38 談話と確認

 数年間村に定住したいというライナルトの希望を、村長のホラーツは快く受け入れた。と言うよりも、本人以上に村の方が助かる話だろう。

 これまでしてきたようにライナルトは村の警備と戦闘指導を行い、村人たちは父娘の生活を支援する。そんなことを、改めて確認した。


「それでロミルダからも聞いたが、魔獣の襲来への防御に目処が立ったということだな」

「うむ。昨日訓練に来ていた面子で、小鬼猿こおにざるの五十匹程度なら対処できるだろう。猪の四五頭、熊でも二三頭なら何とかなると思う」

「そうか。猿の方は見たことがないから分からんが、熊や猪はそれほど大きな群れを作らない、今までに村に降りてきたのも多くてそれぐらいだったからな」

「猿なら遠距離のうちはロミルダたち女衆にも参加させる。熊や猪なら家に籠もってもらうという方針だ」

「分かった。それで、どれにしてもとどめを刺すには村のもんでは力不足、ライナルトの剣に頼らなならんということだな」

「おおむねそそういうことだ。猿も少ない数なら木刀でやれるかもしれんが」

「そうか」


 このまましばらく訓練は続ける、交代制の山方面の見張りも油断しないように気をつけていく、ということを確認した。

 話が一段落して、ホラーツはやや苛立たしげに嘆息している。


「それにしても、魔獣なあ。今までにこんなことはなかったというに」

「魔獣の相手は、まったく初めてなのか」

「いや、ごくたまにはあった。凶暴な狼が出てきたんで村中総出で倒したら、魔核を持っていたなんてことはな。しかし今度のような、群れで近づいているなんてことは、近隣でも今まで聞いたことがない」

「そうか」

「北のフントン山地は魔境などと呼ばれて奥の方は誰も見たことがないわけだが、それでもここ何十年、こんな妙な動きはなかったのさ」

「そうだな。フンツェルマン侯爵領内、領都ウェッセルの近辺は国内でも比較的魔獣の出没が多いが、それでも何と言うか安定していて、北の方から下りてくるというのは聞いたことがない」


 フンツェルマン侯爵領とその西側のいくつかの伯爵領は、アイヒベルガー王国でも最北の位置どりになっている。北側には魔境と呼ばれるフントン山地が迫り、それ以上先には進めない。

 またフンツェルマン侯爵領の南端のところで東西から険しい山地がり出して平地が狭まり、これらの北の領地から南の王都などに向かうにはこの狭い行路を辿るかずっと西側の山中を抜けるかしか方法がない。

 この迫り出している険しい山の一帯はそれぞれ、東がチオンジー山地、西がピンイン山地という。伝説によると東のチオンジー山地には窮奇きゅうき、西のピンイン山地には應龍おうりゅうという神獣が棲むとされる。これらの神獣が対峙し睨みを利かせていることでかなり魔獣たちの動きは制限され、人里に近づくのもたまたま迷い下りてきたもの程度に抑えられていると言われる。北の魔境から魔獣が出てこないのも、ここに神獣たちがいるせいとされている。

 これらの神獣の存在についての真偽は想像の域を出ないが、西の龍の目撃者は数百年前にいたという記録が残っている。また、アイヒベルガー王国の初代国王はこの龍とい会話して、それぞれの地の安寧を守ると約束を交わしたという伝説がある。


「魔獣や獣の動きはすべて、東西の神獣の影響を受けると言われているからな。もしその辺に神獣の力が弱まっているとか移動しているとか、今までと違う原因が生じているとしたら、大変なことになるさな」

