ちびえんぴつ耐久レース
ちぐ・日室千種
第1話 ちびえんぴつ耐久レース
小学生なら、一度はやるだろう。
どれだけ短かくなるまで鉛筆を使い続けられるか、名付けて、ちびえんぴつ耐久レース。
最後は電動はもちろん、鉛筆に被せて回す鉛筆削りにも短すぎて、鉛筆のおしりに爪を立てて無理に回したり。
「懐かしいなあ」
鉛筆削りがなかったので小刀で削った鉛筆は、歪な山形になってる。もう垂直な軸なんてない。根本からすぐに山だ。
「もうそろそろ限界だったよね」
親指と人差し指でつまんで日にかざすと、珍しいのか、魚に似た形の妖精たちが覗きにきた。
私は鉛筆をつまんだまま、手元に目を落とす。
特殊な木の皮でできた、透けるほど薄く美しい紙がある。まだ何も書いていない、新しいもの。
机の奥の文箱には、書き終えた紙が何枚も入っている。
昔、家族に宛てて書いたものだ。
届いていると信じて何枚も書いた。
でも、ごめんと彼が項垂れて文箱を出してきた時には、やっぱりなあと思った。
怒りも悲しみもない。
必ず届けるからといつも笑顔で受け取ってくれたのは、きっと私のためだ。心苦しかっただろう。彼への想いが、かえって強くなった。
下の方から、最初の一枚を取り出す。
滑りの良すぎる紙に慣れず、えんぴつの線を手の小指側で擦って、紙全体がうす汚れている。
『お父さんお母さん、帰りたい。むかえにきて。早くきて』
拙い字。
運動会の帰り、景品の鉛筆を手に握りしめた私が、この世界に迷い込んで、すぐに保護者となってくれた彼に、初めて託した手紙だ。
静かで美しいこの世界は、私に優しかったけれど、でも決して手放してはくれなかった。
愛してくれたけど、帰れなくなった。
はじめは、助けて欲しくて手紙を書いた。
うすうす帰れないことがわかってくると、生きていることを知らせるために手紙を書いた。
この世界のこと、彼のこと、彼を好きになる私の気持ちを、ちびていくえんぴつを惜しんで、一文ずつ。
昨日、彼が言った。
文箱の大きさに入るものなら、一つだけ、一度だけ、送れるようになった。
彼が十年かけて難解な魔術を編んでくれたのだと、私は涙を流して、微笑んだ。
指に力と決意を込めて書く。
きっとまだ、待ってくれている。
『お父さんお母さん、私は幸せになります』
最後に名前を書いたら、えんぴつは指の間でバラバラになった。私はそれを全ての手紙と一緒に文箱に入れて、彼を呼んだ。
「これをお願い」
「届けるよ。これだけは」
私は大好きなこの人と、明日結婚します。
彼の秘密を知らないふりで。
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