第3話
宙に浮いたケインの背後を魔族が襲う。ケインは手に持った石を落とし、その上に足を乗せる。本来落下するはずの石は宙に対空し、ケインはその石を蹴って上に飛び上がる。魔族の背後に回ったケインは魔族の体を切り開き、魔族の体内で核を捉えた。
「シュタイン氏。君は病み上がりだ。参加するもしないも自由だよ?」
「え?普通に協力しますが。」
「ああ…そうかい。死なない事を祈るよ。」
クレアが続いて飛び降りる。
「ええ…ここ4階くらいはあるんじゃ…まあいいか。」
レドはマンションから釣られるように飛び降りようとするが、シャーロットが彼の腕を掴む。
「お前魔法の身体強化は?」
「あ…出来ません。」
「あのなあ…まあ良い。俺は魔能(スキル)やらの性質上参加は出来んからな。ホレ。」
シャーロットはレドの身体を浮かせると、そのまま下へと降ろす。だが、予想以上の速度で降ろされたたためか、レドは反応できず尻もちをつく。
「うお!…ったいなあ…もうちょっとゆっくりやってくれても良いのに。」
「文句言うな。とりま周辺回るぞ。」
「分かりました。」
レドはシャーロットの命令を冷淡に返すと、小走りに駆け出した。
「……」
シャーロットは彼の後ろ姿をどこか悲しげに見ていた。
「死に急いじまうよなあ…ああ言う奴ほど。」
「誰か…誰か…助け…」
瓦礫の下でひとりの男は助けを求める。
「やあやあ。元気かい?…うん、意外と元気だ。歩けるかい?」
白衣を着たひとりの女性…クレアが彼に覆いかぶさる瓦礫を取り除いた。
「あ、ありがとう…」
「ふむ、歩けるね。じゃああそこまで行けば魔法障壁(シールド)があるから、そこに入ってくれ。少々窮屈かもだが。」
彼女が指差したその青いドーム状の空間には、既に50人ほどの怪我人が入っていた。
「後で治療するから少し待っていてくれよ?…おっと。」
クレアの前に、ケインの取り逃がした魔族が立ちはだかる。
「全く…しゃしゃり出る割には彼はすぐにやらかす。…困ったもんだ。」
「クレ公!取り逃がした!何とかしろ!」
ケインは魔族と戦いながらクレアに呼びかける。
「なんとかって…まあするけどさあ。」
そう言うとクレアは道路に手を置く。地面のコンクリートの形状はクレアの手を中心に変化し、巨大な銃へと変わった。
「見た感じ…Stage3《ステージスリー》の…ROTH BART《ロットバルト》かな?羽がある黒い鱗の魔族は多いから個体名には自信がないが…。」
「お、おおおおお、お父さん…ギュルルギュルルル…ロッドかな?かな?」
「相変わらず支離滅裂だねえ…オウム返しはよしてくれよ…」
「おおおおおおおゴアああ!」
奇声を発しながら、魔族は4つの腕をクレアに振り下ろす。
「魔法医術師だからといって…戦えないわけじゃ無いんだぜ?」
クレアは銃の引き金を引く。銃口から射出された砲撃は、一撃で魔族の体の大部分を消しとばした。核ごと体を吹き飛ばされた魔族の体が崩れ去っていく。
「よし。ケイン氏。全部片付いたね?」
「あーもう最悪だ…。返り血大量。」
「まあ大して着て無かったんだし良いじゃ無いか。…というか君清潔感とか大事にするんだね。」
「うるせえなあ部屋の管理はまだしも見た目は大事にするんだよ!」
「おいマズいぞ。」
「いつから居たんですか?!」
突如現れたシャーロットに一瞬クレアは肩が跳ね上がる。
「ああ…すまんな。…それよりマズイぞ。救出した夫婦から聞いたんだが…そいつらの娘が帰ってきていないらしい。普段ここら辺でしか遊びに行かないらしいからな。多分危ないぜ。」
「他の救助は?」
「大体は危険区域から出した。
「はあ?!…はあ…はあ…カンベンしてくれよ…。これ以上返り血浴びたくねえよ…」
体を血で青く染めたケインは、疲労が覆いかぶさったかのような声で頭を抱えて言う。
「クレアは怪我人の治療が必要だから待機するとして…よし、念のためケインも待機だ。俺が行く。」
「アナタが戦闘に加われば街ごと巻き込んでしまいますよ?」
「出来るだけ
クレアの問いかけに手早く答えると、シャーロットは空へと飛び立った。
