焼却炉


塾からの帰り道。今は使われていない焼却炉に、ノートが捨てられているのを見つけた。


いつも古っぽい南京錠が掛かっているはずだが、なぜかぽっかりと口を開けて僕を見ていたので、思わず自転車を止めて覗き込んだ。どろどろの葉っぱの中にノートが一冊隠れていた。

手袋をつけたまま、指でつまみ上げる。砂や葉っぱで汚れていると思ったが、ノートは新品のように綺麗で気持ちが悪かった。


表紙の文字は『かえっこ日記』。黒の油性ペンで書かれていた。

一緒に書かれている日付が正しければ、14年前の、ちょうど今日に書かれたものだということになる。


嘘っぽい、と思った。


立体的なシールはともかく、このノートのデザインは今すぐ文房具店に行っても準備できそうなくらい年代を感じさせないシンプルなものだ。なにより、14年前のノートとは思えないほど綺麗な状態に違和感を感じた。


まるで、僕が覗き込むことを知っていた誰かがついさっきここに入れたみたいだった。


あと、『かえっこ日記』ってなんだ。『交換日記』とは違うものなのだろうか。


ノートを指でつまんだまま、街灯に照らされた公園のベンチへ向かう。

年末の冬の夜は寒いが、僕には息抜きが必要だ。家に帰ればまた成績や受験の話をされる。

ひんやりした空気を吸い込むと気持ちが良かった。吐き出した白い息が浮かんで消えていくのを見たあと、ノートに視線を戻した。


1ページ目には、参加者の名前とルール、置き場所が書いてあった。写真の剥がされた跡と、その隣の色が混ざりあったシールが不気味だった。これはプリクラ……で合っているのだろうか。経年劣化でこうなったにしては、しっかり粘着していて気味が悪い。

ところどころ黒く塗りつぶされているところがあり、透かしてみてもなにが書かれていたかはわからない。


ルールを見る限り、普通の交換日記ではないことは明らかだった。

喋ってはいけない、ということはかえっこ日記をしている間は友達との連絡手段はこのノートだけになってしまうのか。本人じゃない可能性がある、とはどういうことだろう。

置き場所に指定されているY中学とは、ここの近くの市立中学だ。僕が通っている中学とは違う。T公園とは、今僕がいる公園のことだ。さっき僕が覗いた焼却炉の中が置き場所になっていたのだろうか。

もしかして、まだ続けているのか?


背筋がぞくっとした後、首を振った。14年間交換日記を続けられるような分厚さのノートじゃない。さっき感じた違和感からして、これは誰かのいたずら、もしくは創作活動の類いだろう。こうして僕に読まれることを待っていたのかもしれない。

だとしたら、きっちり読んでやろう。

急に使命感に駆られた僕は、姿勢を正し、手袋を外した。マフラーをきつく巻き直し、ページをめくる。


ミサキという人物が書いた最初の日記だ。

僕と同じ中学二年生で、Y中学の文芸部に所属しているようだ。かえっこ日記の元ネタは部室で見つかった原稿用紙だという。


怪談の内容から、かえっこ日記がどういうものなのかうっすらとわかった。つまり、オカルト的な降霊術を行おうとしてるのか。それにしては軽快なテンションだ。

目的は好奇心だろうか。


「一人一つ簡単な怪談を書きましょう!」という文面から、かえっこ日記に参加しているメンバーは同じ文芸部に所属しているんだろうと想像できた。


続きを読もう、と視線を動かした時、公園の中心から、誰かに見られてる気がした。背後の茂みから誰かの吐息が聞こえた気がした。


ノートを閉じる。


今日から冬休みだし、続きは家で読んでみても良いかもしれないと思った。



続きは明日にしよう。

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