第35話 悪夢の課金トラップと風雲ザルツ城
「お、クソ王が最初のステージに入ったみたいね」
正面のモニターに映った映像を見て、私がポップコーン摘みながら声を上げると、他のみんなも自然とモニターに視線を移した。
モニター内の様子から察するに、現在精霊の迷い家の中には、クソ王を始めとした兵士達、おおよそ100名程度が足を踏み入れているようだ。
第1領域のゲームは『キャンディイレイザー』。
連中には今から、ソシャゲなんかでよくある、典型的なパズルゲームをプレイしてもらう。
ちなみに、一本道の通路を塞ぐ形で設置されている、飴玉をぎっしり並べたガラス板は、観覧用のモニターを兼ねたバリケードのようなもの。
実際のプレイヤーは、バリケードの手前に置いてあるタブレット端末を、自分の指か備え付けのペンで操作してゲームを進めていく事になる。
ゲームをクリアするごとに、中に飴玉を収めているモニター型バリケードが消失し、先へ進む道が出現するようにしてみた。
ベタな演出だけど、連中からして見ればクリア感があってテンション上がるかもね。
なお、問題のクソ王達へのルール説明だが、いちいちアナウンスするのが面倒だったので、基本操作などの情報含めて全て、入り口近くに据え付けた石碑に書き付けて済ませた。
連中が石碑をスルーしたり、読もうとしなかった時の事は考えてない。
そん時は、勝手に自滅して勝手にどこぞへ飛ばされりゃいいのだ。私は知らん。
「うわ、大きいガラス板ね。あの中に並べてあるのってみんな飴玉でしょ? 赤、青、緑、紫に黄色……カラフルで綺麗よね」
「飴玉って言う割には随分デカいけどなぁ。確かあれ、どの飴玉も上下1マスだけ動かせるんだよな。で、そうやって移動させた飴玉を、縦か横に3つ以上同じ色で揃えると弾けて消える……って感じだったっけ?」
後ろの席に座っているトリアが感心したように呟き、トリアの隣に座るゼクスが腕組みしながら訊いてくる。
「そうよ。……ガラス板の右斜め上に、でっかい赤い色の数字と青い飴玉、それから、飴玉の隣にも数字が表示されてるの、見える?
赤い色の数字は『ターン数』っていって、飴玉を移動させるたびに1ずつ減ってくの。あの数字がゼロになる前に、ノルマの飴玉を指定された数だけ消せばゲームクリア。逆に、ターン内に指定された数の飴玉を消せなかったら、ゲームオーバーよ。
ゲームオーバーになると、飴玉を移動させるゲームに挑戦してた奴……プレイヤーは30秒後、自動的に結界の外の適当な場所に、強制転移させられる事になるわ。つまり、ザルツ山から遠く離れた場所に放り出されるって寸法ね。
一応これはゲームだから、救済措置として、強制転移されるまでの間に相応の対価を払えば、追加でゲームに再挑戦できるよう設定してあるけど」
「ええ~、なんで? 再挑戦なんてさせないで、さっさと放り出しちゃえばいいのに」
口を尖らせるトリアに、私は笑いながら「まあ、考えあっての事だから」と、わざと曖昧に答えた。今口で説明するより、実際に連中の様子を見てもらった方が面白いだろうし、真の目的にもすぐ察しが付くだろう。
すると今度はゼクスが、「並んだ飴玉の中に何個か、クッキーみたいなものが混ざってるけど、あれなんだ?」と訊いてくる。
「ああ、あれ? 『お邪魔クッキー』よ。お邪魔クッキーは、あれ単体だけじゃ消せなくて、隣にある飴玉を消す時だけ、つられて消える設定にしてあるの。
飴玉とクッキーの配置を考えてくれたのはレフさんなんだけど、どのクッキーも、地味に邪魔くさい所に配置してあるわね」
「あー、確かに。アレがなきゃ、簡単に消せる飴玉結構いっぱいあるよな」
