新選組徒然日誌
架月はるか
祭りの朝(土方+沖田)
屯所にある、私室の前。
廊下に出て座り込み、暖かくなってきた春の景色を何とはなく見つめ、腕を組んで土方は瞳を閉じた。
「…………」
頭の奥の方に、ぼやけた言の葉が浮んでくる。
それを思い切り手を伸ばして掴みかけた、その時。
「土方さーんっ」
「うぉっ」
明るい声と共に、背後から衝撃が走る。
と同時に、肩の上にちょこんと乗った笑顔が、悪びれもせず土方を見つめていた。
「……総司、お前な。今、いい句ができ……」
言いかけて、土方は照れたようにそっぽを向いてしまう。
そんな土方の顔を覗き込もうと、沖田がどっかりと土方の背中に乗り、無理やりその顔を覗き込んだ。
「すみません。豊玉宗匠の句作を、邪魔してしまいましたか?」
「重い。降りろ」
「照れなくてもいいのに。かわいいなぁ、土方さんは」
「かわっ……? お前誰に向かっての台詞だ、そりゃ」
「もちろん、泣く子も黙る新撰組の鬼副長。土方歳三先生にですよ」
「ほ~お、その鬼副長に乗っかるとは、いい度胸だなぁ?」
「ひ、ひはい、ひはいれす」
目の前にあった両頬を、思いきり引っ張る土方の両腕を「降参降参」と言うように、抱きついていた沖田の手が叩いた。
「ったく……」
「もう、乱暴なんですから」
赤くなった頬を押さえながら、沖田はようやく土方の背中から離れ、その隣へと腰を下ろす。
「で、何かあったのか?」
「何かないと、私は土方さんのところへ来ちゃいけないんですか? 冷たいなぁ」
「お前が何の用事もなく俺のところへ来る時は、こんな風に邪魔しねぇ。いつの間にか、じっと見てやがるだろうが」
「それは土方さんがかっこいいから、つい見入ってしまうんですよ。今日はなんだか変な顔してたので、つい声をかけてしまったんです」
自分の行動を言い当てられたのが意外だったのか、僅かな驚きの表情と共に、嬉しそうに沖田が土方を見た。
「何言ってんだ。まぁいい、何かあるなら早く言え」
「そうです、そうでした。土方さん」
「だからなんだ。話のすすまねぇ奴だな」
「お祭りですよ。秋祭りがあるんですって!」
「……で、それがどうした?」
「だから! 夏は何処かの浪人さんたちが、大変な計画を立ててくれたおかげで、せっかくのお祭りだったのに、楽しむどころじゃなくなっちゃったじゃないですか」
「そうか、池田屋からもう三ヶ月近く経っちまったんだな……そういや、お前身体の調子はどうなんだ?」
池田屋の事を思い出すのと同時に、その時倒れてしまった沖田のことを案じて、土方が沖田の額に手を当てる。
「もうそれは大丈夫ですって、何度言ったら信じてくれるんですか?」
頬をぷくりと膨らませるようにして、子供のように怒る沖田の表情に加えて、額に当てた手が熱さを感じなかった事から、土方は安堵の笑みをもらした。
「悪ぃ悪ぃ。でも、無理はすんじゃねぇぞ」
傍からみれば、微笑みというには程遠い表情ではあったのだが、それでも土方の本音を見抜く力のずば抜けている沖田には、十分なものだったらしい。
「はい」と素直にうなづいて、沖田がそのまま立ち上がる。
「おい……」
その左手には、しっかりと土方の右手が握られていて、否がおうにも一緒に腰を浮かせる形を取ることになった。
「じゃあ、行きましょうか」
「どこへだよ」
「こんなところでうんうん唸っているより、お祭りに出かけた方が、きっといい句が浮かびますよ」
全開の笑顔でそう言って、無理矢理にでも連れ出す勢いで手に力を込める。
沖田はそのまま、さくさくと歩き始めてしまった。
「俺じゃなくて、近藤さんか山南と行けばいいだろうが」
「私は、土方さんと行きたいんです」
引っ張られるようにして歩きながら、適任者を提案してみる。
だが、突然振り返って足を止めた沖田に珍しく真剣な表情でそう言われて、土方はそれ以上抵抗することが出来なくなってしまった。
「そ、そうか……」
「はい。楽しみですねぇ。わた菓子、りんごあめ、たこ焼き……後は、何買ってもらおうかな」
「おい、それが目的か。俺は、財布じゃねぇぞ」
嬉しそうに祭りに思いを馳せる沖田の手は、土方から離れる事はなく、それどころかブンブンと土方を巻き込んで振り回される。
何度言っても聞かない相手に、とうとう土方もその手を振りほどくことを諦めた。
そのせいで、二人を見送る事になった門番をしていた平隊士達に、微妙な表情が残されていたのを当人は知らない。
祭り好きの原田・藤堂や、文句を言わず付き合ってくれる近藤や山南ではなく、自分を誘ったその理由が、財布の役割としてではなく、池田屋以後ずっと屯所に詰めていた土方を気遣っての行動だった事に土方が気づくのは、もう少し後の話。
終
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