第10話アメリアと裏路地の魔法使い.5


 占い師に会ったあの日から一ヶ月が過ぎても私に大きな変化はなかった。


 手元にある「裏路地の魔法使い」の青い表紙をさらりと撫でる。


 もしかしたらあの老婆が魔法使いで。

 私の願いを叶えてくれるかも、

 ブルーノ様が私だけを見てくれるようになるのでは、

 と期待したこともあったけれど実際は何も変わらなかった。


 それどころか、いたるところからブルーノ様の女遊びの噂が耳に入ってくるように。


 ランチを誰と食べるかでブルーノ様の前で女性たちが取っ組み合いのけんかを始めたとか。


 女性と二人でカフェに現れ、甘いケーキを沢山頬張ったにも関わらず、会計の時には忽然と姿を消していたとか。


 街中で派手な女性と口論していたとか、ピンクブロンドの髪の令嬢と真夜中の公園で密会していたとか。


 おかげで私の周りはざわざわと五月蝿くなってきた。




 そんな中、ささやかながら私の誕生日パーティーが開かれることに。

 

 招待客はそれほど多くない。

 仮にも男爵家なのだからもっと派手にしてもよいのかも知れないけれど、誕生日に聞きたくない噂を囁かられるのが煩わしくて。


 仲の良い友達とその婚約者、それから親族だけのささやかな、パーティーというより茶会に近いものにした。


 初夏の日差しを避けるために白く大きなパラソルを庭に数個立て、その下にテーブルと椅子を置く。

 花が開き始めた真っ白な梔子の花の甘い匂いを風が運ぶ中、中央に置かれた大きなテーブルにはビュッフェ式にクッキーやマドレーヌ、小さなケーキを用意した。

 

 侍女達がそれらすべてがパラソルの日陰に入るよう、角度や置く場所を変えて調整している。


 もちろん冷たい飲み物やお酒も用意する。二年前、十六歳の誕生日で初めてお酒が許されたけれど、アルコールの舌に残る独特の風味が未だに苦手な私のために、果実水もいろんな種類が並んでいる。


 あとは侍女達に任せようと、庭からテラスを通り部屋に戻ると壁にかけた鏡に自分の姿が映った。


 ブルーノ様から贈られたその瞳と同じ碧いドレスは、流行りの肩が大きく開いたデザイン。


 きっともうすぐ、いつもと同じ柔和な微笑みで両手で抱えるほどの大きさの花束を持って現れるのでしょう。


 「本当にいいの?」


 鏡のなかの私に問いかける。


 最近聞こえる彼の浮気話は以前にもまして酷い。しかもよくよく聞くと、どうやら私の予想を超える数の令嬢を相手にしていたよう。

 それはもう、上手くやっていたのね、と感心してしまうほど。

 

 それらがこの一ヶ月でメッキが剥がれぼろが出てきて、その軽薄さと横暴さにブルーノ様からご友人達が距離を置き始めているらしい。


 クルル曰く、この誕生日パーティーはブルーノ様にとって悪評を払拭する良い機会らしく、きっと豪華なプレゼントを贈られるわよ、というのが彼女の予想だ。


「アメリア、少し早く来てしまったけれど良かったかしら?」


 周りを和ませる鈴のような声音に振り返れば、ライリーとクロード様、それからクルルがいる。それからもう二人、三大公爵家の嫡男フルオリーニ様とその隣に見知らぬ令嬢。


 公爵家の方など、本来ならお誘いする間柄ではないのだけれど、ライリー達がフルオリーニ様の前で誕生日パーティーの話題をしたところ、出席されたいと仰ったらしい。しかもパートナーと二人で。

 

 クルルから必ず招待状をお出しするように念を押された結果がこの状況。こんな小さなパーティーに来て頂くなんて申し訳ない。


「アメリア、おめでとう。これ私からのプレゼント」


 私の思いなど気にすることなく、にこにことクルルとライリーはプレゼント手渡してくれる。

 フルオリーニ様のファンを公言するクルルに、ご一緒の令嬢に嫉妬はないのかこっそり聞けば、「フルオリーニ様は鑑賞対象だからお連れの方がいても気にしない」と答えが帰ってきた。推しの幸せは自分の幸せらしい、よく分からないけれど。


 クロード様は異国の果実水とシャンパンをフルオリーニ様は流行りの菓子の詰め合わせとヴィンテージのワインを何本もプレゼントしてくれた。


 この国では、形に残るものを婚約者以外に贈らないのが誠実な証だとされている。

 私は礼を言って受け取りパーティーでお出しするように使用人に伝えた。


 それにしてもフルオリーニ様が用意してくださったヴィンテージのワインは相当高価なように思えるのだけれど。こんな小さなパーティーに不似合いな銘柄に恐縮してしまう。


「フルオリーニ様、珍しいワインを沢山ありがとうございます」

「いや、こちらこそ無理を言ってすまない。しかも俺だけでなくもう一人連れてきてしまって」

「いいえそんな。沢山の方にお祝いして頂いて嬉しいです」


 フルオリーニ様がお隣にいらした白銀の髪の女性の背中に軽く手を当て、「ココットだ」と紹介してくださった。


 確かフルオリーニ様には婚約者はいないはず、と思うもさほど親しくない公爵様に込み入ったことを聞けるはずもなく。それはライリーやクルルも同じよう。


「ココットさん、本日は来てくださりありがとうございます」

「お誕生日おめでとうございます。突然の参加でご迷惑ではなかったでしょうか?」

「いいえ、パーティーというのもおこがましい、男爵家の小さなお茶会です。ささやかな物しか用意できませんが楽しんでください」


 私の言葉にココットさんはにこりと微笑み軽く頭を下げられた。紫色の瞳がすごくきれいで、歳は私より五歳ほど上かしら。こちらも聞けそうにないけれど。


 でも、どこかで見たことがあるような。

 くっきりとした化粧をして、凛とした雰囲気の女性……うーん、思い出せそうで思い出せない。


 チラチラとココットさんを盗み見しながら皆と話をしていると、開いた扉の向こうから父の大きな声が響いてきた。


「アメリア、ブルーノ様が来られたぞ」

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