第三章前編 歓迎会のバーベキュー

第99話 歓迎会と猫と犬

「それじゃあ行こうか」


「うんっ、行こっ!」


 お揃いのキーホルダーの付いた鍵で玄関の鍵を閉める怜と桜彩。

 その際にお互いにキーホルダーを掲げ合って、二人だけにしか分からないなんとも言えない良い感じの雰囲気になる。


「ふふっ、楽しみだなあ」


「ああ、俺もだ」


 桜彩の言葉に、怜も肩から掛けているクーラーボックスへと視線を向ける。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 幼稚園で紙芝居を上映した翌日、怜と桜彩は陸翔と蕾華の待つキャンプ場へと向かう。

 桜彩は少し大きめのショルダーバッグだけとほぼ手ぶらだが、怜の肩には大きめのクーラーボックスが掛けられている。

 前日、リュミエールからの帰り道で蕾華から


『明日のサーヤの歓迎会 キャンプ場でバーベキューにしよ!』


 とメッセージが送られてきたからだ。

 いきなり次の日にバーベキューとはかなり思い切った選択だと思ったが、隣を歩く桜彩に確認したところ二つ返事で賛同してくれた。


『バーベキュー? うん、行きたい!』


 楽しそうに期待に胸を膨らませる桜彩を見ながら、怜は蕾華へと了承のメッセージを返す。

 すると早くも十分後にはキャンプ場の予約を取って、集合時間と準備する物についてのメッセージが送られてきた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お待たせ―!」


「お待たせしました。蕾華さん、陸翔さん」


「おっはよー、二人共!」


「おっす! 大丈夫だぞ、まだ時間前だって!」


 バーベキュー場に到着すると、先に到着していた陸翔と蕾華が入口で出迎えてくれる。

 二人の姿を見て手を振ると、二人共嬉しそうに手を振り返して急いで駆け寄って来る。


「サーヤ、昨日はありがとね! 今日は楽しもう!」


 挨拶もそこそこに桜彩の手を取る蕾華。

 今日はこれまで以上に桜彩と仲良くなるぞと決意を秘めている。


「はい。バーベキュー、楽しみです」


「よっしゃ! まずはオレ達のスペースへと向かうか」


「うん! 案内するね、付いて来て!」


 そして陸翔と蕾華の先導で、四人は自分達へのスペースへと向かった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 挨拶もそこそこに予約したスペースへと歩いて行く。

 少し歩くとバーベキュー用の個別スペースへと到着した。

 よくある複数のグループが東屋のようなスペースにまとめられている物とは違い、それぞれのグループごとに仕切りがある。

 仕切りの中もそこそこ広く、椅子とテーブル、コンロの他に長いベンチまで置いてある。

 ゴールデンウィーク中ということで混雑しているのではないかと思ったのだが、中日の平日ということでそこまで人は多くない。

 自分達の割り当てられたスペースへと辿り着くと、そこには既に荷物が置かれており、先客が待っていた。


「クッキー! ケット! バスカー!」


「にゃあ!」


「みゃあ!」


「バゥゥッ!」


 蕾華と陸翔の飼い猫と飼い犬がスペースの中で待っている。

 怜達の姿に気が付いた三匹が嬉しそうに鳴いて尻尾を振ってくる。

 囲いを開けてスペースの中へと入ると、三匹が怜にすり寄っていく。


「よしよーし! 久しぶりだな!」


 ショルダーバッグを置いて、嬉しそうにする三匹を順に撫でていく。

 撫でられた三匹は嬉しそうに尻尾を振ったり顔をこすりつけてくる。

 そんな姿を陸翔と蕾華は感慨深げに見つめている。


「ほんと、良かったね」


「そうだな。怜のあの姿を直接見るのは蕾華は初めてだったな」


「うん。やっと動物に触れるようになったんだね。アタシも本当に嬉しいよ」


 過去のトラウマで、動物好きにもかかわらず実に八年もの間、動物に触ることが出来なかった怜。

 先日、桜彩の力もあってそのトラウマを克服した。

 話に聞いたり写真で見たりはしたのだが、蕾華がその姿を見るのは初めてだ。

 怜の苦しみを傍で見ていた二人だからこそ、今の怜の姿をとても嬉しく思う。


(ふふっ。怜、楽しそう)


