第33話 我欲の矛先



 ザルツ村襲撃事件から、ひと月が経過した。山はすっかり秋の色に染まり、キノコや木の実、果物など、多種多様な山の幸が実りの時を迎えている。

 村的には、保存食作成の最盛期でもあります。


 今年は野イバラの実の干し果やジャムをいっぱい作ろう。

 特に野イバラのジャムは、爽やかな風味と甘酸っぱい味が癖になる至高の一品。是非とも多めに作っておきたい。


 ちなみに、あれからこの近辺にはずっと、定期的にクソ王の手先がやって来ていて、しつこく山への侵入を試み続けているようだが、今の所侵入してきた者は誰もおらず、施された結界も、小揺るぎもせず山を覆い続けている。

 安心安全な環境が問題なく維持されているのは、とてもいい事だよね。


 ただ、定期的にこちらへ顔を出していた数人の行商人まで、すっかり村に来なくなってしまったのは、多少頭が痛い出来事だった。

 クソ王が権力をかさにきて入山を禁じているのか、それとも逆に、クソ王に抱き込まれて村に悪意を持ったせいで、入山できなくなっているのか、はたまたその両方か。


 どっちにしても、実に嫌らしい真似をしてくれる。

 籠城している敵に対して取る戦法としては、ド定番の定石だけど。


 クソ王としては、外部からの食料供給などを寸断すると同時に、貨幣の獲得を阻害して、私達を多角的方面から日干しにする腹積もりなんだろうが、無駄無駄。

 元から村は、半数近くが自給自足に近い形で暮らしてるし、村内では貨幣を使った買い物より物々交換の方が活発だ。


 季節柄、今は山の恵みも豊富で食料には事欠いておらず、むしろ、山で採れたものを保存食作りに回すほどの余裕さえある。

 村の人達が、山の自然と森神様であるモーリンを大切にしているから、モーリンも気をよくして、山の環境を整える方向へ魔力を回してくれているのだ。


 そして何よりこっちには、『強欲』のスキル持ちにして、生粋の食いしん坊たる私がいる。自分や村の人達を、食うに困るような状況に陥らせるなど、この私が許すはずなかろう。


 今日だって、デュオさんの店にいつも通り全粒粉を卸したし、そうして手にしたお金も、デュオさんやカトルさんの店で買い物する事で定期的に一定額を消費・還元している。

 つまり、村内の一部限定ながら、経済活動もできてるって事。


 ぶっちゃけザルツ村を干上がらせるなんて、私が生きてる限り不可能なのだよ。

 むしろ、単純な籠城戦の能力だけで比較すれば、間違いなく王都よりザルツ村の方が圧倒的に有利だし、極端な話、10年単位で引き籠ったとしても痛くも痒くもありませんが何か。

 恨むなら、チート人間が住んでる村に喧嘩を売った、自分の浅はかさと運のなさを恨め。


 それから、王都の状況なんかも、今は手に取るように分かっている。

 情報収集がお得意だというデュオさんとカトルさんが、時々王都に行って色々な事を調べてくれているからだ。


 ついでに私も、情報収集のお手伝いと称して、ここぞとばかりにチートな『強欲』さんをフル活用、村のど真ん中に電波塔をおっ建て、通話機能だけ持たせたシンプルフォンを数台作成して、デュオさんとカトルさんに使い方を教えて持たせてみました。


 お陰で、今王都の中でどんな噂が流れてるのか、とか、兵の動きはどうなってるのか、とか、そういう情報がリアルタイムでこっちに筒抜けになっている。

 つか、この間なんて王城の中にまで入り込んで、上級士官の会話だの文官達の小会議だのを、シンプルフォン使って盗聴したらしいですよ。デュオさんとカトルさん。


 掃除係の使用人に化けて、通話状態にしたシンプルフォンを壺の中に入れたり、ズルズルに長いテーブルクロスがかけられたテーブルの下にセットしてみたんだって。

 そしたら思いがけず、あのクソ王が、来年の春を目安に村に攻め込む計画立ててるらしい、という特ダネを入手できたんだとか。


 やったね、超いい話聞けたわ。

 そうかそうか、来年の春か。

 そこまで猶予があるなら、こっちも対策取り放題じゃん。

 ありがとう、デュオさんカトルさん。

 雑貨屋と衣料品店の店主という、平穏な肩書に似合わぬ恐ろしいほどの有能ぶりだ。


 ……てかあの、ちょっといいですかお2人さん。

 私、シンプルフォンがそんな風に使えるなんて、教えた覚えないんですけど。

 なんなのその、異様な視野の広さと思考の柔軟さは。


 そもそも携帯電話ってさ、この世界の文明レベルからしたら、情報通信網においてパラダイムシフトを起こすくらい、画期的かつ想定外なブツのはずなのに、平然と使いこなしてるばかりか、自力で別口の使い方を発見するなんてどういう事よ。