レドは困り果てていた。救命に行ったは良いが 何処にも救助する人間が居ない。もしや見逃しているのか?とふと思ったレドは、後ろへ向き直る。嫌な予感は当たったとも当たっていないとも言えた。見逃していた魔族が突如上空から飛来したためである。
「どっかで既視感が…」
そう言うとレドは、つい昨日のことを思い出して目を細めた。
「これは…昨日のより強力かな…」
魔族は口を開き、魔力の砲撃を溜め始める。
「な…!やばいやばいやばい…!」
レドは再び背を向けて走り出し、魔族が砲撃の狙いを自身に定めた瞬間、後ろへ振り返り、再び魔族の方へと接近した。魔族の砲撃がレドの左肩と左耳を掠める。砲撃の着地点にある建物が吹き飛ぶ。
「…ってえ!」
レドは魔族の股の間を潜り抜けた。
その反動か、彼は強い痛みを感じ、意図せず叫んだ。魔族に立ち向かうほどの戦闘力を持っていなかった彼には、逃走という手段しか残されていなかった。
「見た感じつぎの砲撃のチャージには時間がかかるのか…なんとか巻ければ…」
そう思った矢先、レドの瞳は、泣き声を上げながら徘徊する幼女を捉えてしまった。
「お母さん…どこ…?」
「あーもー…言われなきゃ見捨ててるぞほんとに!」
レドは幼女の元に駆け寄ると、彼女を抱えてケインたちの元へと目的地の方向を変える。
「なんとか連れて行かないとな…」
そう決意したレドのだったが、幼女の重みに耐えきれず、思うように走り出すことができない。その隙に、魔族はレドの図上へと出現する。
「あ…死ぬ…」
レドは幼女を突き飛ばすと、その直後、砲撃の風圧に吹き飛ばされる。
風圧の勢いが治ったのを感じ、レドは瞼を開く。その時初めて、レドは自身の両足が瓦礫で潰れているのを理解した。あの少女は逃げたのだろうか、とレドは先ほど幼女のいた方向を見る。だが、そこに見えたのは、瓦礫に体を潰され、動かなくなった彼女の手のみだった。
「…あークソ!…またかよ…またこれだ…。また僕は余計なことをする…。」
仮にレドが突き飛ばさなければ彼女は助かった可能性がある。そんな事実に彼は頭を抱えた。
人のために動くといつもこうだ。いつだって人を不幸にする。何故なら僕はフツウノニンゲンにはなれないんだから。魔族は、彼を追い詰めるかのごとく、彼に砲撃を向ける。
「はー…。2日連続で死を覚悟する羽目になるなんてなあ…」
「よお。」
「…え?」
突然声が聞こえ、瞑っていた目を開いた彼の目の前には、シャーロットが立っていた。
「まああれだ…お前が救えなかったと勘違いしてた奴は別人だよ。…多分元々死んでる。あの子は俺が避難させた。…だからといって死人が出ていい話じゃ無いが。」
2人の会話を遮るように、魔族は砲撃を発射する。シャーロットは手を前に突き出し、魔族の砲撃を打ち消した。
「まあ少し待て…。すまんな、俺が遅れたせいでお前を命の危機に晒した。」
シャーロットはレドに会釈する。そしてレドの両足を潰している瓦礫を取り除くと、彼を両手で持ち上げ背負った。
「痛みは?」
「そこまで無いです。」
レドはゆっくりと立ち上がり、少し両足を動かした。痛みはない。無いが何処か虚しい。
「ゴオオオオオオ!」
魔族が雄叫びをあげる。
「おっと…怒らせたか。」
魔族は魔力を溜め、シャーロットへと照準を定める。先ほどと比べて明らかに多く溜められるその魔力に、レドは少し不安を覚える。
が、決着は一瞬だった。シャーロットはコンクリートを変化させ、全方向に巨大な壁を生成した。そして宙に浮いた彼女は、魔族の肌に優しく触れた。その数秒後、魔族の体が大きく破裂する。魔族の骨、内臓、血液が超高速でレドの前に張られたコンクリートの壁に突き刺さる。
「よし…終わったぞ。」
「あ、はい。」
あまりにもあっさりと言い放つ彼女に、少し彼は反応に困った。
「あの…娘を助けてくれてありがとうございました!」
「はあ…。そうですか。」
「何かお礼を…」
「良いです。赤の他人の善意に答えられる余裕なんてありません。」
「そ、そうですか…。それではまた何処かで…」
