桃太郎

「ハル、早速だがハルの知っている桃太郎とはどんなものだ?」

「そうですね、桃から生まれた桃太郎が、猿、きじ、犬を黍団子きびだんごをエサに懐柔かいじゅうして、一緒に鬼退治する話ですよね」

「言葉のチョイスにひっかかりを感じるが、確かにその通りだ。要点を的確にまとめていて素晴らしい」

「ありがとうございます」

「だが一文で終わってしまったら、それはもはや御伽話ではなく御伽文だ。我々はそれを編纂してストーリーに膨らませないといけない」

「そんなこと勝手にしていいんですか?」

「構わない。ハルは元々のストーリーを知っているか?」

「元々って、今と違うんですか?」

「ああ、桃太郎に限らず皆が知っている御伽話はオリジナルと大きく異なる。芥川龍之介だって桃太郎を編纂している」

「私知らなかったです。それで元はどういった話なんですか?」

「川から流れてきた桃を食べたお爺さんとお婆さんが若返って、その二人の間にできた子が桃太郎ということだ」

「桃から生まれてないんですね。どうして今の設定になったんですか?」

「学校で教材として使うときに子供たちから、『どうして若返ると子供ができるの?』という質問が殺到して先生が困ってしまうからだとされている」

「それは困りますね」

「そこで、オブラートに包んで、お爺さんは屹立きつりつしたミニお爺さんをお婆さんの秘境に潜り込ませたとしたらどうかな」

「所長、そこは掘り下げなくていいです」

「それはただのジョークだ、この点については解決策がある。日本書紀に使われている表現を使えば問題ない」

「どういうことですか?」

「それは後回しにして、情報を取捨選択しよう」

「はい」

「まず桃は外せない。桃をなくしたらただの太郎になってしまうからな。だからといって赤ん坊が入っている大きさの桃をお婆さんが運べるかは大いに疑問だ」

「確かにそうですね。でも、普通のサイズにドンブラコという擬音は合わないですよ」

「ドンブラコは外せないな。よし、そこは大きめの桃ということで曖昧にして、オリジナルを踏襲しよう」

「所長、桃ってそもそも水に浮くんですか?」

「熟すと沈むそうだが、それまでは浮くようだ」

「食べ頃ではないということですね」

「桃については、それくらいでいいだろう。次は仲間たちについて検証しようか」

「はい、私思うんですけど、猿、雉、犬って心許こころもとないですね」

「確かにそうなんだが、鬼はツノがあってトラ柄パンツを履いてるだろう。ツノは牛を表していて、干支の丑と寅は方角でいうと鬼門だそうだ」

「そんな意味があるんですか?」

「ああ、それで申、酉、戌は裏鬼門に当たるそうだ」

「それなら雉じゃなくてにわとりですね」

「それは重要だな。メモしておこう」

「あと私が疑問なのは黍団子一つで従うものですかね? あと人間が鬼に敵うはずないと思うんですけど。

「確かにそこは説得力のある理由が必要だな。ハルは何かいいアイデアがあるか?」

「うーん、私にはよくわからないですけど、これまでの情報を元に一度書いてみたらどうですか?」

「それもそうだな」


〜 桃太郎 〜

 むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。

 お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。

 お婆さんが洗濯をしていると上流から、結構大きめな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。

 お婆さんは家に持ち帰り、お爺さんと食べることにしました。

 すると、何ということでしょう、お爺さんとお婆さんはみるみる若返りました。

 若返ったお爺さんは色んなところがスタミナ満タンです。

「儂の成り余れる処を以ちて、なんじが身の成り合はざる処に刺し塞ぐ」とわけのわからないことを言って魅惑的な娘の姿となったお婆さんに覆い被さりました。

「あーれー」お婆さんは悲鳴をあげます。


 一年位経ったら子供ができました。


 子供は、桃から授かったことにちなんで、桃太郎と名付けられました。

 桃太郎はすくすく成長していきましたが、家計は火の車です。お爺さんとお婆さんはとうとう金貸しに手を出してしまいます。

 桃太郎は借金を返すために鬼ヶ島襲撃を目論見ます。そうと決まれば仲間集めです。しかし皆、鬼と聞くだけで恐れをなして逃げていきます。桃太郎は途方に暮れて家へと帰ります。そこで桃太郎は肝心なことを忘れていたことに気づきました。それはお爺さんの存在です。桃太郎からするとお父さんなのですが、紛らわしいのでお爺さん、お婆さんで通します。お婆さんも言っていました、不思議な桃のおかげでお爺さんは昔のようにパワフルになったと。きっとお爺さんなら強力な戦力になってくれる、そう期待した桃太郎は喜び勇んで玄関の扉を開けました。

「あーれー」お婆さんの声が聞こえました。

 桃太郎は扉をピシャリと閉めて呟きました。

「そっちかよ」

 途方に暮れる桃太郎に飼い犬が寄り添います。「お前は僕を助けてくれるんだね」そう言って頭を撫でます。

 犬だけでは心許ないと思った桃太郎は、明日絞めて食べようと思った鶏を仲間に引き入れます。果たして役に立つのかはなはだ疑問ですが猫の手も借りたい状況ですから仕方ありません。

 鬼ヶ島へ向かう途中、お腹を空かせた猿に遭遇します。桃太郎は腰につけていた袋から黍団子を一個だけあげると猿は喜んでついてきました。

 そうは言っても相手は鬼です。まともに正面から戦っても勝ち目はありません。桃太郎は夜襲をかけることにしました。

 桃太郎は息を殺し、鬼の潜む洞窟へと忍びこみます。鬼がいました。金銀財宝も見えます。

「コケーコッコッコッコッ」と鳴きながら遅れて鶏もついてきました。

「誰かいるのか?」鬼が言います。

「静かにしろ! 気づかれる」と桃太郎は小声で鶏に注意します。

 しかし、話の通じる相手ではありません。

「コケコッコー!」桃太郎の願いも虚しく鶏が大声で鳴きました。

 やっぱり鶏なんか連れてくるんじゃなかった。桃太郎は激しく後悔します。でも、こうなったらやるしかない。

「ええいままよ!」桃太郎はそう言って刀を抜きます。

 後ろにいた猿も勢いよく飛び上がります。

「ウキー!」猿はそう叫ぶと黍団子の入った腰袋を奪って山へと去っていきました。

 くそ、エテ公なんて信用したのが間違いだった。万事休すかと思いきや、鬼の様子が変です。

「何だ、もう朝か。そろそろ寝るか」鬼はそう言って寝室へと歩いて行きました。

 鬼は夜行性で昼夜逆転の生活をしているのでした。

「死ぬかと思った」桃太郎はホッと胸を撫で下ろします。

 鬼の居ぬ間に窃盗とばかりに、桃太郎は金目の物を犬の背に乗せて凱旋がいせんします。

 奪った財宝で借金を返しますが、相手は高利貸しです。ほとんどの財宝は返済に消えて残った財宝は幾許いくばくもありません。

 桃太郎は肩を落とし家の前にくると、中から悲鳴が聞こえてきました。しまった! バレて鬼が報復にきたのか! 桃太郎は扉に手をかけます。


「あーれー」


 桃太郎は扉にかけた手をゆっくりはなし、犬を見て言います。

「旅に出るか」

〜 おしまい 〜


「ハル、こんな感じでどうだろう」

「ダメだと思います」

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