 あと、そもそも王城に入り込んでくれなんて、誰にも言われてないでしょ、あんた方。

 なのに、敵地の本丸にしれっとした顔で足踏み入れて、情報収集に勤しんじゃうとか……。肝の太さも一般人のそれを遥かに超えてるよね。


 村に来る前は絶対後ろ暗い仕事してただろ。デュオさんもカトルさんも。

 お陰でめちゃ助かってるし、人様の過去をいちいちほじくり返す趣味もないから、突っ込んで訊いたりはしないけど。


 まあ、なにはともあれ、だ。

 クソ王の思考が戦吹っ掛ける方向にシフトしてるんなら、こっちもそれ相応の対処をさせて頂くとしましょうか。


 まずは、トーマスさんを中心に対策本部を設置し、それからレフさんに報連相。

 レフさんからのアドバイスを元に、基本的な作戦を立て、後は逐次入ってくる情報を元に、立てた作戦を柔軟に修正していけば問題ないはず。


 見てろよクソ王。

 暴力や権力で、なにもかも思い通りにできると思ったら大間違いだ。

 こうなったらどんだけ時間がかかっても、絶対にてめぇの鼻っ柱へし折ってやるからな。



 秋から更に時は流れ、冬が到来したと思ったらあっという間に年が明けた。

 日々やるべき事があると、時間の流れが早く感じる。

 今年は戦の足音が着々と近付いてるせいで、あんまりハッピーじゃないニューイヤーを迎える事になっちゃったが、仕方ない。


 でもその代わり、今回の冬はいつもより雪が少ないようで、雪かきの回数がグッと減った。そこだけはありがたいと思う。

 今は春に向けた準備で忙しいから。


 なんせ、来春に待っているのは正規兵相手の戦いだ。

 正面切ってぶつかるなんて愚行を犯す訳にはいかないし、実際には村の人達にできる事なんてほとんどないんだけど、それでもみんな、非常食や保存食の増産とか、そういう籠城戦の備えを張り切って続けている。


 材料は、秋から冬の頭にかけて採れた畑の野菜と家畜の乳。

 作っているのは主にピクルスを中心とした漬物とチーズだ。

 どっちもパンに挟んで食べると美味しいし、栄養満点なので、何はなくとも常備しておきたい品だと言えよう。


 トーマスさん曰く、主に村のお年寄り達が、プリムにばっかり戦備えを任せて、おんぶに抱っこでいる訳にはいかないぞ、と言って、それは張り切っているそうだ。

 ありがとう。なんかそれ、凄い嬉しいかも。


 ちなみに、私は今もまだ、結界石のスペアをチマチマと作成中だったりする。

 結界石を置く台座は結界の内部にあるので、それ自体が壊される危険性はほぼ皆無なのだが、外部から攻撃を加えられるなどした場合、余分に魔力を消費してしまうらしい。


 ゆえに、万が一の事を考えた場合、その場でパッとすげ替えられるスペアがあった方が結界に綻びができづらいし、結界の消滅という、最悪の事態も未然に防げるのじゃ、ってモーリンに言われたんで、やむなく作業を続けています。


 根底にこびりついてる苦手意識がどうしても拭えないせいか、何回やっても結界石を作る作業には慣れなくて、精神的にだいぶしんどいけど。

 途中でキレて投げ出さないだけ、私も成長してると思う。

 あと、作業中につい、ストレスでハゲそう、とか泣き言零したら、それをリトスに聞かれてたらしく、上げ膳据え膳の勢いでめっちゃ甘やかされた。


 心配かけてごめんリトス。

 私は別に精神的な問題は抱えてないし、身体も弱ってなんてないから。

 だから、ご飯を「あーん」で食べさせようとするのはやめて下さい。


 見目麗しい幼馴染の美青年が、ニコニコ笑いながら目の前にスプーン差し出してくるなんて、別の意味でメンタルが保たないです。なんの羞恥プレイですかこれは。

 私は自力でスプーン持てない乳幼児でもなければ、お手手が震えちゃう要介護老人でもないんだってばよ……。


 えー、話を戻そう。

 後はデュオさんとカトルさんが、店をトリアとゼクスに任せて本格的に村から出て、引き続き情報収集と、敵に正しい村の状況を悟らせない為の情報操作を請け負ってくれている。


