観音開きの門を開け放った鹿子の後ろに続けば、二階建ての和風屋敷の玄関横に、濃い紫色の和服に白いエプロンをかけた姿の若い女性が立っている。黒い髪を肩にかかるかかからないかくらいに伸ばした目の細い女性は、白たちの方を向いてから、

「お帰りなさいませ、お嬢様。坊ちゃまとご友人様も遠路はるばるお疲れ様です」

 ゆったりとした動作で頭を下げた。

「ただいま、揚羽さん。今回もお世話になります」

 白もまた、頭を下げ返す。

「頭など下げないでください。あなた様はれっきとした、椎葉家の血を継ぐお方なのですから」

 使用人であるとはいえ、椎葉家一族に対するへりくだり方を見て、白は、ずっと変わらないな、と感じた。とはいえ、今更、畏まらないでくれ、と口にしたところで、変わることはないのもまた経験則から理解しているため、はいはい、と軽く流す。その傍らで、どうせこいつは家を継がないんだしもっと雑に扱っていいでしょ、と促してくる、姉貴分の声は聞こえないふりをする。

「えっと、シロ。この人は……」

 ただ一人取り残された莉花の戸惑いを見た白が、あらためて紹介をするべく口を開こうすると、

「お初にお目にかかります。わたくしは由良揚羽ゆらあげは。この屋敷の使用人を務めさせていただいおります。以後、お見知りおきを」

 白の行動に先んじるようにして、一礼をする揚羽。莉花はどう反応していいのか迷う素振りをみせつつも、おずおずと、

「茨城莉花です。シロ……君の、幼なじみみたいなものだと思います」

 などと自信無さげに言う。あまり体験したことがない状況が混乱を招いているらしかった。

「まあ、幼なじみですか。素敵な響きですね」

 一方の使用人は、莉花の言葉がなにかしらの心の琴線に引っかかったらしく、とても嬉しそうな顔をする。幼なじみの少女が、そうですかね、と戸惑いを露にする間も、ええ、ええ、と二度ほど頷いてから、

「こうして成長したあとも仲が良い幼馴染みというのはとても素敵だと思います」

「それは……そうかもしれませんね」

 二者間での会話が徐々に滑らかかつ和やかなものになっていく。かたちはどうあれ、早めに打ち解けられたのは良かったかもしれない、と思う白のかたわらで、面倒くさそうに腕を組んだ鹿子が、

「あんたとあたしと揚羽も幼なじみみたいなもんだし、珍しいもんでもなくない」

 首を捻りながら水を差す言葉を放った。しかしながら、二人は気付いているのかいないのか、自らが知っている白についての事柄で盛りあがったままでいる。これはなかなか、終わりそうにないな、と察したものの、せっかく楽しんでいるのを邪魔したくなかったのもあり、抜き足差し足で二人の横を通り抜け、玄関を潜った。初めての土地に莉花を置いていくのは少々気が咎めたが、揚羽ならば滞りなく案内できるだろう、と信頼していたのもあり、さっさと自室でごろんとしようと決めこむ。

「待った」

 靴を脱いでいる途中、鹿子が肩に手を置く。熱の籠もった肌の汗ばみをシャツ越しに感じた白が、なに、と聞き返すと、

「爺ちゃんが、来たら挨拶しに来いって。本当は茨城さんも連れて来いって言われてるけど」

 ちらりと家の外を見やれば、

「そうなんですよ。シロってば、オネショで世界地図作っちゃって、かんかんに怒られたんですよね」

「奇遇ですね。こちらに遊びに来た時も白坊ちゃまは、世界地図をですね」

 白の不名誉な行いに対しての話題で盛りあがっている最中だった。

「……これは放っておいた方が楽しそうだね」

 ほんの少しだけ頬をゆるめる鹿子の顔が忌々しくて、むしろ意地でも引っ張って行った方がいいのでは、と考えかけるものの、個人的な感情で親しい人たちの楽しみを奪うのもどうかと思い、

「わかった。爺ちゃんは書斎にいるのか?」

 とりあえずは一人で行こうと決める。姉貴分の女は、さあ、と首を横に振ってみせてから、

「たぶん、そうなんじゃないかな。移動してるかもしれないけど」

 煮え切らない答えを返した。どうやら、よくわかっていないらしい。呼び出しした割には色々と雑だな、という印象を持つものの、考えてみれば白の方も、何時に着くかどうかを具体的な連絡を入れていなかったような気がしたので、その間、一箇所に待機していろというのも酷な話かもしれなかった。

「そっか。ありがと」

 礼を述べてから、さしあたっての心当たりへと向かおうとする。

「ああ、そうそう」

 まるで狙ったかのように呼び止められる。今度はなんだ、と思って振り向けば、鹿子は例のごとく無表情のまま、

「言ってなかったね。おかえり」

 ぼそりと口にした。白は呆気にとられたあと、そう言えばこういう律儀なところがあったな、と少々おかしく思う。

「なに、笑ってるの?」

「いや、なんでも。ただいま」

 こちらに帰って来てからはじめて、ほんの少しだけ心がすっとした。

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