「でしょ? ……ま、それでもこのステージはまだまだ序の口。後半になったら、あのクソ王間違いなくキレて頭掻き毟るわよー。この領域を抜ける頃、きちんと武装してる奴は一体何人残るのかしらね♪」
「? なにそれ、どういう事?」
「見てれば分かるわよ」
首をかしげるトリアに、私は再び曖昧な言葉を述べ、悪戯っぽい笑みを向けた。
◇
シュレイン達王国軍が、精霊の迷い家へそうと知らぬまま足を踏み入れてから、1時間以上が経過した。
「ぐうう……っ! なんだこれは! どうなっている! 何度挑戦しても、一向に赤い飴玉を規定の数消せんではないか!!」
「ああ……。まだあと赤い飴玉を20消さなければいけないというのに、移動数が3しか残ってない……」
「またゲームオーバーか……」
「うるさい黙れ! ……クソッ、おい誰か! 兜を脱いでこっちへ寄越しておけ!」
「へ、陛下、お言葉ですがもう、兜を所持している兵士は誰も……」
「ならば代わりの装備を寄越せ! 鎧でも具足でもなんでもいい! このままでは私が、どことも知れぬ場所に放り出されてしまうではないか!」
「では、ひとまず具足を持って来させましょう。おい、誰か! 陛下の御為に具足を脱いで持て!」
「将軍閣下、大変申し上げづらいのですが、具足を装備している者も、もう……」
「ならば鎧だ! 鎧を持てぇいッ!」
「ええっ!? よ、鎧をですか!?」
「仕方ないだろ! 陛下に口答えするな!」
「……ま、待って下さい、今脱いでますから……!」
「早くしろ! モタモタするな! あと1ターンしかないのだぞ!」
「も、申し訳ございません陛下! ええい、取りに行くから早く脱げッ!」
思うようにゲームをクリアできない苛立ちから、シュレインは辺り構わず喚き散らし、護衛の将軍はひたすらに、シュレインと兵士達の間を行ったり来たりし続けていた。
現在シュレインは、第1領域のパズルゲームを56面までクリアしていたが、王国軍の面々の表情は、決して明るくない。
むしろ、シュレインに付き従ってここへ来た兵士の多くが、兜を始めとした装備品を失い、心許ない表情でシュレインの後に続いているという体たらくだ。
もはや、指揮系統をギリギリ維持するだけで精一杯な有り様である。
実の所、シュレインがプレイしているこの『キャンディイレイザー』は、プレイヤーへの配慮が一切ない、非常にえげつない設定のゲームだ。
全100面にも及ぶステージで構成された、各パズルの難易度は先へ進むごとにどんどん上がっていく……と言う所までは、定石通りだが、そのうち何度も課金して、複数個のお助けアイテムを入手しないと、絶対にクリアできないステージばかりになるという、金満設定のクソゲー仕様。
しかも、タチが悪い事にこの『課金』システムも、単純に金を支払う形にはなっていない。
1つのお助けアイテムを購入、もしくはリトライ希望時に、プレイヤーないしその周囲にいる誰か1人の装備品を1つ、課金ボックスに投入させる設定になっていた。
正攻法では決してクリアできないクソゲーに、半ば無理矢理手を付けさせ、プレイヤーと観戦者に精神的負荷をかけて散々ストレスを与え、士気を低下させると共に、装備品を放棄せねばらない状況を強制的に作り上げる事。
それこそが、このゲームの真の目的なのである。
「うがあああああッ!! あと2つ! あと2つ赤い飴玉を消すだけでクリアだというのに! なぜ肝心な所で連鎖が途切れる! なぜターンが足りない! いい加減にしろ! 私を愚弄しているのかこのゲームはッ!!」
「陛下! 落ち着いて下さい! ――クソ、もうこうなったら誰でもいい! ありったけの装備をここに置け! ターン追加とアイテムを手に入れるんだ!」