そう言うと、男は妻と娘と共にその場を去っていった。そう、感謝される価値など僕には無いんだ。と、レドは自己嫌悪した。
「どうなるだろうな…あの家族。…聞いた話じゃ保険も入る余裕なかったろうし…。家が壊されてどう立て直すのか…。」
シャーロットは頬杖をついてそう言ったが、レドの耳にはまるで通ることはなかった。シャーロットはその様子をまじまじと見つめていた。
「…しかしながら…首都のど真ん中に魔族が出てくるなんて随分と稀だ。都市から少し離れたくらいの場所の被害が大多数のだというのに…。首都圏での魔族被害でここまで大規模なものが起きるってのはなんだか怪しいねえ。」
シャワーを浴びているケインにクレアは話しかける。
「あ?聞こえねーよ。…あーもう!臭い取れねえ!」
「君の洗濯する服、これでいいかい?…捨てていいんじゃないの?」
「だめだ。勿体ねえ。……つーかお前が洗濯って珍しいな。」
「シュタイン氏が家事をやり出したからねえ。所長もいい機会だと言わんばかりに掃除にうるさいんだよ。」
「意外と綺麗好きだよなああの人。」
「…で、シュタイン氏についてどう思う?」
「どうって何が?」
「彼の性格とか色々…」
「まあ…ぶっちゃけ弱いわな。戦力にもならん。性格は…なんつーか…無愛想っつーか…」
「…私も概ね君の意見と同じだ。…ただ、無愛想という言葉はあまり適切じゃない。」
「失礼だったか?」
「いやそうじゃない。彼は自身が右腕を損傷しても大して気にかけていなかった。そして治った事もね。そして所長がエルフである事に言われるまで気づかなかった。そういう存在がいることは認知していながら。」
「何が言いたい?」
「彼はさ…多分ネジが飛んでいるんだよ。あまりにも自他含め関心が無さすぎる。その上他人の思いやりでさえもまるで無視する。」
「あー…そういや助けたガキの家族にありがとうありがとう言われてても全然嬉しそうじゃなかったな。」
「他人任せで自分本位、自分含め誰も信用していない。というのが彼に対する私の見解だね。」
「なんでいきなりそれを俺に言った。」
「いや…君はシュタイン氏を下に見ているようだからね。…ああいうのほどいざという時に役に立つからさ。」
「下に見ちゃいねーよ。ウチに入った以上大事にするべきだ。…で、なんでそれを俺に言ったんだっつーの。」
「ああ…彼とある程度親交は深めておいた方がいいと思うよって事。」
「言わずともそんな事するっつーの。お前は人との親交をそう言う目で見てるのか?」
「まあ…それは否定できないね。私は利益になるか、或いは自分が興味を持っているか否かで他人を判断するし。」
「…」
「どうしたんだい?」
「テメエが居るせいで風呂から上がれねえんだよ!」
「いーじゃないかそのまま出てきて!ご立派なものを見せびらかせばいいさ!それとも違うとでも?」
「あーお前やっぱ嫌いだ!」
そんな2人の会話をよそに、レドは寝室で熟睡していた。
「はあ…あの後治療やら国公との色々で散々時間かけたのに元気だなああいつら…」
シャーロットはレドと対照的に激しく騒ぐ2人をため息交じりで微笑した。
とある路地裏で、4人の人影が会話をしていた。
「意外とあっさりオダブツしたねえあいつら。」
「まあ所詮は無知性だからねー。俺ら知性とは違う。」
「…で、どうするの?ボスからの指令は来ないけど。」
「取り敢えず今の状態を継続しろ。にしても…ドラゴンクロウ…厄介だな。近いうちになんとかせねば我々の邪魔になりかねん。…誰だ。」
「おー…皆さん方お疲れさんでえ…」
「んだよ酔っ払いかよ。…あっち行きな。」
「んな固えこと言わねえで…」
酔った男は彼らの被っていたフードを掴んで脱がした。
「ヒッ!ま、魔族…あ…ああ…あああ」
逃げようとした男の首を魔族の1人が折る。
「…出来るだけ早く処分しろ。まだ我らは人間に見つかってはいけない。」
4人の魔族は路地裏を後にし、夜の闇へと消えていった。
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