夢は覚めず 十二

 羅彩女の言う通り、源龍は良くも悪くも我が強くて意地っ張りで頑固なところがあり、それが人を褒めるなど本当に珍しいことだ。

 父と自国の王が評価をされて、貴志も内心嬉しかった。

「ただおめえの兄貴とは合わねえな」

 おめえの兄貴とは、貴志の兄で暁星の水軍の将軍を務める李瞬志(イ・スンチ)のことだ。その性格は真面目一徹で頑固一徹。源龍とはよく衝突したものだった。

 貴志も厳しいことを言われがちなので、内心苦笑しつつも、まあわかると少し肯定する。

「ねえねえ、話逸れてない?」

 このまま話をさせたらどんどんと逸脱してゆきそうで、香澄が釘を刺す。

「あ、そうか。人海の国にどうやったら行けるんだろう」

 貴志も話を戻すために道筋をつける。

「だけどよ、どうせ世界樹任せなんだろ。オレらがあーだこーだ言ってても仕方ねえよ。それより……」

「それより?」

 また話が逸れるのかと、香澄や貴志たちは苦笑しつつ、続きを待てば。

「その本に何て書いてるのか、読んで聞かせてくれよ」

「それか」

 貴志は内心でなく、素で苦笑する。何事かと思えば、読み聞かせのお願いだった。

 ただ、確かにどうせ世界樹任せになるのだ。以前もそうだった。なら、変に慌てても仕方がない。が、まさか朗読を頼まれるのは予想外だった。

 そう言うだけあって、源龍は好奇心いっぱいという面持ちだった。

「いちいち読んでもらうのもあれだし、字の読み書きを教えてもらいなよ」

 と羅彩女は突っ込む。

「わかってら。都合がつけばな」

「都合もなにも、あんた毎日道楽してるでしょ」

「うるせえや」

 痛いところを突かれ、源龍は眉をしかめる。

「まったく子供なんだから」

「まあまあ」

 呆れる羅彩女に貴志は、僕は別にいいですよ、と言おうとしたところ。

「そうね、なら私が読んであげる」

 香澄は手を差し伸べ、貴志に本を、『人海の国の物語』を渡してほしいとお願いする。愛嬌のある笑顔で。

 その愛嬌に照れを覚えつつ、いいよと、貴志は香澄に本を手渡す。

 香澄は朗々とした声で読み上げる。

「はるか海のかなたに、人海の国なる島の国あり。幾多もの白波を蹴り、追風(おいて)に乗り、時に嵐を越え。船の上にあること長く、日の数を忘れるほどにて。異なる世界に迷うがごとし……」

(すごいな。声色によって雰囲気も変わるんだな)

 それどころか、自分が知っている人海の国の物語とは、また違う人海の国の物語が紡がれ始めたような、胸のときめきも思わず覚えてしまった。

 それほどまでに、香澄の澄んで、かつ朗々とした声色は、聴く者の耳をとらえて。心にまで至った。

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