梅雨の便り 返信

 拝啓 朝夕に及んで雨降れば、心さえも曇りそうである。だが、君の便りを見てしっかりと安心できた。

 君の便りを読む最中、否応なく音楽が聞こえてくるようだった。

 思い出す年端もいかぬ平成のテレビの向こう鳴り渡る歌。

 君は知っていてあのように書いたのか? 最早、工学部の人間となってしまった訳だが是非ともその文才を磨き続けてほしい。

 さて、担任のことであるが、今年は受け持つクラスはない。

 職員室では、数学の海川先生と相変わらず仲良くしている。俺は彼のことを冗談交じりに『やまなし』とよび、あやつも『投げ銭』と大変誤解の多い呼び方をする。もちろん悪意がないのは知っている。極限を取ればセンスはゼロに収束する。それだけだ。

 これも、東泉の音読みのせいだ。

 そうそう、君が文の最後に尋ねていたな。

 東泉、と書いて『あずみ』と読ませる。アクセントは「きつね」とか「ことば」のように変える。「たぬき」の発音の仕方では印象が変わってしまうのがちょっとした難点だ。

 決して、これを面白がらないように。最後に「ん」をつけないように。

 ところで、君が友達に『マリー』と名付けられたとき不満げだったようだが。

 あんな素朴で可愛い名前のどこに不服があるのか。あくまで俺はいいニックネームだと思うが。

 だが乙女心というのは世界一難解な言語のようなものなのかもしれん。多くの人間が読み解くのに苦労し、同じくして読み間違えるものだからだ。

 俺は古文漢文を読み解く術を教えることを生業にしている。しかし、先ほどの言語に教師はいない(と俺は思うがな)。

 これは、俺には不得手だ。故に鈍感だ。

 だから、何かあれば率直に言ってくれ。

 素直に言ってほしい、という気持ちを全く分からないわけではないだろう?


 この手紙も終わりに近い。

 興が覚めるかもしれないが、手紙にはきちんと日付を書くように。

 願うことは、徹夜のないように、学生生活を満喫できるように、という二点を心から。

 また文を待っている。

 では。

                                 敬具

 六月十日

                               北原東泉

 新宮仄緋様

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せんせ、あのね 〜令和文通譚〜 上月祈 かみづきいのり @Arikimi

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