第6話 ド派手な登場

*****

 「今日は、我々人間の生活を支えている【オブジェクト】について授業をしていこうと思う。

 我々が住む第7洞窟では、拳銃であれショットガンであれ、通常の銃火器を持つ事はほとんど意味を成さない。というのも、ほとんどのクリーチャーにはそれらが豆鉄砲程のダメージしか与えられないからだ。大砲や戦車であっても、中級以上のクリーチャーの駆逐は困難を極める。

 では、人類はクリーチャーに抗えないのだろうか?…はい、ロビン!」


 小学校の教室の一番前に座り、誰よりも高く手を上げる熱意に押され、教師はロビンを指名した。


「答えはNOです!何故なら、人類はこの洞窟内でクリーチャーに唯一対抗しうる武器【オブジェクト】の開発に成功したからです!」

「正解だ。第7洞窟での生活を始めて間もなく、人類は洞窟内から謎の鉱石を発見した。後に【ジェクト】と名付けられるこの鉱石は大して硬い訳でも応用力がある訳でもないが、『地球上に存在する自然物や概念を物体に付与、或いは放出できる』という唯一にして最大の特徴があるんだ。」


 そう言って、教師は教壇の下から鮮やかに輝く二つの宝石を取り出した。


「例えばこの赤い石は〈火〉の力を宿すジェクトだ。これには火を放出する特性があって、火炎弾を放出したり、火を纏った斬撃を繰り出したりできる。こっちの黄色っぽい石は〈大〉のジェクトで、物体の巨大化などができる。これらジェクトによって生じた事象は、クリーチャーに対して絶大なダメージを与える事が発見されたんだ」


 教師が続いて教壇の下から取り出したのは、小型の金庫だった。


「しかし、ジェクトだけではその力を発揮出来ない。この力を使うにはが必要なんだ。その媒介として扱われるのが、人類の持つ科学力を総動員して開発された【オブジェ】だ。特殊な技術を用いる事で、銃や剣といった武器だけでなく、冷蔵庫などの家電、はたまた水道などのインフラまでもをオブジェとして改造したんだ。

 因みに、ここにある金庫もオブジェの一つ。ここの窪みに〈大〉のジェクトを入れると…ほら!金庫が何倍にもデカくなっただろ⁉」


 まばたきする間に巨大化した金庫を見て、教室中から驚きの声が漏れた。


「こうしてオブジェの発明は大成功。用途に応じた力を宿すジェクトを装填する事で、その力を最大限発揮できるようになったんだ。

 おさらいすると、不思議な力を持つ石が【ジェクト】

 それを装填する事が出来る道具を【オブジェ】

 ジェクトを装填する事で力を使えるようになったオブジェの事を【オブジェクト】と呼んでいる。

 これを利用する事で、人類は洞窟内での生活レベルを飛躍的に上昇させ、強力なクリーチャーとも対峙できる唯一の手段を手に入れたわけだ──」


*****


地恵期20年2月10日

ユーサリア トレイルブレイザーベース 実技試験専用会場 14時



(始まったか…?)


 試験開始のアナウンスが聞こえて会場に転送されるまでの数秒間に、ロビンはふと数年前に受けた学校の授業を思い出していた。

 頭の中で様々な情報を整理して間もなく、ロビンは試験会場のとある場所に立っている事に気づいた。2mほどの高さがある歪な岩の突起が無数に天を衝き、どこからか獣の遠吠えが聞こえて来る。周囲に人の気配はない。高鳴る心臓の鼓動を押し殺し、ロビンはゆっくりと歩を進めた。


(レハトに最初の作戦は伝えといたけど、ちゃんと実行できてるかな?)


 そう思い、ロビンは試験前にレハトに提案した内容を思い出す。自信ありげなレハトの応答に尚更の不安感を抱くロビンだったが、当然彼にも人の心配をしている暇はなかった。ロビンが我を取り戻したのと同時に、岩山の陰から黒い四足歩行の獣が数匹、一斉に飛び出してきたからだ。


「っ!?ハンガーハウンドか!」


 犬型下級クリーチャー{ハンガーハウンド}。常に空腹状態で、一度その鋭い牙で噛みつかれると骨まで噛み砕きうる狂暴な下級クリーチャー。

 5匹で襲い掛かって来たハンガーハウンドは、ロビンの方目掛けて涎を垂らしながらまっすぐ駆けて来る。その襲撃に気づいたロビンは反射的に背後のホルダーに手を伸ばし、漆黒の弓を構えて目標を定めた。


「《アマテラス》!」


 ロビンの呼び声に呼応し、アマテラスの中心部に嵌められた〈風〉のジェクトが鮮やかな緑色に輝いた。アマテラスの両端を結ぶように緑色の光の線が出現したかと思えば、周囲の空気がたちまち収束されていく。やがて十分な量の空気が集まると、それが更に圧縮されて“矢”のような形へと変貌していく。歪曲した鉄の棒に過ぎなかったアマテラスは瞬時に緑の弓矢へと生まれ変わり、向かってくる標的を真っ直ぐ見据えた。


 ビュンッ!


