第8話 燃え盛る炎の中で

地恵期20年2月10日

ユーサリア トレイルブレイザーベース 実技試験専用会場 14時15分



 実技試験専用会場。

 トレイルブレイザーベースの最深部に位置し、試験会場A~Dの計4つが存在するそれらは、各々が半径1kmのドーム型巨大空洞になっている。2人が受験しているA会場には岩場エリア、林エリア、湖エリア、湿地エリアが存在し、会場の中央には巨大な山がそびえ立っている。これらは全て試験の為に作られた人工のものであり、エリアによって生息するクリーチャーも異なる。受験生にはこれらの地形を生かしてどのように戦えるかという柔軟性も問われている。

 時折林の闇の中から感じる異様な雰囲気に警戒しながら、2人はクリーチャーを狩っていく。そんな中、林で起こっている異常事態にいち早く気づいたのは鼻の利くレハトの方であった。


「おい、なんか焦げ臭くねぇか?」

「確かに言われてみれば焦げ臭いような?それに、なんか少し暑い」


 ふと、林の闇が赤く照らされる。その光は徐々に熱を帯びていき、チリチリと音を立てながら2人に近づいていった。まさか、とロビンが違和感の正体に気づいたのも束の間、更に強烈な光が木々を襲い、ボウッと音を立てた。深紅の炎が茶色い幹を伝って、隣へ、更に隣へと、獲物を喰らう様に木々を侵食し、燃え広がったのだ。


「マズイ、火事だ!」


 ロビンはまだ火がない方に向かって全力で走り、レハトもそれに続く。炎はそんな2人を追いかけながら生い茂る木々を次々と燃やし尽くし、より勢いを増していく。


「おいおい!何でこんなとこで火事なんか起きんだよ!」

「分からない!でも…」


 ロビンは後ろを振り返り、その炎の様子を注視する。


「もっと不自然なのは、この炎がまるで僕達を襲って来てるみたいだってことだ!」


 ロビンの言う通り、その炎は円形に燃え広がっているのではなく、明らかに2人を狙って燃えていた。しかも一つの火種から燃え広がったというより、まるで火炎放射器で意図的に林を燃やしているかのように。

 ロビンのスピードに合わせて走っていたレハトは、自分がロビンを持ち上げて走った方が速いと判断し、敢えてスピードを落として彼の腰に手を回そうとする。


 ボギンッ!


 懸命に走るロビンの真横で、何かが折れる音がした。ロビンが横を向くよりも速く、一本の大木が炎を纏いながら2人の間に横たわった。燃える倒木によって隔たれた2人は突然の出来事に驚きながらも、炎の隙間から見えるお互いの顔を見つめ合った。


「大丈夫、レハト!?」

「こっちは大丈夫だ!幸いこの辺は木が少ねぇからしばらくは保つ。ただ、どうにも逃げ道がっ!」


 レハトの周りは既に炎で覆われており、火の手が伸びていないのは、先程まで走っていた背後の小道だけだった。


「取り敢えず、ロビンはさっさと行け!お前まで逃げれなくなったら元も子もねぇだろ!」

「嫌だよ!このままレハトを見殺しにできるわけないだろ!?」

「いいから行けって言ってんだろ!俺がこの程度でくたばるとでも思ってんのか!?」

「でもっ!」


 レハトの鬼気迫る表情に、ロビンは食い下がることが出来なかった。レハトの意見に躊躇いながらも、彼ならばもしかしたらと思わせる自信に満ちた瞳に、ロビンは今朝の出来事を重ねた。


(さっきも僕が根負けしたんだっけ…)


 ロビンは目を瞑って俯き、すぐに諦めたように肩の力を抜くと、レハトと視線を合わせて絞り出すように声を出した。


「…分かった。僕は先に出口を探して逃げる。でも、絶対に無事に戻って来てね」

「ったりめえよ!」


 心配そうな顔をするロビンとは打って変わって、レハトは自身ありげに返答し、力強く胸を叩いた。その姿を確認すると、ロビンは名残惜しそうにしながらも、全力で走って林の闇の中へと消えていった。

