キスは元カノふたりで割り切れない~元カノ巨乳美少女たちに復縁を迫られています~

harao@カクヨムコン9参加中

プロローグ

クリスマスデートで割り切れない

「『新宿 ラブホテル』、検索っと」


 星空から軽やかな冬が落ちてくるホワイトクリスマス。行きかう人々が雪を踏みしめるたびに軽快な音が奏でられる。


 都心である新宿もあちこちでベルが鳴り響き、街路樹やツリーが色とりどりの光を放っている。


 そんな聖夜一色のなかで、ケーキの販売を行うサンタコスプレをした女性、腕を組んで幸せそうにするカップル。楽し気な雰囲気にあてられていると、かじかむ寒さも気にならなくなる。


「きょろきょろしてどうしたの?」


 となりでスマホを弄っていた黒い長髪の女性が俺に視線を向ける。


 若干幼さは残るが、女子アナ並みに整った顔立ち。身長は平均的だが、はっきりと凹凸が確認できる見事なスタイル。それは高そうなベージュのダッフルコートの上からでも胸の大きさがよく分かるほどだ。


 そして真っ黒で厚底の革ブーツ、上品なフローラルな香りは家柄の良さも感じさせる。貧民出身の俺とは大違いだ。


「言っておくけど、もう終電ないから。逃げられないわよ?」


「この時間まで飲ませて酔い潰させたのはお前だからな⁉」


「あら、そうだったかしら?」


 クリスマスなのに恋人がいない寂しい大学生同士で飲み会でもしよう。そう呼ばれて来てみれば、この天川あまかわ詩乃しのとかいう女しかいなかったのだ。


 大変気まずかったのだが、居酒屋に入って彼女に乗せられるがままに酒を飲んでいたら酔いつぶれ……。


 気付けば閉店時間になっており、天川に介抱されながら店を出て今に至る。

知らない女ではない。むしろ仲がいい。


 今年の秋口に知り合い、気の合う俺たちは講義でも隣り合って座ったり、たまに遊びに出かけることすらあった。


 大学生でこの距離感は付き合ってると言っても過言ではないのだか……


「や、やっぱ、いきなりラブホテルは順序飛ばしすぎでは?」


「クリスマスに女の子と二人きり。終電。おまけに相手は美女。リーチかかってるのだけど?」


「ふたりきりだって知らなかったし、終電を逃がしたのは天川のせいだ!」


 あと、自分で美女って言うんかい!


 だが、そう自負しても有り余るくらいの美貌が彼女にはあるから悔しい。


「だいたいから天川と俺じゃ釣り合わないだろ」


「そこまで卑下しなくてもいいのに。……えっと、あなたもそこそこ、ちょっと……たぶんかっこいいから」


「考えたあげく出てくるのがその言葉って何のフォローにもなってないから! 泣くよ⁉」


「おー、よしよし」


「あやさないでいいから!」


「島崎くんは世間一般的には微妙で評価しづらい容姿だけど、私はすごく好きよ?」


「評価がジェットコースターなんだよなぁ」


 島崎潤一郎。天川と同じく興育院大学一年生。そして童貞。いわゆる陰キャメガネであり、彼女とは雲泥の差があると自覚している。


「でもそうね。少しはファッションに気を使ったら、世間の評価もマシになると思うのだけど」


「お生憎、世間の評価ほどあてにならないものはない、が信条なんでね」


「そういう捻くれた性格も直した方がいいわよ?」


「お互い様なんだよなぁ」

 

 でも、隣を歩く天川に恥をかかせてしまうくらい酷い服装である自覚はある。いつも通りただの飲み会だと思っていたのもあるが、ファッションと呼べるような服がないのだ。


 というか、金なし陰キャがそんなもの持ってるはずがない。


「ほら、ぼさっとしてないで行くわよ」


「ちょ、ちょ、おいっ」


 天川が手を引いてきて、人混みの中に入っていく。


 ゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。


 街に響くクリスマスソングもあって、一歩一歩が特別なものに感じられる。


 手袋越しに伝わってくる天川の体温はすこし高いように思う。それともこの熱は俺の高ぶりなのだろうか。


「参ったな。まだ酔いが残ってるのか……」


 隣を歩く天川がすごく可愛く見える。


 冬の外気にあてられてほんのり赤くなった頬、乾燥した空気のせいか若干潤んだ瞳。


 そしてクリスマスにとなりを歩いてくれる女の子という特別さ。


 それらが天川をラッピングして、とびきりのクリスマスプレゼントにしている。


「なあ、天川。本当に俺でいいのか?」


「なによ、急に」


 心底不思議そうに首を傾げる。


「だって天川ならもっといい男選べるだろ?」


 ミスコンには出ていないが、出場すれば優勝間違いなしの容姿、きさくな性格、そして家柄の良さも相まって漂ってくる『いい女』の雰囲気。


 俺なんかとクリスマスを過ごすのは不本意なはずだ。


「今日の飲み会だって他の人はドタキャンで、結果的に俺と二人きりになっただけ。いっしょにクリスマスをすごす異性がいなくて寂しいのは分かるけど、それだけで一夜を共にするのは……」


「うっわ、すごい童貞くさい言い分ね」


「なんで⁉ なんで俺はごみを見るような眼を向けられるわけ⁉」


 童貞なのは合ってるんだけども!