 放たれた風の矢がハンガーハウンドの脳天を貫く。主を失った肉体は体勢を崩し、慣性に従いながら前方に転がった。地面に鮮血が飛び散り、痙攣していた死体は間もなくして動くことを諦めた。敵を射抜いた矢は獲物の頭に空いた風穴のみを残して、すぐさま元の気体となって消え失せる。

 ところが、仲間の死に気づいても尚ハンガーハウンドたちは止まる気配を見せない。本能に従って襲い掛かる獣たちに、ロビンは容赦なく次の攻撃を打ち込む。


 ビュンッ!ビュンッ!


 放たれた二本の矢。一本は前方の獣の腹を貫通し、もう一本は左方の獣の耳をかすめた。続けざまにもう三本目を放とうとしたその刹那、右方の獣が高く跳び、ロビンの頭部に牙を立てんと口を開ける。


「くっ…!」


 咄嗟に振りかぶったアマテラスの弦で、襲い来るハンガーハウンドの腹を殴る。吹っ飛ばされた獣が動きを止めたことを確認する間もなく、ロビンは背後からの殺気に勘づき思い切り上体を反らした。

 ロビンの視界を漆黒の陰が隠す。耳に傷を受けた左方の獣が、先程までロビンの上半身があった虚空を噛み砕いたのだ。その好機を逃さんとばかりに、ロビンは獣の腸に直接矢を撃ち込む。


 「ガルルルッッ!」


 そのまま地面に倒れ伏したロビンの隙を狙おうと、5匹目のハンガーハウンドが唸る。音のした方向を瞬時に察知したロビンは、急いでアマテラスを右側へと押し出した。


 ガキンッ!


 アマテラスの弦を咬まされたハンガーハウンドは、血に飢えた形相でロビンを睨んだ。下級クリーチャーと言えど、野犬の数倍の力を持つハンガーハウンドに、ロビンは思わず身の危険を感じて汗を流す。ハンガーハウンドの飢えが頂点に達してアマテラスの弦の鉄が微かに弾けたのと同時に、ロビンはその横腹を力強く蹴った。断末魔を上げる暇さえ与えず、ロビンは顔面を狙って冷静に止めを刺す。返り血を浴びて頬が赤く濡れる。初めてクリーチャーを殺したロビンの手は酷く震えていた。


 全ての獲物を撃ち殺したかと思えたその時、遥か向こう──ロビンの視力でギリギリ見えるかどうかの距離──に、突如として20m程の巨大な柱が出現した。もしロビンが1人で試験を受けていたら驚くだけで終わりなのだが、今の彼にはその柱を出現させたのが誰なのかすぐに分かった。柱の先端に乗っている1人の人間。こちらを見て動きを止めたかと思うと、柱の先端を橋のように延長させて、ものすごい勢いでこちらに走って来るのが見えた。残念ながら、ロビンにはこんな破天荒な事をする人間の心当たりが1つだけあったのだ。


「おぉーーーい!ロビィィィーーーン!!!」


 彼は会場にいる人間なら誰でも聞き取れるであろうはっきりとした大声でロビンの名前を呼んだ。そのシュール且つ派手すぎる光景に、ロビンは唖然としながらただただその様子を見る事しかできなかった。


「レハトに安易な計画を提案した僕が馬鹿だっ──」


 と言いかけたその刹那、背後に感じた強烈な寒気。血に飢えた微かな吐息と、確実にこちらを仕留めんとする静かな殺気がロビンのうなじを駆け巡った。


(後ろを取られた!?)


 振りむきかけたロビンの視界の端に、口を大きく広げ真っ白な牙を見せる黒犬が一匹。言うまでもなくそれは、先程殺し損ねたハンガーハウンドの生き残りであった。

 ロビンが咄嗟にアマテラスを構えようとしたその瞬間、今度はハンガーハウンド目掛けてが猛スピードで落下してきた。不意に訪れたその衝撃に耐えきれず、ロビンはバランスを崩して尻餅をつく。続けざまの奇襲に驚いて身動きが取れないロビン。彼の目の前で発生した土煙の中から、人の形をした影がスッと立ち上がった。


「大丈夫か、ロビン?怪我してねぇか?」


 煙の中から手を差し伸べる茶髪の少年。彼が持つハンマーの下では、先のハンガーハウンドがぺしゃんこになって原形を留めていないというのに、相も変わらぬ笑顔を見せている。そんな姿にロビンは変な笑いを覚えつつ、彼は差し出された手を取った。


「ありがとう、レハト!」


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 試験開始3分時点 獲得ポイント数

 レハト…4pt

 ロビン…16pt

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