ブラックコーヒーに杏仁豆腐を添えて

フクロウ

ブラックコーヒーと杏仁豆腐

 カランカラン、と昔から変わらない鈴の音が鳴ると、カウンターから店長がひょっこり顔を出した。


「おっ、麻衣ちゃん! 久しぶり! いつものかい?」


「はい。いつものでお願いします」


「はいよ! 美味しいの、すぐ用意するからねー」


 にっこりと微笑んで会釈をすると、くるりとお店の中を見渡した。コーヒーと木と、あのときと何一つ変わらない匂いのする小さなお店の一番奥の席は、窓からの陽の光も店内の間接照明も少し届かず、他の席よりも少しだけ薄暗い。


 ゆっくりゆっくりと移動して、店内が見渡せるその席に座る。前髪を直して顔を上げれば、不思議とあのときに見ていた光景が昨日のことのように蘇ってきた。


 ここからお客さんの様子や窓の外を歩く人たちの様子を見るのが好きだった。


 そう。一つ隣のテーブル席にはいつもこの時間になるとサラリーマンなのかスーツ姿の男性が新聞を片手に過ごしていて、カウンターでは常連のおば様二人組が談笑に花を咲かせていた。


 ……あんなふうに話が弾めばいいのにって何度思ったことか。


 誰もいない向かいの席を見つめて、ゆっくりと目を閉じる。ほのかなシトラスの香りが漂ってくるような気がした。


──────────


 卸し立ての白シャツに紺のジャケットが映画の俳優みたいによく似合っていた。スラリと長い指先はとても綺麗で不意にドキッとさせられて。


 その指は優しくコーヒーカップの取っ手を握り、まだ湯気の立つ滑らかなブラックコーヒーを口に運んだ


──────────


「お待たせ!」


 映像を見ているみたいに鮮明に思い出された記憶を店長の声がかき消していく。代わりに目の前に置かれたのは、いつものブラックコーヒーと杏仁豆腐。


「じゃ、ごゆっくり!」


 ここに来たら私が頼む唯一のメニューだ。もちろんケーキセットやトーストとか喫茶店によくあるメニューもあるが、それらを一度だって食べたことはない。


「いただきます」


 ぷるぷるとした真っ白な杏仁豆腐をスプーンですくい口に迎える。口どけのいい柔らかな甘さが広がっていく──。

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