敵わない人(土方+近藤)
「歳、ちょっといいか?」
障子の隙間から、こっそり覗き込むように声をかけてきた近藤の姿に、苦笑して筆を置く。
「どうぞ」
その言葉を受けて、嬉しそうに障子を開けて部屋に入ってくる近藤の手には、二人分のお茶とまんじゅうが、しっかりと用意されている。
土方が、自分を拒むはずがない事を確信しているからこその用意周到さに、思わず苦笑が漏れた。
「この饅頭、うまいんだぞ」
いそいそと土方の前に盆を置いて茶を注ぎ、屈託のない笑顔で湯呑みを差し出す。
その湯呑みを受け取って、一口飲んだところで、その味に土方は険しい顔をみせた。
(美味い)
給仕になれていない若い隊士が入れる茶の味ではないと、すぐにわかる位には。
貧乏道場の主が、奥方を貰うまでは自ら客をもてなしていた事から体得した、懐かしく美味い茶の入れ方で淹れたものだと、わかる位には。
「これ……もしかして、近藤さんが?」
「お、わかるか? うまいだろう。新茶だそうだ」
嬉しそうに言う姿を見て、土方は額を手で覆う。
首を傾げ、美味しくなかったのだろうかと不安そうな表情をする近藤へ、土方は半ば諦めたようにため息をつき、諭すように口を開いた。
何度目だろうかと、数えるのも面倒になってきた台詞を紡ぐために。
「……あんたは新撰組の局長なんだから、むやみにこういうことをするな、と。何度言ったらわかってくれるんだ」
「歳の為に、心を込めて淹れたんだぞ?」
「むやみに台所に立つな。隊士達に、示しがつかねぇ」
「気にしすぎだろう」
「それから、歳じゃなくて土方君と呼べとも、いつも言ってるよな?」
「今は二人きりなんだから、いいじゃないか」
「そういう問題じゃない。あんたはここの大将なんだから、それらしい行動を取ってもらわなくちゃ困る」
「すまない……」
きっぱりと言い放つと、近藤は傷ついた子犬のような表情で、しゅんと小さくなった。
いつも隊士達の前では、立場上口を引き結び難しい顔をしている近藤が、自分の前では昔から変わらず、表情をくるくると変えるのが少し嬉しくもあって、困ってしまう。
隊士達の前では、口を固く結び厳しい表情でいろと、いつも明るく笑っていた近藤に無理をさせているのは、紛れもなく土方だとわかっている。
だからこそ、自分の前でだけは素直にしょげる近藤の様子を前に、結局いつも最後まで厳しく言い聞かせる事ができない。
近藤が二人でいる時に、局長らしくない行動をついつい取ってしまうのはそのせいだと、わかっているのだけれど。
「……ったく。俺のために淹れてくれた事には、感謝する。うまいよ」
落ち込んでいる近藤の肩を、ぽんっと叩く。
途端に、嬉しそうに顔を上げた近藤の姿に、思わず笑ってしまって「敵わない」と、思うのだ。
こうして近藤はいつも、新選組のために寝る間を惜しんで仕事をする鬼副長の、休息時間確保に成功するのだった。
終
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