 ロビンの姿が見えなくなったのとほぼ同時に、レハトの背後から見知らぬ人間の声が聞こえた。


「いかにも弱そうなお友達ね。1人にしちゃって大丈夫?」


 その言葉の主に、レハトは怒りを浮かべながら振り返った。


「あんたか?この林に火を放ったのは」

「そうよ、何か文句ある?」


 そこに立っていたのは、レハトが想定していたのとは全く雰囲気が異なる人間だった。

 15歳ほどの少女である。人形のような可愛らしい顔立ちには、どこか嬉しそうにも悲しそうにも見える神妙な面持ちを浮かべている。彼女の丁寧に手入れされた茶髪のツインテールと、リボンやフリルがこれでもかと使われた派手な赤いドレスは、この場所では明らかに場違いな風貌である。しかしながら、その手に握られた機械的な深紅の銃だけは殺伐とした戦場にふさわしく黒煙を上げていた。

 そんな派手な姿がレハトの脳裏から離れるはずはなかった。この少女は間違いなく、今朝タイトゥンワームに襲われ、レハト達が助けようとしていた少女だったからだ。


「はっ!恩を仇で返されるとは思ってなかったぜ。ショックで覚えてないってんなら仕方ないけど、今朝クリーチャーから君を助けようとしたのは俺達だぞ?」

「もちろん忘れるはずもないわ。でも覚えておく事ね。あんたのヒーローごっこは、誰かにとってのお節介かもしれないってね」


 少女は手に持った銃型オブジェクトを両手で持つと、銃口をレハトに向けた。


「何故火を放った?本当に俺達を狙って放火したのか?」


 少女の行動には一切動じず、レハトは淡々と問い詰める。しかし少女はそれに答えることなく無言で狙いを定め、引金に指をかけた。

 ボウッっと、勢いよく火球が打ち出された。真っ赤に燃え上がるその銃弾は、激しい熱を伴いながらまっすぐレハトを狙う。高速で撃ち出された太陽にも見えるそれを、レハトは優れた反射神経を生かして左に転がって避けてみせた。


(こいつ、敢えて俺が避けやすいような弾を…?)


 そう思ったのも束の間、すぐに第二球が放たれた。レハトが回避する方向とタイミングを完全に予知していたような計算し尽くされた弾道である。周囲は火で囲まれており、一球目の様に回避できない事に気づくと、実は一球目が囮であったという事に即座に勘付いた。レハトは仕方なくグランディウスの鎚部分で二球目を打ち消して第三球を警戒していると、彼女は何故か銃を下した。三球目が飛んで来ない事に違和感を覚えつつ、レハトは立ち上がって服に付いた砂利を払った。


「筋は悪くないな。俺の名前はレハト・ダイア。あんたは?」

「言う必要が無いわ」

「そうか。でも、悪いがここから逃げる手段はもう思いついてる。この程度の火事でくたばる気はねぇぞ」

「さぁ?それはどうかしら」


 彼女が肩を上げてほくそ笑んだその瞬間、レハトの持っていたグランディウスが急に激しい熱を帯びた。


「熱っっっつ!!!」


 突然の出来事に思わずグランディウスを手放すと、少女はレハトの反応に声を上げて笑った。


「はっはっはっ!あんた馬鹿でしょ?そんな鉄の塊で炎を防いだら、持てないくらいに熱されるって想像つかないわけ?」

「うっせぇな!逆にどうやれば防げたんだよ!」

「敵にそんなこと聞くなんて、やっぱり生粋の馬鹿ね?」


 軽蔑の目でこちらを見る少女に怒りが爆発しかけるレハトだったが、ギリギリの所で深呼吸を挟み、何とか冷静さを取り戻す。その滑稽な姿に、少女は再び笑みを浮かべた。


「どうせ試験開始直後みたいに土を隆起させて逃げるつもりだったんでしょうけど、そんなの見え見えよ?」

「はあ……よく分かったな」

「あんなに目立ってたんだもの。馬鹿でも分かるわ」


 そう言い捨てると、少女は懐から何かを2つ取り出し、そのうちの一つを口に装着した。それが何なのか分からないレハトが首を傾げているのを見て、少女は呆れ顔で説明をした。


「これは防煙マスク。文字通り煙を吸うのを防いでくれる。私のドレスは耐火線維で作られているし、火の手が回っていない場所も知っているから、そこまで逃げれば林のクリーチャーを一掃した状態で無事に試験を終えられる。でもこのままだったら、あなたは炎で焼かれるか、一酸化炭素中毒で死ぬわ。だから提案よ。あなたが今ここで土下座して、私に謝罪したらこのマスクを一つ譲ってあげる」