 と言っても現状、外部から山に入れる人間は限られているので、露骨な流言は流していない。ただ単に、山の外からでも見て取れる、電波塔に関する話を誤魔化してもらっているだけだ。


 なんと申しますか、元から電波塔自体、単なる木製の塔に見えるように、茶色のペイントを施してあったんだけど、王都からの電波を受信できるように設計したら、アホみたいに高い建造物になっちゃってね。

 山のふもとどころか王都の近辺からでも、山の中にめっちゃ高い塔が建ってるのがうっすら見えるらしいんですよ。


 単純に高さだけ比較すれば、王城にある物見用の尖塔より高いぞ、とアステールさんに指摘され、デュオさん達からも、斥候に怪しまれてるみたいだって聞かされたんで、追加で情報操作をお願いする事にした訳だ。


 てな訳で、現在王都では、デュオさん達が流した噂に尾ひれ背びれが付きまくり、「兵士達の襲撃で住居を焼かれ、精神的なダメージを受けた村の住人達は、心の安寧あんねいを求めるあまり、精霊を奉る為の祈りの塔を建てたらしい」、とか、「村人達は毎朝、その塔の周囲に集まって平伏ひれふし、救いを求めて懸命に祈りを捧げているらしい」とかいう、なかなかイタい噂が流れているそうな。


 うん……なんていうか、複雑。

 電波塔の実態を隠す為には情報操作が必須だし、それを考えれば仕方ない事だけど、これじゃ私達、怪しい宗教に傾倒してるヤバい集団みたいだよね……。


 私はついため息をつき、作業の手を止めた。

 ついでに、椅子に座ったまま思い切り伸びをして、軽く肩を回す。

 はぁ、結界石を作るってマジ大変。肩が凝る。


 あ、そういや、王都から軍が出た、って情報が届いたら、即座に淀みなく動けるように、予め色んな事をシミュレートしとかないとダメかも知れない。


 多分あっちも、山に張られた結界を破る為の対策をしてくるだろうし、ここは初めから、結界石の交換係を決めておいた方がいいかな? どうしよ。

 うーん。判断付きづらいから、後でレフさんに相談してみよう。


 それに、よく考えたらここから王都までの距離って、だいぶ近いんだよね。

 1頭立ての荷馬車で王都を出てのんびり進んでも、ザルツ山に着くまでにかかる時間はほんの3~4時間程度。半日もかからない。

 鍛えられた軍馬を使えば、その半分くらいの時間で山まで到達すると思われる。


 ただ、アステールさんは、軍隊に編成された兵士の総数によっても多少速度は変わるはずだが、状況的に見て、あのクソ王は速攻勝負は仕掛けて来ないだろう、と言っていた。


 素早く進軍させてあっという間に山を包囲し、即座に村を叩き潰すより、わざとゆっくり歩を進めて軍の威容を見せ付け、私達に絶望感を与えて心をへし折ろうと考えるのではないか、と。


 成程。確かにそんな気がする。

 いかにもあのクソ王が考えそうな事だ。

 まあだからと言って、こっちにゃ奴の思い通りに振舞ってやる道理や理由なんてもん、欠片もないけど。


 私は再び椅子に座ったまま伸びをする。

 雪解けの時を目安に考えると、決戦の日までおおよそあと3か月って所だろうか。

 今はただその日に備えて、油断せずに事を進めていくとしよう。


 つか、できたらクソ王を直でぶん殴れる形に持っていきたいなぁ。この溜まりに溜まったストレスとフラストレーションを力に変えて、奴のスカしたツラにぶち込んでやりたい。


 いやまあ、最も優先すべきなのは村の人達の身の安全だし、無理を通してでも殴りたい訳じゃないけどさ……。

 ひとまずそれに関しても、ちょっとレフさんに相談してみようかな。



 北方における長い冬が終わりを告げ、雪解けの頃を過ぎた春の半ば。

 レカニス王国の王都、その外周に広がるオルキス中央平野の中を、現レカニス王シュレインの名の元、粛々と進む兵士達の姿があった。


 彼らはみな、今日この日の為の練磨と試練を越えてレカニス王直々に選抜され、対精霊用装備を与えられた精鋭達である。


 その内訳は、歩兵4000、騎兵3000、弓兵1000、従軍魔法使いを含めた魔法兵550、そして後方支援兵300。総数8850名にも上る大部隊だ。

 山間にある小さな村ひとつを滅ぼす為に集められた部隊としては、異例とも言うべき兵の数だと言える。


 そして、その総指揮官として先頭に立つ者が、他ならぬレカニス王その人であるという事もまた、極めて異例な事であった。



 編成された部隊は、整然と並び、一切陣形を乱さぬまま、一定の速度で進軍を続ける。

 そんな中、兵站の運搬を担う後方支援兵のうち、最後尾を歩く者数名が、今回の派兵の件について言葉を交わしていた。


 戦線へ加わる兵達はみな士気も高く、現時点でも既に周囲の空気がひりつくほどの緊張感を保っているが、ただ糧食を運んで管理し、食事を作る為にいる兵達にまでは、その緊張感は伝播していないのだ。