「将軍、無茶を言わんで下さい! こんな所で装備を全て失ったら」
「全ては陛下の御為だ! 装備がなくなった者は外に出ればよかろう!」
「そんなご無体な! 大体ここからどうやって外に出ればいいんですかあっ!」
プリムローズの予想通り、シュレインは半ギレして頭を掻き毟り、将軍含めた兵士達は、混乱もあらわに右往左往するばかり。
やがて、更に2時間ほどが経過した後。
兵士や将軍のみならず、シュレイン自身も装備品の大半を失った状態で、王国軍はようやく第1領域を突破したのだった。
◆
クソ王率いる王国軍が、精霊の迷い家に突入してから4時間が経過した。
私達は、途中で休憩やご飯タイムなどを挟みつつ、相変わらず高みの見物を決め込んでいます。
一方、最初に足を踏み入れた第1領域にて金満系クソゲーの餌食となり、揃いも揃って装備を失い、ほとんど丸腰に近い状態になった連中は、それでもめげずに第2領域の攻略に乗り出している。
第2領域に設置してあるのは、知力・体力・時の運、その3つを兼ね備えし者だけが踏破できる(と思う)、いやらしさ満載のアスレチックステージ、その名も『風雲ザルツ城』だ。
ネーミングを聞いて察しが付いた方もいるかと思うが、これは、昔人気だった某バラエティ番組の内容をパクッ…もとい、一部参考にして構築した舞台となっている。
この領域での一番の見所は、のっけから挑戦者の前に立ち塞がる難所にして難関、その名も『ロックオン丸太橋』。
全長100mに及ぶ丸太の一本橋を渡っている最中、バレーボール(パステルピンク)が大砲の砲弾の如き勢いで飛んでくる、というものだ。
うん。一部参考にするどころか、もはや完全に某番組の内容を丸パクリしてるよね。ごめん。
まあなんにしても、この丸太橋から落ちたが最後、橋の手前のスタート地点からやり直しとなるので、連中には精々頑張ってもらいたい。
ちなみにこのバレーボール大砲、球速が140~180kmの間になるよう設定してある為、当たり所の良し悪しに関わらず、直撃すれば大抵の人間が一発で丸太橋から落下すると思われる。
連中の大半は鎧兜を失ってるし、ボールが当たったら相当痛いだろうな。
でも、一応大砲の発射時に、わざと多少のタイムラグが出るようにしてあるから、よく考えて上手くタイミングを図れば、最後まで渡り切れるはず。多分。
……なんて説明してる傍から、モニターの中ではクソ王達が、丸太橋を渡ろうとしては、可愛いピンクのバレーボールを身体のどっかしらにぶち込まれ、橋からポロポロ落っこち続ける様子が映し出されている。
ホラどうした、頑張れ。こんな序盤で折れてもらっちゃ困るぞ。
この丸太橋を抜けた後も、私とレフさんとモーリンが知恵とアイディアを出し合って作った、頭と身体を酷使させ、神経をすり減らさせるステージがまだまだ続くんだから。
床にグリッド線が引かれているだけの、無特徴かつ広大な室内にて、挑戦者の記憶力と反射神経が試される『ドキッ! 落とし穴だらけの殺風景な大広間』とか、典型的な迷路の中、クソ長いギミックを通り抜けた末、時間差で起動して挑戦者に襲い掛かるトラップが満載の『ピタゴラスイッチの嫌がらせ大迷路』とか。
その他にも、最初に表示された分かりづらい間違い探しの答えが、正しい通路に続くドアを開けるヒントになってる『正しいドアはどっちでSHOW』っていうのもあるし、問題文を読んでるだけで頭の血管が切れそうになる、イライラ系長文論理クイズを10問解かないとドアの鍵が手に入らない『全問正解するまで通れま10』とかいうのもあります。
……うん。どの名称も大体みんなパクリですね。ホントすいません。
