第35話

「よっしゃあ! 顔面直撃作戦大成功!」


 ゼマの手には、頭蓋に物をぶつけた嫌な感触が残っていた。それに関しては素直に喜べはしないが、それよりも格上に一撃入れた嬉しさが勝っていた。


 ゼマはマベラと戦う前から、なんとなくこの作戦を考えていたのだ。戦闘中ではそんな余裕はなかったかもしれないが、彼女には追う時間があった。それを有効活用したのだ。


 クリスタルロッドを元の長さにすると、【ホーリースイング】の効果も切れて元の、透明に輝く水晶のロッドへと戻った。


 その後、ゼマは離れた位置で倒れ込んでいるマベラのことを、遠目で覗く。


「……」


 マベラの顔面には、縦に太い棒状の火傷跡がくっきりと刻み込まれている。これだけでも相当な痛みだろうが、それに加えて頭上から鈍器で一発殴られたのだ。しかもスキルによって。

 白目を剥いてしまっており、口もぽかーんと開いている。


 これが、ゼマがマベラを窮地に追い込めた理由だ。


 マベラは現在、一時的に気を失っている。つまり、気絶をさせたのだ。

 これは、ロッドのような打撃系統の攻撃による追加効果なのだ。斬撃のように切り傷を作ったり、表面を超えて内臓に突き刺したりは出来ない。

 が、打撃を主に頭に当てることで、脳を直接刺激して、相手の気を失わせることが可能なのだ。


 これで、本来は防御力や体力が高く倒しきれない相手でも、戦闘不能に追い込むことが可能になる。

 今回で言えば、マベラはかなりの気力と体力を持っているので、ゼマの【刺突乱舞】をまともに受けたとしても、まだまだ戦えたはずだ。

 そんな相手と長時間戦えば、ゼマのほうが追い込まれていただろう。


「ふぅ、とりあえず役目は終えたけど、早くララクのところに行かなきゃか」


 ゼマは戦闘が終了して、クリスタルロッドをしまおうとした。

 その時だ。目の前の倒したはずの、冒険者がゆたゆたと立ち上がり始めたのだ。


「っえ、まじ??」


 驚愕した。間違いなく【ホーリースイング】はヒットした。全身全霊の打撃技だ。そして、確かに気絶していたはずだ。

 なのに、何故かマベラは立つことが出来た。


「っはぁ、はぁ……ハハハハハッアァ!」


 乾いた声でマベラは笑い始める。その両目はグラグラと揺れており、視点が定まっていない。そんな状態にもかかわらず、マベラは長双剣を握って、ゼマに向かってゆっくりと歩みを進めてくる。


「ゾ、ゾンビかよ!」


 緊迫した状況のはずなのだが、自分の考えたことが漏れてしまった。だいたいのモンスターはこれで再起不能になる。人種の脳は小さいので、より簡単に気絶を引き起こせる。

 だから、マベラがまだ戦おうとしているのが、ゼマには怖くて仕方がなかった。


「あ、相手のこうげきをよ、よみ、研ぎすまさぁれた一撃をたたき、こむ。

 見事、だった。

 もっと、単純な攻撃をくりかえす、のかと、君の実力をあなどっていた」


 よく口が回るマベラ。ふらふらだというのに、特徴的な大口で笑っている。

 どうやら、ゼマの戦闘スタイルが力任せのものだと、どこか感じていたようだ。しかし実際は、マベラの癖や双剣の特性を踏まれた、理に適った作戦だった。


「なぁ、まだだ、まだ終わってない! 

 もっと遊ぼう!」


 完全にハイになってしまっている。ゼマと話しているはずなのに、天を仰ぎ、重傷を負っているというのに、高揚感で幸せそうだった。


「はぁ、ここまでとはね~。

 正直、今のあんたに負ける気はしないよ。

 このままやったら、次は……殺しちゃうかもよ」


 マベラがもう戦闘可能状態になっていることに驚きはしたが、自分が圧倒的な優勢であることに変わりはないと、ゼマは余裕の表情をしている。

 今だったら、また脳天目掛けてスイングをお見舞いすることもできる、と考えている。


「こ……殺せるのか、君に?」


「人を殺したことはないよ。

 けど、出来ないとも分かんないじゃん」


 ゼマは再びクリスタルロッドを構え直す。あえてマベラを挑発するような態度をとる。

 彼女はこれまでの冒険者生活の中で、モンスターの命なら幾度となく奪ってきた。なので、同じ人間だから殺せないか、自分自身でも興味深かった。


「……っは、100点の答えだね……。

 いいよ、やっぱり君は最高だよっ! 