 何の話か分からない、と言わんばかりの表情で話を聞いていたレハトだったが、数秒後、話の意味を理解したレハトは“謝罪”という単語に反応して全力で抗議した。


「はあああああ!!!???なんで俺が謝罪なんかしなきゃいけねぇんだよ!?」


 急に大声を出したレハトに一瞬体をびくつかせる少女だったが、気を取り直すと、少女は淡々とした口調で答えた。


「今朝、私は誰にも助けてなんか言わなかった。あんな雑魚クリーチャー、私一人でどうにでも出来たのよ。なのに、あんた達が助けようとしたせいで、私がまるで惨めで無力な少女みたいに周りから見られたの。その屈辱があなた達に分かる?だから私はあんた達を許さない。この私が、公の場所で辱めを受ける原因を作ったあんた達を許さない!」


「…お前何言ってんだ?」


 レハトは彼女の支離滅裂な理由に、心底呆れたように口を開いた。


「人が折角命を助けてやろうとしたってのに、そんな意味わからない理由で恩人にこんな仕打ちするなんて、どうかしてるとしか思えねぇよ」


 そう言い捨てるレハトの瞳に宿っていたのは、彼女に対する呆れだった。何の光も籠らず、温かみも持たず、ただ冷たく差すような視線に刺された少女は、無意識のうちに自分の記憶の底で眠るトラウマと重ね合わせ、振り払うように声を荒げた。


「それよ…その眼よ…っ!その眼が……何より気に入らないのよ!!!!!」


 動揺した少女は感情のままに銃口をレハトに向け、何度も何度も引き金を引いた。その炎の猛攻にはとても回避しきれるようなスペースはない。どう避けても必ずどれかがレハトに当たる。ふと我に返り、彼女は呆然とした。と。


 ──だが、彼女の予想はすぐに裏切られた。

 直撃の瞬間、全力で走り出したレハトはその火球の弾道を全て読み切り、悉く躱してみせたのだ。隙間などほとんどない弾幕を、旗めいた服の端を焦がしながら上体を反らし、或いは体を回転させ、体に火傷を微塵も残さず走り抜ける。反射神経だけではどうにもならないレベルの攻撃を、研ぎ澄まされた直感と常人を遥かに上回る身体能力で回避したのだ。

 そうして瞬間移動の様に彼女の目と鼻の先まで近づいたレハトは、茫然自失で動けなくなっている少女の銃を手で払い、弾き飛ばした。


「……え?」


 何が起こったのか分からず、少女は唖然とするだけだった。そんな彼女の様子を見たレハトが優しく彼女の足を払うと、少女はいとも簡単にバランスを崩し、地に倒れた。


「女に手は出さない主義だが、流石に今のは俺じゃなきゃ死んでる。一旦落ち着け馬鹿」




 その頃、ロビンは炎に追われながらも、なんとか林の外へと逃げきっていた。


「はあ…はあ…。やっと、外に出れた…っ!」


 極度の疲労感はあるものの、幸い目立った怪我は無い。枝で切った頬の傷を拭うと、真っ赤な血と黒い灰が混じって手の甲が赤黒く染まった。


 その時であった。

 グラグラと、地面が激しく揺れる。とても立っていられないような衝撃に思わず地に伏せると、ロビンは会場中央部にそびえる巨大な山を見上げた。今にも会場の天井を突き上げそうな大きさのその山が、他の場所よりも一層強く振動していたからだ。  

 段々と揺れが勢いを増して間もなく、山から爆音が鳴り響いた。大小さまざまな岩を飛ばしながら激しい土煙を巻き起こし、ロビンは咄嗟に顔を守る。衝撃が収まったのを感知してゆっくり顔を上げると、煙の中に巨大な影が見えた。その影はどこまでも高く伸び、ロビンは唖然として口を開いた。


「まさか、このタイミングで…⁉」


 再び激しい地鳴りが置き、煙が晴れる。そこに現れたのは巨大な鼠色の壁。土の匂いを伴いながら、その壁が


 プォォォォォォォォォォンンンンンッッッ!!!!!




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 試験開始20分時点 獲得ポイント数

 レハト・・・・・56pt

 ロビン・・・・・55pt

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