2 チョコレート競争

 俺はチョコレートの入った紙袋を持ちながら、納戸の前を通った。


「……!!」


 何かが、ものすごい勢いで崩れた音がした。俺は驚いて納戸の扉を開いた。

 ……中から崩れ落ちてきたのは、チョコレートの山だった。一つのチョコレートを取り上げて見てみた。


「瀬戸征士くんへ、ね……」


 チョコレートに添えられていたメッセージカードには、弟の名前が記されてあった。しかしこのチョコレートの量……。俺が頑張って集めたチョコレートよりも遥かに多い。俺は少し腹が立った。何も努力していないで、美形をキープしている征士。またからかってやることにした。

 月乃さんがくれた紅茶を淹れて、征士の邪魔をしてやろう。



 俺はさっさと紅茶を淹れて、征士の部屋の扉を開けた。


「月乃さんが持って来てくれた紅茶淹れたんだけど……。もしかしてお邪魔だった?」


 勿論邪魔をしにきた。征士が月乃さんの手を触っているのを、一瞬だけど見た。中学生のくせに女の子に触るなんていやらしい。思春期丸出しだ。


「いえ、チョコレートを渡していただけで……。あ、そうだ、これご両親にもどうぞ」


 月乃さんが、俺達両親の為のチョコレートを俺に渡してくれた。月乃さんは、征士がいつも言っているように優しいな。

 俺はチョコレート競争で負けた恨みを込めて、征士へ言ってやった。


「ああ、そうそう。何故か納戸にチョコレートがたくさん詰め込まれていたぞ。俺のより多いんじゃないか?」


 俺よりかなりチョコが多かった。無自覚無努力イケメンめ。


「え? ……ああ……征士くんの分」


 月乃さんは征士がイケメンなのを承知のようだ。しかし婚約者の割に、征士がチョコレートをたくさんもらっていても、気にしていないようだ。


「そんなにチョコレートが多いなら、来年は私はおせんべいとかの方がいいかしら。同じものばかりなんて飽きちゃうわよね。お醤油味の、手焼きおせんべいなんてどうかしらね」


 手作りでもおせんべい!? 俺は仰天した。


「いえいえ、来年からもずっと、僕はチョコがいいです!」


 征士は月乃さんへ、縋りつかんばかりに懇願していた。手作りでもバレンタインにチョコレートではなく、おせんべいをもらったら、俺だって嫌だ。


「そうですよ。本命からおせんべいなんて、何て男心が報われない……」


 さすがに征士が可哀想になって口添えしてやった。いつも「月乃さん、月乃さん」と喧しい弟だ。邪魔をして悪かった。


 ♦ ♦ ♦


「兄さん。さっき月乃さんからもらっていたトリュフチョコ、僕に頂戴。父さんや母さんの分も僕に回して。来年、僕がチョコレートをもらえなかったら、どうしてくれるんだよ。兄さんが余計なことばかりやるからさ」


 独占欲が丸分かりだ。俺は食べかけのチョコレートと、両親へもらった分を、征士に渡してやった。


「しつこい男は嫌われるぞ」

「え……」


 征士は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「僕、しつこいかな……。月乃さんに嫌われたらどうしよう……」


 俺とは違う、大きな瞳に悲しみを浮かべた。俺は征士の黒髪を手でぐしゃぐしゃにかき混ぜた。


「大丈夫だって。お前は俺には劣るけど、充分イケてる顔しているし。……後はそうだな。男性向け炭酸パックでもしてみるか?」


 俺はいつも男性向け泥パックをしている。炭酸パックを征士で試したい。


「ありがとう、兄さん。そういうことしなくても、僕頑張ってみるよ。月乃さんから好きって言われるのを、憧れて待っているんだ」


 翌年は、チョコ入り手作りスコーンをもらったらしい。


「兄さん! 兄さんが去年、勝手に僕がチョコレートをたくさんもらっているってバラしたから、スコーンの中のチョコが少なかったじゃないか! 僕は月乃さんから以外、チョコはいらない! 兄さんとは違うんだ」


 自室で俺が、もらったチョコレートの数を数えていると、征士が怒鳴り込んできた。

 征士、お前……。どれだけ月乃さんにぞっこんなんだ。お前の顔が好きな、他の女の子達が泣くぞ。


「去年は邪魔して悪かったよ。でも、チョコがもらえて良かったじゃないか。来年はたくさんチョコが入ったお菓子だといいな」


 また征士の頭を、ぐしゃぐしゃに撫でてやった。

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