第30話 オーガ族対猫族!?
一歩一歩ゆっくりと、足音をたてずにミルテさんは僕たちのほうに近づいてきた。同時に、なぜか部屋が少しずつ明るくなってきて、彼女の姿が徐々にはっきりしてきた。宝石のように綺麗な彼女の目だけはそのままだったけど、その様子は変わり果てていた。
彼女はボロボロの布きれをやせ細った身にまとい、髪もボサボサで、大きくあいた口からは牙がみえ、よだれをポタポタとたらしていた。
「ミルテさん! 無事だったんだね! よかった!」
とっさにミルテさんにかけよろうとした僕の手をガンザさんは引っ張った。
「カズミ! ダメだ、むやみに近づくな。」
「でも、ケガをしているかも。」
「治せるケガならよいが…。」
ガンザさんがとまどう間に、僕は彼女の手をふりほどいてミルテさんに近づいた。やっと再会できた大切な友だちの異様な姿に、僕は我を忘れてしまっていたんだ。
次の瞬間、僕の体は木の葉のように宙を舞っていた。
「かはっ。」
「カズミ!」
ミルテさんの強烈な猫パンチは僕を軽々とふっとばし、ギリギリ床の上でガンザさんに抱きとめられた。激突していたらあやうく死ぬところだったかもしれない。
「あいたたたた…。」
「ミルテ! 貴様!」
ガンザさんは牙をむいたけど、ミルテさんもまけずに威嚇してきて、どうやら一触即発みたいだった。信じられないことに、ガンザさんのほうがミルテさんの気迫に押されていた。
先に動いたのはミルテさんだった。3段跳びで突撃してきた彼女をガンザさんは真正面から受けとめたけど、僕は目を疑った。なぜって、ふたりはおとなと幼児くらいの体格差があるのに、力負けしているのはガンザさんのほうだった!
まちがいない、ミルテさんはクイーニーの作った魔薬を飲まされたんだ…。
そういえば、僕は気絶していて見ていなかったけど、ガンザさんは廊下でミルテさんに投げ飛ばされたって言ってたっけ。僕は思い出しながら、あまりの痛みに床の上で横になったままふたりの様子を見ることしかできなかった。
ガンザさんとミルテさん両腕をつきだして押し合っていて、ぐいぐいとミルテさんが押し勝っていた。そしてミルテさんが吠えた瞬間、なにかが折れるいやな音がして僕は目を背けてしまった。
「うあああっ。」
ガンザさんは手を押さえてうずくまり、たぶん指を折られたみたいだった。そこからは本当に見ていられなかった。爪をだしたミルテさんは、服がはだけるのもおかまいなしに、めったやたらにガンザさんをひっかきまくり、たちまちガンザさんは血まみれになった。
「ミルテさん! もうやめてよ! 目を覚まして!」
僕はなんとか這ってガンザさんのそばに行こうとしたけど、彼女は激しく首をふった。
「くるな、カズミ! ミルテは正気ではない!」
僕はもう、こんなひどいことをする奴らが憎くてしかたがなくって、悔しくて床をこぶしで何回もたたいた。
「どうして、どうしてこんなひどいことをするんだ!」
『だから、言うたじゃろうが。魔女が生きていくには金がかかるとな。』
部屋の天井が光り、そこにクイーニーさんとジョンズワートさんがどこかの部屋にいるのが映っていた。これも魔法というやつなのかもしれない。
その映像ではジョンズワートさんはガウンを着ていて、なにかの入ったグラスを持ってくつろいでいるように見えた。
『はっはっは! すばらしい! クイーニー、でかしたぞ! ついに魔薬は完成したな! おまえを雇ってよかったぞ!』
『いえいえ、これも全て商会長さまのご支援のたまものじゃわい。キッヒッヒ。』
「お金のためにこんなことをするの!? たくさんの異種族を苦しめて、命まで奪うなんて正気じゃないよ! ミルテさんを返してよ!」
『おやおや。ガンザだけじゃ飽き足らず、猫族の女もほしいのかい? なんてすきものなんだい、まったくのう。』
僕はクイーニー(グロリアさん)の言い方に本当に腹がたって、体中が熱くなったけど、僕にはもう、叫ぶことしかできなかった。
「す、すきものだなんて、それは君のほうじゃないか! 君なんか、心の底から大嫌いだ! 僕はどんなことをされても君のものになんかならないし、命をとられるほうがマシだ! さっさと僕を殺せばいいよ! そのかわり、ガンザさんとミルテさんは助けてほしい。お願いだよ! お願いだから…。」
そこまで言ってから、僕はもはやなにも言えなくなって、両目からは大量の涙があふれ出てきた。感情のままに僕は泣き叫んでしまったけど、それは逆効果だったかもしれない。クイーニー(グロリアさん)は、さめた目で僕を見ていた。
「そうかい、そうかい。じゃあ、そろそろ終わりにしてやるわい。」
急に部屋が明るくなり、周りの様子がはっきりと見えた。僕たちがいたのは天井が高い巨大な円形の部屋で、あたりを見た僕は声を失った。
僕たちは、無数の人影にすっかりとり囲まれていた。それは、ありとあらゆる異種族たちで、みんなミルテさんみたいなうつろな目をしていて、剣やナイフみたいな武器を手にしていた。
どうやら僕たちは絶体絶命みたいだった。
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