しかし、私がちょっぴり内省しているその傍らでは、すっかりモニター視聴に慣れた村のみんなが、飲み物片手にやんややんやと楽しげな声を上げていた。
ついでに私も横からシエラにつつかれて、モニターに視線を戻す。
モニターの中では、今まさにあのクソ王が、ヨタフラしながら丸太橋を渡り切らんとしていた。
「ほらプリム、見て! あいつ渡り切るわよ!」
「えっ? ……おおお、イケるか!? 今度こそ最後まで行くか!?」
私が画面を注視したその瞬間、ついにクソ王が丸太橋を渡り切り、その場にガクリと膝をついて倒れ込んだ。
その途端、モニターの前がワッと盛り上がる。
もはやこの場において、『村に攻め入られているか弱い平民達と、圧倒的武力を振りかざして突入してきた王国軍』という図式は、完全に崩壊していた。
ていうかさ、これもうただ単に、『お茶の間でバラエティ番組を見て楽しんでいる視聴者と、身体を張って番組に出演してる芸人軍団』に成り下がってるよね。今の私達と王国軍の関係。
つか、ここも結界で覆われてて声が外に漏れないからって、みんなちょっとはしゃぎ過ぎなんじゃありません?
なんかもう、悲愴感どころか緊張感の欠片さえないですやん……。
何だかんだ私もノッちゃってるし、「お前が言うな」って突っ込まれそうだけど。
「行った! 抜けたぁ! ついに丸太橋抜けたわね、王様! なんか顔面腫れてるけど!」
「ああ、さっき横っ面に一発喰らってたもんねえ」
「まあ、歯が折れなくてよかったんじゃない?」
「え、そう? あれ、前歯折れてるように見えるんだけど」
「えぇ~~。折れてるの? ホントにぃ?」
「ホントよ。ほら、口押さえてるじゃない。血も出てるし」
「あらら、本当だわ。お気の毒様ねえ」
「あーあ、あんなピンクのボールを顔面にブチ当てられて歯が折れちゃうとか、ないわぁ」
「ホントにね~~。かわいそ~~」
「なにが「かわいそ~~」よ。全然憐れんでないでしょ、あんた」
「はははっ! そりゃしょうがねえだろ、なんだかんだ言っても敵なんだし」
「だよな。……おーおー、スカしたイケメン面がだいぶ残念な事になってんなぁ」
「つか、いつまで経ってもへたり込んだままだな、あの王様。次に進む為のドアには、まだ手をかけねえのか」
「そりゃ、まだ丸太橋渡り切ってるのは、王様含めて5、6人しかいねえし、慎重になってんだろ」
「それもそうだよな。今は王様も剣一本しか持ってねえし、もっと頭数揃えてからじゃないと、先に進むにゃおっかねえよなあ」
村のみんなは、口々に今のクソ王の様子などを楽しげに語り合う。
うん、これもうマジでただの視聴者だね。
「ていうか、エグかったもんなあ、ここに来る前の飴玉パズル。お陰で非武装の兵士も相当増えたが……」
「十二分過ぎるほどの助けだろう。この分では王国軍の大半は、精霊の迷い家を無事に抜け切ってもろくに戦えんだろうな」
「ああ。猟師会の人員からすれば、ほとんど非戦闘員と変わらんよ」
しかし、はしゃぐ声の中に混じって、ちょっと後ろの方から割と真面目な会話も聞こえてくる。アステールさん達だろうな、多分。
アステールさんごめん。色々と真剣に考えてくれてる所申し訳ないが、あのアトラクションの数々を全クリする奴なんて出ないよ。
現状、それなりの救済措置を設けて先へ進ませてやっているのは、あくまで連中を心身共に疲弊させる為。私もレフさんもモーリンも、精霊の迷い家を最後まで踏破させるつもりなんて、ハナっからないんだから。
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