 命を賭してこそ、戦いなんだっ!」


 マベラは朦朧とした意識の中で、長双剣を構える。そして深く踏み込むと、勢いを乗せて走り始める。

 彼女を突き動かすのは、闘争心と本能。戦いを望み、その果てに待つ死ならば本望なのだ。

 だが、一方的に負けるつもりはない。


 風を切るように颯爽と駆け抜けていく。その動きは、今まで以上に研ぎ澄まされており、純粋に速度が跳ね上がっている。

 本来、体を制御しているリミッターが外れたかのようだ。


 風を受けながら走るマベラの顔は、凄まじい形相に変化して、ただ一点のみを睨みつけている。


 狙うは、ゼマの首だ。

 いくら凄まじい回復力を持ってしても、切断された部分を治すことは困難だ。それが首ならば、脳が機能停止をして回復は不可能だ。


「……」


 ゼマはその場を動かず、じっと構え続ける。

 そして、マベラの長双剣が自らに襲い掛かる瞬間、ゼマは行動を起こす。


「【刺突】!」


 彼女は突きのスキルを発動した。しかし、それは攻撃ではなかった。

 放つ先にあるのは、遥か遠方にある樹木だ。


 クリスタルロッドが突風のような速度で伸びていき、空中でピタッと止まる。そのタイミングでゼマは【伸縮自在】を解き、樹木の方へと縮む力を利用して移動していく。


「あ~あ~あ~」


 気分は森に住む野生児だ。これにより戦場を離脱したので、マベラの剣がこれ以上ゼマを斬りつけることはなかった。


 彼女が選んだ選択は、戦線離脱。

 冒険者としては、利口な作戦だ。


 だが、相手は納得できるはずがなかった。


「っな、ここで逃げる奴があるかっ! 

 これからだろ! 死闘が始まるのは!」


 すでに遠くに行ってしまったゼマに、怒りの形相を向ける。せっかく望んだ戦闘を繰り広げられると喜悦していたというのに。


「な~んか、死の気配がしたんだよね~。

 あんたは、負けて死んでいいかもしれないけど、私は生きて勝ちたいの~。

 ちょっと頭冷やしな、イカレ女さん」


 ゼマは片手を口の側にそえて、大声で返答した。

 そして最後には、マベラに向かってウィンクをした。

 視力のいいマベラには、ぼやつく視界でもそれがはっきりと伝わった。


「……っぐぅ! 貴様ぁぁぁぁ! 私に殺させろぉぉ!」


 ピキッと音が鳴ったかのように、マベラの額の血管が浮き上がる。

 ついさっきまでは、ゼマの事をかつてない好敵手として敬意を払っていたが、今はその真逆の感情を抱いている。

 死を覚悟した戦いを無下にしたことに、大いに怒っていた。


 マベラは絶対にゼマの首を取るんだと、さらに激情していく。

 そして、長双剣を持ちながら、逃げていくゼマを追っていく。


「ふぅ、一発入れたし満足満足。

 あとは……ララクの方だね……」


 ゼマは逃げ腰ながら、余裕があった。

 自分の戦いはすでにひと段落したと考えており、この先にいるであろうララクの心配をしていた。


 不意をつかれてマベラは一撃を喰らったが、彼女の実力は凄まじいものだ。そんなマベラの仲間である、魔人ハライノス、そして闇使いシットニンも、相当な戦闘力を持っていることが想像できる。

 特に魔人ハライノスの力は、厄介どころではない。


「っま、あの子なら何とかするでしょ」


 ゼマは仲間の力を信じながら、林の中を渡り進んでいくのだった。

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