01 お掃除ピボット/02 暗号でGO!【掌編二本立て】

渡貫とゐち

お掃除ピボット


 知り合いの科学者しんゆうに無茶なことを頼んでみたら、気軽に「いいよー」なんて言われてしまった。……え、できるの? と聞くのは相手の士気を下げてしまうだろう。

 だってこっちは「できると思った」から頼んでいるのだから。

 だったら疑わない。信じて待つのがこっちの義務である――。


 一か月後。……早い。一年、二年どころか十年……は言い過ぎかな。数年単位で考えていたけれど、まさか一ヵ月程度で完成しているとは思わなかった。

「まだ実験途中だけど体験してみるか?」と連絡がきた時は、はてなんのことだか、と分からなかったが、頼んだ相手に「なんのこと?」と聞く前に思い出せたのは幸いだった。

 もしも聞いていたら……いや、聞いたところで怒るあいつではないけれど。


 案内され、彼の研究室にやってくる。

 見せてくれたのは、できるだけ俺の自室を再現してくれた部屋だった。ここで寝て起きた時、さて俺は自室と勘違いしてしまうのか……、それはまた、別の機会に実験するとして、だ。

 今は頼んでおいた実験の方が優先だ。


「――めんどくさい掃除を一瞬で済ませる方法だよね。ひとまず作ってみたよ。天井に取り付けた機械から、目に見えない光線を放出して、汚い『ゴミ』だけを消す技術……、まだまだ分かっていない技術だから、日常生活に溶け込むことは難しいけどね。

 ……だけど、効果はてきめんだよ。この部屋を何度も汚しても、スイッチひとつでこの機械から光線が出て、ゴミだけを消滅させることができる……本当に一瞬さ。

 テーブルの上の汚れも……ほら、この通り。指の腹で拭いても埃ひとつもつかない。人間の手を使う手間はかからないわけさ」


「へえ……」


 あれ……、すごいことをしているのでは? まだ実用化はできないみたいだけど、遠い未来の話でもなさそうだ。

 普及は無理でも、一部の人たちが使う分には充分に認められる商品になるのではないか……?


「懸念点があってね――」

「いや、すげえじゃん。これ、大発明なんじゃないの!?」


「こら。部屋に入るなって。あと絶対にスイッチは押すn」

「光線ってのは赤外線みたいなこと?」


 リモコンのスイッチを押す。この指でボタンを押す……たったそれだけのひと手間で、部屋の隅々まで掃除をしなくていいなら最高だ。

 もしかしたら隠れているゴキブリやネズミまで消滅させてくれるのかも……だとすれば害虫(獣)駆除にも役立つ技術なのではないか?

 ダニとかノミまで死滅させることができれば――生物まで範囲内となれば、手で掃除をするよりも楽で効果的だ。これを使わないなんてあり得ないくらいに――。


 ただ怪しいのは、これと言ったデメリットがないくらいで……、あれ?


 ――気づけば世界が、白く……?




「……あー……やっぱり」


 科学者が言った。

 童顔だが、れっきとした三十代である。メガネを手の甲で上げながら、今回の実験の失敗を分析する……と言っても、そんなものは友人の勝手な行動による自滅であるだけなのだが……。


「生物も範囲内であるというのが分かれば、気づきそうなものだけど……汚いゴミは消滅させられる……それは、人間も例外じゃないぞ?」


 部屋の中にいた『彼』は、着ていた衣服を残して消えていた。肌の上の汚い部分を取り除くのではなく、彼そのものが「ゴミである」と思われたのだ。そのため、完全消滅である……。


 もしも純粋無垢で清潔な人間であれば……、――だとしても汚物ではないと判断させるのは難しいか。人間は生きているだけで汚れていく。生きているだけで汚れ続けている。清潔な時なんてない。綺麗そうに見せているだけで、誰もがみな汚物まみれどころか、汚物そのものである。


 だから――、たとえば宇宙空間から地球にめがけて光線を発射すれば、世界の大半の生物が消えるだろうし、その中には人間も含まれる。


 ……地球を綺麗に。


 人間とは――棚の裏に巣を作った、地球にとっての害虫だったみたいだ。




 …了

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