3 旅行

 私は中等部三年になった。航平くんは一年生だ。真新しいブレザーがよく似合っている。顔つきも、どことなく大人っぽくなってきたようだ。


「航平くん、中等部入学おめでとう。制服似合っているわね。大人っぽくて、ドキッとしちゃったわ」

「ちーちゃんにそう言ってもらえると照れるな。早く俺、ちーちゃんに釣り合う男になりたいよ」


 航平くんは、私に褒められて照れているようだ。可愛い。


「釣り合うも何も、私達、れっきとした婚約者じゃない。航平くんが格好良くなってきてくれて、婚約者として自慢出来るわ」

「……ちーちゃんが綺麗すぎるから、俺頑張っているんだよ。ちーちゃんこそ、俺の自慢の婚約者だ」


 ぼそぼそと航平くんが呟いた。

 航平くんも格好良いと思うけれど? 私にいつも優しいし。後は少女小説のような恋愛を、航平くんとしてみたい。


「そうだ。俺、ちーちゃんと同じ文芸部に入部するよ。ライトノベル好きだしさ」

「本当? 本の貸し合いをしましょうね」


 その後、航平くんが貸してくれたのは、笑い転げる男性向けライトノベルだった。ギャグが面白すぎた。


「このラノベ、すっごく面白かったわ。でも何で男性向けライトノベルって、お姉さんや妹がよく出てきたり、女性の胸の大きさに拘るのかしらね」

「さあ? 普通の男の人って、姉妹や胸に何か夢を持っているんじゃないかな。俺にはわからないけどさ。俺はちーちゃんがいればいい」


 文芸部の部室で本の貸し合いをする。でもちょっと航平くんは、春村先生の小説を気に入らないみたいだ。


「ちーちゃんの好きな少女小説、夢があっていいと思うんだけど。でも俺は王子様なんかじゃないしさ。こんな夢みたいな恋愛なんて、俺には無理だと思うんだよ」


 航平くんは自分が王子様ではなくて不満そうだ。でもさすがに私だって、自分のことをプリンセスなんて思っていない。


「航平くんがプリンスじゃなくても、私の大事なフィアンセよ。これからも仲良くしましょうね」

「……んー、まあ。ちーちゃんがそう言ってくれるなら。そういえば、前に話した春村先生のサイン会、もうすぐ大阪でやるらしいよ」

「大阪!?」


 ここから大阪は遠い。やっぱり新幹線だ。


「……大阪でも、行く。生の春村先生に会いたい」

「ちーちゃんなら、そう言うと思ったよ。次の日曜だってさ。待ち合わせて一緒に行こう。大阪駅近くの、大きい書店でやるって話だよ」


 航平くんは呆れたように溜息をついた。

 でも一緒に行ってくれる彼はプリンスだ。優しい。


 ♦ ♦ ♦


 帰宅してから、私は必死に両親へ頼み込んだ。


「次の日曜に、春村先生のサイン会が大阪であるみたいなんです。どうか行かせてください。旅費も貸してください。お願いします」


 長く伸ばしている黒髪が床につきそうになる程、頭を下げてお願いした。

 お父様は、その美貌を曇らせた。


「大阪? ここから遠いじゃないか。僕の可愛いちーちゃんを、遠いところへ行かせるのは心配だな」

「そこを何とか! 航平くんが一緒に行ってくれます。生で春村先生に会いたいんです。お父様、お願いします」


 懇願すると、お母様が取り成してくれた。


「いいじゃない、征士くん。昔から征士くんは過保護なのよ。ちーちゃんだってもう十四歳だし、航平くんもしっかりしているから、きっと大丈夫よ」


 お母様、なんて優しい! お父様は不承不承頷いた。


「まあ、月乃さんがそこまで言うなら……。ちーちゃん、気を付けて行ってくるんだよ。交通費や食費も持たせるから。航平くんの分も出すから、彼にお金は持ってこなくていいって伝えるんだよ」

「ありがとうございます、お父様、お母様! 気を付けて行ってきます」


 両親の部屋から出ていくとき、私が見ていないと思ったのか、ふたりともぴったりと寄り添っていた。仲良しでいいことだ。


 ♦ ♦ ♦


 約束の日曜日。日帰り強行軍の大阪旅行だ。

 新幹線に乗ってみると、思ったより速い。少し怖くて、航平くんへ身体を寄せてしまった。航平くんはそんな私に対して、落ち着くように頭を撫でてくれた。

 私が新幹線の速度に慣れた頃に、航平くんが持って来てくれたトランプで、スピード勝負をした。

 ……何回やっても勝てない。航平くんの方が早く札がなくなってしまう。


「もう一回勝負して!」

「いいけど……。ちーちゃん、判断力悪すぎるよ。手際も悪いし。負ける気がしないよ。ちーちゃん、俺より年上なのに子どもっぽいなあ」


 結局、全敗してしまった。航平くん、札がなくなるのが早すぎる。

 遊んでいる内に、新幹線は新大阪駅へ着いた。新大阪駅から大阪駅まで出ないといけない。航平くんと一緒に、駅員さんに乗り継ぎの場所を訊いた。


「あの、大阪駅までは、どこの路線に乗ったらいいですか? この本屋さんに行きたいんですが……」

「ああ、梅田駅ですね。梅田駅方向ならば、あっちです」


 大阪駅を訊いたのに、梅田駅のことを言われてしまった。


「梅田駅じゃなくて、大阪駅……」

「はいはい。梅田駅は、あちらですよ」


 何回も梅田駅のことを説明されてしまった。

 梅田駅まで行くと、大阪駅と隣接していることがわかった。原宿駅と明治神宮前駅のように、繋がっているようだった。

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