの?」

「坂下さまはお亡くなりになられたわけですが――あ、ご愁傷さまです。弊社の方、サービスで《人生一か所やりなおしプラン》をご提供しておりまして」

「ここ、会社なの?」

「概念的に、分かりやすく!」

 にこりと天使らしき青年は、うさんくさい営業スマイルをたたえた。


「もちろんご希望の場合のみのご利用で結構です。ご利用されない場合は、この先にお進み戴いて――終わりです」

 青年がすっと伸べた手の方には、白い両開きの扉がひとつ。やはり近いのか遠いのか分からない距離に、浮かぶようにそびえている。


「……あの先は、天国? 地獄?」

「あの扉の先のことは、《振り返り部屋》の死者の皆様にはお伝えしない規則となっております。ご容赦ください」

 どうやら、死んでもまだ、死後どうなるかは分からないらしい。


 とはいえ、いまはあの扉の向うより、気になることがあった。青年は確かに『やりなおし』と、言った。ならば――


「人生やりなおせるなら、死ぬ前に戻って、死なないようにしたいんだけど」

「残念ながら、それはできません」

 微笑みは、にべなく言い切った。


「人生において、一か所だけ、やり直しができます。ただし、運命は変えられません。この《振り返り部屋》に入られた時点で、坂下さまの人生は確定しました。変えられるのは、選択だけ。結末は、変わりません。たとえば、大学で出会ったクソ元彼と付き合わない選択をしたとしても、彼があなたの結婚後までストーカーして追ってくる運命は変えられません」

「それ、なにひとつやり直しの意味がないシステムじゃないの?」

「そんなことはありませんよ? クソ元彼と付き合ってしまったという、苦い思い出が人生から消えます」

 つっけんどんに突っ込んだ彼女へ、青年は慣れた様子で利点を述べた。たぶんよくある苦情なのだろう。


「で、どうしますか? 後ろの順番もつまってるんで、決断はお早めに」

 青年の長い指先につられて振り返れば、彼女のうしろにも一つ、扉があった。やはり両開きの白い扉。ぽつんと、壁もないのに、扉だけがたたずんでいる。だが、距離感だけははっきりとしていて、彼女の数歩後ろにあると分かった。


 その扉の向こうに、確かに、誰かがいる気配がした。


「……次の人?」

「ええ。いわばこの部屋は、機能的には三途の川。あの世への橋渡しみたいなものでして。死んだら誰もがここに来て、自分の人生を振り返ってから、終わるんです。他人の人生を一緒に鑑賞するわけにもいきませんから、お一人ずつのご案内となるので、ああしてお待ちいただくこともしばしば……」


 病院の待合みたいなものだろうか。真由美もそこで順番を待っていたのかもしれないが、とんと記憶にない。気づけばこの部屋で、人生の観賞をさせられていた。

 だが――あの向うにいるダレカを、知っているような気がした。


「……あなた、さっき、この《振り返り部屋》に入った時点で、人生が確定するって言ったわね」

「申しました」

「だから、運命は変えられないって」

「ええ、その通りです」


 にこにこと返される、深みのない返答。しかし、嘘ではないことは分かった。死者の直感というものだ。


「さて、他にご質問は?」


 黙り込んだ真由美に、ゆっくりと青年が首をかしげた。するりとその肩から、結わえそこねたピンクの髪が滑り落ちる。

 それに合わせて、真由美はひっそりと微笑んだ。


「そうね、最期にひとつ、聞きたいんだけど――」



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