「なあ、お前さあ、今回の派兵の目的ってマジだと思うか? 山ん中にある村を滅ぼして、そこを守ってる精霊を従えさせるって話」


「いや、思うもなにも、実際こうやって出陣してんだから、マジなんだろ。俺は正直、全然気乗りしねえけど。むしろ帰りてぇよ」


「なんでだよ。てか、あんまデケェ声でそういう事言うなよな。後方支援兵ん中にも、陛下に入れ込んでる連中が結構いるんだからよ」


「あぁ、悪かったよ。……実は俺、レカニス王国の西端にある領地の、そのまた端っこの生まれでさ。12の頃まで、すげぇ精霊の影響が強い村で生活してたんだ。

 なんつーかこう、精霊の力を借りて、精霊と共に生きる、って感じの。精霊の声を聞ける巫女の家系の家なんかもあったんだぜ」


「へえ。精霊の巫女か。例の村だけじゃなくて、お前の村にもいたんだな。……で? それがどうしたよ」


「……精霊ってのはさ、下位でもかなり強い力を持ってんだよ。見渡す限り一面畑の、だだっ広い土地の土をほんの数秒で耕して、均したりできるくらいのな。そんな存在に今から喧嘩売るのかと思うと、落ち着かねえよ……。


 しかも、今回目標の村にいる精霊は、土の高位精霊だって言うじゃねえか。そこまで行くともう、人の力が及ぶ存在じゃねえって聞くぜ。機嫌を損ねた日にゃどうなるか、知れたもんじゃねえよ」


「ンだよ。大袈裟な奴だな」


「大袈裟じゃねえって! ……昔ばあちゃんがよく言ってたんだ。高位の精霊ともなれば大地の流動さえも意のままに操って、大地震や地割れなんかも簡単に引き起こせるんだぞって。だから、絶対に精霊様を怒らせちゃいけないぞってさ……」


「ははっ。ビビリかよ、ばあちゃん子。心配要らねえって。陛下も出陣前の演説で言ってたじゃねえか。今回の派兵の為に、宮廷魔法使いが何カ月もかけて開発した精霊封じの魔法と、改良を重ねた特殊な隷属魔法があるってな」


「だよな。それがあれば精霊の魔力や魔法を無効化できるし、精霊が構築した結界も打ち消せるって話だろ?」


「すげぇよなあ。人類の英知ってのはよ。そうやって精霊を抑え込んでる隙に村に雪崩れ込んで片ぁ付けて、精霊と通じてる巫女を押さえて隷属魔法をかけちまえば、それでもう戦は終わり。精霊は陛下に逆らえなくなるって寸法なんだろ?」


「ああ。従軍魔法使いやってる俺のダチもそんな風に言ってたし、確かな話なんじゃねえのか? 創世神話に連なる伝承や、各国の興亡史に出てくる伝説の精霊王じゃあるまいし、高位精霊なんて恐れるに足らずってヤツよ! それに――」


「……それに?」


「そもそも、じかに精霊とり合うのは、俺達じゃねえだろ」


「ククッ、それ今ここで言うか? だがまあ……言い得て妙ではあるな」


「あ、ああ、それもそう、だよな。今回俺らは言うなれば、安全圏から高みの見物するだけだもんな。自分の命の心配する必要なんてねえよな……」


「そうそう。正面切って乗り込んで戦わねえ分、現場で美味しい思いもできねえけどな」


「今回は別にいいだろ。村は干からびる寸前のジジババばっかで、若い女はほとんどいねえって話だぞ。ド田舎だから金品の貯えも期待できねえし」


「そういやそうだったな。あー、そう思ったらなんか、どうでもよくなってきたぜ」


「だから、そういう事口に出して言うんじゃねえっつってんだろうが。下手すりゃ懲罰モンだぞ。ったく」


「へへっ、悪い悪い」


「……ま、なんにしても今回は、俺らにゃ全く実入りのねえ戦だ。とっとと終わって欲しいって気持ちは、分からなくもねえさ」


「確かに」


「ホントだよな」


 後方支援兵達は互いに顔を見合わせて苦笑し、肩を竦めながら荷馬車の後ろを歩き続ける。

 自分達が属する軍の勝利を、微塵も疑わぬまま。

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