「そもそもドタキャンって嘘よ?」


「はぁ⁉」


「というか、元々あなたしか来る予定なかったし」


「へぇ⁉」


「つまり童貞拗らせて女の子に手を出せないあなたを誘い出すために整えた舞台ってこと」


「イヤァァァ! 犯されるぅ! お嫁に行けなくなっちゃうぅぅぅぅぅ!」


 怖いよ、怖すぎるよ!


 天川はそこまで頭が良くないくせに何でこういう時は頭が回るんだよ!


 じたばたと暴れてみるが、しっかり腕をホールドされており、抜け出すことはできない。


 それはそれとして、コート越しに感じられる豊満な胸、ありがとうございます。


「童貞卒業がこんな美人じゃ後々苦労するだろうけど……生涯私だけなら問題ないわよね?」


「怖い! 貞操観念とかそういうレベルを超えてる! 重すぎる!」


 なんで⁉ ついさっきまで楽しく飲んでただけなのに、なんでこうなるの⁉


 まわりは浮ついたカップルばかりで、俺がいくら騒いでも気にも留めない。たぶん、バカップルだと思われてる。


 ああ、こうして犯罪は成立するんだな……。


「やっと大人しくなったわね」


「諦めたんだよ……」


「……そこまで嫌がらなくたっていいと思うのだけど?」


 眉尻をさげてしょげる天川に慌ててフォローを入れる。


「い、いや、俺だって天川が相手なら嬉しいよ?」


「よし、じゃあ善は急げね」


「独善的って言葉知ってる?」


「現代国語の共通テストは点数悪かったの」


「じゃあしょうがない……」


 しょうがなくないんだよなぁ。


 っていうか、天川の変わり身早くない? 早すぎない?


 ついさっきまでしょげてたのは演技っすか?


「でもさ、一時の感情に任せてっていうのはやっぱりよくないよ。俺たちまだ大学生なんだしさ」


「そうね」


「わかってくれるか」


「一時の感情じゃないから問題ないわね」


 見上げるほど大きなクリスマスツリーが中心に立つ広場で足を止める。


 天川の一言で時が止まった。しんしんと降る雪も、思わず目を惹くイルミネーションの点滅も一枚の写真のように静止した。


 周囲の喧騒も、クリスマスソングも、雪を踏みしめる音も、何も聞こえない。


 天川だけに意識が集中する。


「私、ずっとあなたと一緒になりたかったの」


「……男をあまりからかうもんじゃない」


「この眼を見てもそう言える?」


 その問いかけは卑怯というものだ。


 赤みがかった彼女の黒い瞳には俺しか映っていない。


 きらびやかな街並みも、行きかう人々も、何も映っていない。


 天川が瞳に宿した感情が何なのか。いくら童貞だって分かる。


「億が一、島崎くんが嫌だって言うならこれ以上は何も無い。今日は解散。各々ホテルに泊まって、夜を明かすだけ。だから」


「お、俺だって天川のこと好きだよ!」


 天川の言葉を遮るように、言葉が出てきてしまった。


 完全に裏返った声だったが、天川は笑わずに俺の言葉を待ってくれる。俺なんかの言葉を必要としてくれいている。それが何よりうれしかった。


「ぶっちゃけ、天川と出会ったときはクソみたいにいじけててさ……」


 たった数カ月前のことなのに、残暑の厳しい季節が遠い昔のようだった。


 でも、この数カ月は俺を変えてくれた。天川は俺の日々を彩ってくれた。まっくろだったキャンバスを満開の花火で埋めつくしてくれた。


 俺の夜空が色づいたのだ。


「天川といると楽しい、もっと一緒にいたいっ」


 生まれたての小鹿みたいに脚が震える。足の親指やふくらはぎに力を入れても震えは止まらない。


 天川のことが好きだった。それでも言い出せなかったのはあまりに遠すぎる存在だったからだ。


 地上からいくら手を伸ばしても星には届かない。


 それが当たり前のように、俺がいくら天川に手を伸ばしても届くことはない。

そう思っていた。


「ありがとう、あなたの気持ちを聞かせてくれて」


 柔らかな笑みを浮かべた天川はどこか嬉しそうに涙していた。


 冬の乾燥のせいなんかじゃない、そう言いきれる涙だ。


「私、あなたしか考えられないの」


 聖夜の新宿。


 星空からかぐや姫が舞い降りてきた。




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