第2話


Time Leap.1


「ねえ、信也。私達……付き合わない?」


「…………へ?」


 気がつけば、屋外にいた。

 土の匂い。春の花の香りが風に乗って流れてくる。


 目の前にいるのはセーラー服の少女。

 親しみやすい愛嬌のある顔立ちをしており、腰まである茶色の髪が風に揺れている。

 その胸元には花の飾りが付けられていた。卒業生の証である。


「春香……?」


「これで信也とお別れだなんて寂しいよ。恋人同士になったら、別々の進路に進んでも、ずっと一緒に入れるでしょ?」


 目の前にいるのは……春香だった。

 高校の校舎裏。告白スポットの定番である桜の木の下に俺達は立っていた。


「なん、で……」


「そ、そんなに驚かなくたっていいじゃない! 信也だって、気づいてたんでしょ? 私があなたのことを好きだってことに……」


 春香が拗ねたように頬を膨らませる。

 この子供っぽい仕草……ああ、間違いなく春香だと確信する。


 普通に考えたらこれは夢だ。

 だけど……仮に夢だとしても、俺が出す答えは決まっている。


「春香!」


「ふあっ!?」


「俺と付き合ってくれ……絶対に、絶対に幸せにするから!」


「し、信也っ!?」


「絶対にお前を不幸になんてさせない……酷い男に引っかかって自殺させるようなことはしない! 不幸な十年間を過ごさせたりしないから!」


「な、何言ってるの!? 私、断られたからって自殺なんてしないけどっ!?」


 俺の混乱が感染したかのように、春香もテンパっていた。

 二人してギャアギャアと大声を出して、ひとしきり騒いでから落ち着いた。


「つまり、告白はオッケーってことだよね? 私、信也の彼女ってことで良いんだよね?」


「も、もちろん?」


「どうして疑問形なのよ……だけど、やったあ!」


 春香が喜んで、その場でピョンピョンと飛び跳ねる。


「エヘヘヘ……彼女。私が彼女。私が信也の彼女だって」


 春香がはにかみながら、何度もそう繰り返す。


 こうなって改めて思うが……俺の幼馴染、カワイイかよ。

 どうして、俺はこの子の告白を断ることができたのだろう。


「あ……そうだった」


 俺はふと気がつく。

 春香の告白の直後、この後に起こったイベントに。


「信也君……」


「春香ちゃん……」


「あ……」


 校舎の陰から、俺達の名前を呼びながら『彼女達』が現れる。

 出てきたのは三人の女子。

 いずれもセーラー服を着ており、胸元に花飾りを付けている。


「そうだった……君達が……」


 三人とも同じテーブルゲーム部の部員だった。

 メンバーは五人。俺以外は女子のため、口の悪い連中からは『ハーレム部』とか影口を叩かれていた。


「みんな……私、信也君と付き合うことになったんだ」


「「「…………」」」


 春香がどこか気まずそうに言う。

 三人から落胆した空気が伝わってくる。


 二橋夏樹。

 小柄でメガネをかけてショートカットの少女。

 身体が小さい割に胸が大きく、大人しい性格の女の子。


 三内秋子。

 肩まである髪をリボンでまとめた、おっとりとした少女。

 四人の中ではもっともスタイルが良く、性格も母性的で大人びている。


 四条冬美。

 長いストレートの髪。切れ長の瞳が特徴的な少女。

 クールな性格だが根は優しく、四人の中でもっとも胸が小さいことを気にしている。


 モテ期という奴なのか、俺はこっちの三人からも交際を申し込まれていた。


「仕方がないですねえ……どうやら、私達はフラれてしまったみたいです」


 おっとりとつぶやいたのは、三内秋子である。


「私達も前から信也君に告白していましたから、抜け駆けとか気にしないで大丈夫ですよ?」


「ええっ!? そうなのっ!?」


 秋子の言葉に、春香が大きく目を見開いた。


「そうなんですよ……春香ちゃんも気づいていると思ってたんですけど?」


「み、みんな信也のことが好きだったんだ……私だけ気がついていないなんて……」


「春香は鈍いからね……仕方がない。祝福してやるか」


「…………」


 冬美が肩をすくめて笑う。

 隣で呆然として立ち尽くす夏樹の肩を慰めるように抱いた。


「我がテーブルゲーム部からカップルが出たことだし……打ち上げにいかない?」


「いいですね。卒業したら、みんなバラバラになっちゃいますし……今日は盛り上がりましょう!」


 三人はやや落ち込んだ様子であったが祝福してくれた。


「……こんなに簡単なことだったんだな」


 俺は四人から一人を選ぶことができず、全員の告白を断るという決断をした。

 しかし……そんなことをする必要はなかった。

 誰か一人を選んでも、残りの全員が祝福してくれた。


「……まったく、俺は本当に大馬鹿者だよ」


「それじゃあ、いつものお店に行きましょう。たっぷり弄ってあげる」


「お手柔らかに頼むよ。なあ、春香」


「エヘヘ……」


 俺ははにかんでいる春香の手を取り、歩いていく。


 一夜の幻であっても、正しい決断ができたことが嬉しい。

 俺は四人と一緒に、桜の花びらが舞う校舎裏から出ていった。

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