「うむ。こればかりはそんなことがないように祈るしかないな」

「まったくさ」


 顔をしかめて、ホラーツは長々と息をつく。

 ライナルトも軽く首を振る。横手を見るとイェッタとヨーナスがうとうと寝を始め、ロミルダが布をかけてやっているところだ。

 気分を変えるつもりかホラーツはパンパンと膝を叩き、擦っていた。


「そう言えばライナルト、こないだの魔獣を狩って、魔核は持ち帰っているんか」

「ああ、一緒に行ったもんで分けた。魔獣の標準と比べて、小さいもんだがな」

「小さくても一応、値はつくんじゃないか。もう少ししたら領都から行商が回ってくる。その行商人が買い取ってくれるはずだ」

「そうか、なら頼むとするか」

「そうするといい」

「そんな魔核なんて小さなもの、何かの役に立つもんなんかねえ」


 子どもたちを寝かしつけて少し近くに寄ってきたロミルダが、首を傾げた。

 ホルガーは少し離れて、一人で鞠遊びをしている。

 嫁の疑問に、ホラーツは頷き返した。


「俺もよく知らんが、王都辺りでは魔核の研究をして役立てている者がいるらしいな。そっちで買い上げているんだろうさ」

「俺も、噂程度に聞いたな。何か不思議な魔道具ってのが作られて、それに使われるんだと」

「魔道具ってそんな、凄いものなんかねえ」

「何とも不思議なものらしいぞ。人の嘘を見抜く道具とか、探しものを見つける道具とか、聞いたな」

「俺が聞いたのは、親子の血の繋がりを調べる道具ってのだったな」

「へええ。何か知らないけど、確かに凄そうだねえ」

「しかしどれにしたって道具は高価だし、本格的に使うには魔核もかなりでかいのが必要だそうさ」ホラーツは苦笑いで答えた。「本当に何処まで実用化されてるか知らんが、何にしたって王侯貴族にしか使えんものだろうさ」

「だろうな。もっと単純な、周りを明るくする道具ってのもできたそうだが、高価すぎて貴族でもおいそれと使えねえって聞いたぞ」

「そんなもんなのかい。じゃああたしたちにはとんと縁のないものだねえ」


 ライナルトの説明に、ロミルダも苦笑のようになっている。

 その後、ライナルトは眠った娘を抱いて家に戻った。

 間もなく目を覚ましたところで背に負って、村の周囲を一回り。

 昼過ぎからはまた、いつもの面子を集めて鍛錬に入る。

 素振りの前にライナルトが、数年この村に留まることにしたと告げると、全員が喜びの声を上げていた。

 いつものように木刀を決めた回数振った後、魔法の練習に移る。一人一人の威力と精度を高めるとともに、連携の動きも試していく。

 途中でマヌエルと話し、現状を確認した。


「この動きをまちがいなくできるようになれば、小鬼猿こおにざるの数十匹の群れは相手できると思う」

「そうだな」

「火魔法の威力を上げたことで、猪や熊でもかなり対応できるようになっていると思うんだが。しかし図体のでかいやつには、口の中に水を入れてやってもあまり効果がないと思うんだ。喉の奥まで入れて噎せさせたら話は別だが、咄嗟にそこまでできないだろう。野兎や猿の大きさなら口に入れただけで溢れる量だから、奥まで届くだろうが」

「なるほど。ししが突進してきたところじゃ、水のそのやり方は当てにしない方がいいわけだな」

「ああ。だからでかいの相手には今までのように、もっぱら火と水を顔面に当てて突進を弱めることに努めるべきだろう」

「問題なのはその場合、とどめを刺すのはライナルトの剣に頼るしかないってことだよなあ。女たちが野兎にやってたみたいに水と火でほとんど動けなくできるんなら、猪だと木刀で止めは難しいにしても斧なんかで何とかなるかもしれんわけだが」

「そこまでは望めないだろう」

「だなあ、一つずつ確実な方法を採用していくこったな」


 そんなふうに方針を固めて、いろいろな状況に対処できるように練習を続けていく。

 そういう鍛錬を終えて家に戻ると、イェッタは床に座って水魔法の練習を始めた。

 相変わらず遠くに飛ばすことはせず、手元でさまざまな変形を試みているようだ。

 変形とは言っても別に面白い形ができるわけでもなく、球形から多少潰したり伸ばしたりという程度のくり返しに見える。


「何を練習しているんだ?」

「いろいろ」

「そうか、いろいろか」


 結局よく分からないが、危ない事態にはならないようなので好きにさせることにする。


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