 一方で楽しそうに動物と触れ合う怜を、桜彩は笑顔を見せながらスマホで何枚も撮影していた。


「あっちもあっちで楽しそうだな」


「うん。でもサーヤ、普通にれーくんの写真を撮ってるよね」


「ああ。すげえ仲良いよな」


「ホント、何で付き合ってないんだろ」


 もう何回も繰り返したやり取りをしながら苦笑してため息を吐く。


「あの、私も撫でてみても良いでしょうか?」


 ひとしきり写真を撮って満足したのか桜彩が飼い主の蕾華に確認する。

 猫好きとしてはやはり触れたい欲求が強い。


「うん。写真で見せたことはあったけど、サーヤは初めてだよね」


「はい。ケットちゃんとクッキーちゃんですよね!」


「ウチのバスカーのことも忘れないでくれよ」


「は、はい。もちろんです」


 陸翔のツッコミに慌てる桜彩を見て、陸翔と蕾華がくすくすと笑う。

 少し恥ずかしそうにしながら怜の方へと桜彩が寄っていく。


「あの、怜。私も撫でてみても良いかな?」


 怜が三匹にもみくちゃにされていると、後ろから声を掛けられる。

 振り向くと桜彩が好奇心全開の目でこちらを見ていた。


「ああ。クッキー、おいで」


「みゃあ」


 クッキーを抱きかかえて桜彩の方へと顔を向ける。

 桜彩がおそるおそる手を伸ばすと、クッキーは特に抵抗もせずにその手を受け入れ撫でられる。


「わあ、可愛い! よしよーし。……あっ!」


 しばらく撫でられるがままだったクッキーだが、少しするとプイッと顔を背けて怜の胸に顔をこすりつける。


「むぅ……」


「ははっ、残念だな。それじゃあケット、おいで」


 残念そうにする桜彩に苦笑しながら今度はケットを抱きかかえて同じように桜彩の前に差し出す。


「みゃーご」


「そ、それでは……」


 先程と同じように緊張しながら手を差し出すと、ケットもクッキーと同様に桜彩に撫でられていく。


「ケットちゃんも可愛い……あっ!」


 しかしまたもやプイッと顔を背けて怜の胸に顔をうずめてしまった。

 それが不満なのか、桜彩が怜を睨んでくる。


「怜、ずるいよ」


「そんなこと言われても……あ、バスカーを撫でてみるか?」


「う、うん……」


 そんな目で見られても怜にはどうすることも出来ないので、今度は犬のバスカーを撫でさせることにする。


「バスカー、おいで」


「ワンッ!」


 嬉しそうに尻尾を振りながら怜に抱きつくバスカー。

 桜彩がそのバスカーに同じように手を差し出す。


「バスカー、ステイ」


「バウッ!」


 ここでバスカーがクッキーやケットと同様に桜彩に顔を背けてしまっては桜彩の機嫌が更に面倒なことになりそうな為、バスカーに動かないように指示を出す。

 バスカーはケガや病気を抱えた方や、心のケアが必要な方にぴったりと寄り添うセラピードッグとしての資格を持っている頭の良い犬だ。

 だからこそ飼い主の指示には忠実で背くようなことはない。

 飼い主は陸翔なのだが、大好きな怜の指示も喜んで聞く。


「桜彩。バスカーを撫でてみて」


「う、うん、分かった」


 おそるおそる桜彩が手を差し出すと、バスカーはそれを素直に受け入れる。

 そのまま動かずに撫でられ続けるバスカーに、桜彩もにっこりと笑ってご満悦だ。


「バスカーちゃん、可愛い」


「そーかそーか。さやっちも犬派に鞍替えだな」


「むっ、違うから! サーヤは猫派だから! だよね、サーヤ!」


「はい。バスカーちゃんも可愛いですけれど、やはり猫が一番です」


「なん……だと……」


「クゥン……」


 桜彩の返事に陸翔とバスカーが悲しそうな顔をする。

 まあバスカーは意味が分かっているわけではないだろうが。


「バスカー、ムーブ!」


「ワンッ!」


 ひとしきり桜彩が撫で終わったところでバスカーに動いても良いと指示を出すと、嬉しそうに怜へと飛びついていくバスカー。

 それを見て陸翔と蕾華は不満そうに顔を見合わせる。


「……てかさ、クッキーは分かるよ、クッキーは。れーくんが昔飼ってたわけだから。でも何でケットやバスカーもアタシやりっくんよりもれーくんの方に懐いてるのかなあ」


「……だよなあ。ちょっと嫉妬するぜ」


 飼い主以上に好かれている怜に対して、猫、犬好きの蕾華と陸翔は納得がいかない。


「……私ももっと好かれたいです」


 三人の非難するような視線が怜に突き刺さる。

 別に自分が何かしたわけでもないので怜としては理不尽だ。


「と、とにかく、今日のメインイベントに取り掛かろう!」


 若干の居心地の悪さを感じた怜がそう声を大にして、四人は早速バーベキューの支度へと取り掛かった。

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