第44話「シャインアンシェール集結!迫る悲哀の魔の手」
同日 エンゲージ事務所 18時30分
達樹達は莉乃達と共に株式会社エンゲージ事務所へ到着。
入口の自動扉を潜ると目に入って来たのはDelightに引けを取らない圧巻の広大さと充実した設備。
流石は大手芸能プロダクションだと関心しながらも案内されるがまま進んでいく。
「ひゃあ〜〜!芸能事務所って初めて来たけどこんなデケェんだな」
初めて足を踏み入れる芸能事務所にやや緊張しつつも驚きを隠せない達樹。
初めてエンゲージに立ち入った時の自分と重なり莉乃が続ける。
「思ってるより大っきいよね。私も慣れるまでは毎回迷子になっちゃってたよ」
「芸能活動においての必需品は勿論だけどDelight同様娯楽施設も充実してるね。流石は大手って感じだ」
見渡す限り欠点のない所属タレントが快適に芸能活動に専念できるよう労りを持って作られた設備達に隼人も文句は一切ないようだ。
奏者、抗者育成のために備わっている設備、場所が無いため敷地面積自体はDelightに劣るが数多くの便利施設が備わっている。
道行く中数多くの人間とすれ違う。ちらほらテレビやメディアで見かける面々も平然と何食わぬ顔で挨拶を交わして横切って行く。
「なんか女の人多いっすね。うちとは真逆だ」
光也の発言に莉乃達のマネージャー。
「当社の所属タレントの大半は女性で占められています。アイドルだけでなくモデルや配信者、声優、芸人など芸当は十人十色となっています」
そんな雑談を交わしていると莉乃達の他メンバー達との待ち合わせ場所前へと辿り着く。
軽快な足音が聞こえてくる事からレッスンルームである事が伺える。
ノックをして入ると中で音楽に合わせてステップを踏んでいる二人の少女がいた。
「
「絵森マネージャーお疲れ様です」
「もぉー!待ちくたびれましたよぉ!」
流していた音楽を切り、少女達は達樹達の元へ駆け寄ってくる。
「その人達が今回の件を担当してくれる人達ですか?」
ちょっぴり程よく肉付きのいいおっとりとした見た目の茶髪の少女が憧子へ尋ねる。
一方隣にいる莉乃と比べるとほんの少し短めのボブヘアで活発そうに見える低身長女子が品定めするように達樹たちを観察する。
「そこの童顔茶髪君と目つき悪悪の黒髪君はおバカそうなのが心配ですね」
「聞こえてんぞおかっぱコラ」
「ほらやっぱり口も悪い!ヤンキーですよヤンキー!園華見ちゃだめ!ガン飛ばされますよ〜〜!」
そういって両手で園華の眼を塞ぎあわあわする園華。
誤解を解くべく莉乃が弁解する。
「大丈夫だよさゆみん!この人達は私のクラスメイトだから」
だったら尚更心配だと不満の声をこぼす須藤咲弓。こういった本格的なトラブルを担当する人間がいくらプロとはいえど高校生のましてやクラスメイトとなると素直に飲み込む事が難しいのが当然だと言える。
「まぁこいつらは俺お墨付きの三人だからそこは任せちゃってくれよ」
「……まぁ恋さんが言うなら甘んじて受け入れますけど」
渋々了承した咲弓と宮前園華も引き連れて空き部屋へと移動して今回の件の概要を改めて詳しく聞き作戦を立てる事にする。まず最初に切り出したのは憧子。
「今回の差出人は野々原圭太21歳。彼女達3人によるユニット。『シャインアンシェール』のファンであり初期からの古参ファンです。
つい先月あたりまでは良心的ファンの鑑とも言えるような人だったのですが最近は人が変わったかのように変貌してしまったんです」
「ぱっと思いつくのはガチ恋拗らせたってとこだけどそうじゃないんでしょ?」
「はい。情緒不安定と言いますか、ふとした瞬間に人が変わったかのように暴言を吐いたと思えばすぐさま謝って来たりで正直何がしたいのかわからない……とても不気味なんです」
「二重人格みたいですね。それだけ聞いてると」
と隼人が発すると憧子達はすんなりそうだと受け入れているようには見えなかった。
二重人格という言葉だけでは括りきれない。他に重大な何かがあると彼女達の脳裏に浮かぶ。
「とにかくしばらく様子見をしてたんですが殺害予告まで来てしまうとこちらとしても手を打つしかなくなります。いつもみたいに謝罪もありませんしね」
下手に出禁対応などしてしまえば益々それが刺激となり何をしでかすかわからない。
こういった事案は本来警察案件であるがアイドル絡みの事件は主にDelightのスタッフで受け持つ事になっている。
「現状仕事は近々決まっていた分はキャンセルさせていただいてます。SNSでもライブ辞退などの案内はしてるんですが……」
殺害予告が届いたからという理由は案内には記載されていたかった。
混乱を招くという理由の他に大手事務所におけるスキャンダルを始めとしたマイナス面でのイメージを与える事は憎愚活性化をより助長する事となる。
よって程度にもよるがアイドル絡みの不祥事や事件は力、影響力のある大手芸能事務所はお互いの理解があった上で一般人に知られないためにこれらを前提として秘匿にしている。
「さゆみん達最近ようやく認知もされて来て勢いが出て来たところなんですっ!だからいち早く復帰したくてっ!」
「私も!新曲お披露目だってファンのみんな心待ちにしてくれてるの!」
「かもしれねぇけど……怖くねぇのか?殺害予告されてんだぞ?」
「そりゃ怖いよ?怖くない訳ない……でも圭太君は優しい人で、いつも私達の事応援してくれてて……そんな人が本当に私を殺そうとしてるなんて思えないの。何かそうするしかない理由がある気がして」
「理由ね……」
彼女達の意向としては一旦の自粛こそはするが今が売り出し時。駆け上がるのなら今しかない。
その上で三人の求める物は現状の早期解決と1秒でも早く芸能活動全般に復帰する事だった。
その後どう動くべきかを話し合っていく中で夜も更け、今日のところは解散となった。
莉乃達それぞれにボディーガードとして達樹たちが付き添いとなりながらそれぞれの自宅へと向かう。
――――――――――
同日 東京 某所 23時35分
「オエエェェェェェ!!」
東京都内。ごく普通の家賃も安いマンションの一室に住む一人のごく普通の男性。野々原圭太が深夜。身の毛がよだつ程の苦痛、自己嫌悪に陥りひたすらにトイレにて嘔吐していた。
「俺は……一体なんて事を……!!」
湧き上がってくる憎悪の感情が抑えきれなくなる。
最近は最早いつどのタイミングで来るのかわからない。記憶にも残っていない。
気が付けば男は自分の人生に彩りを与えてくれる天使に向けてあろう事か殺害予告を送りつけてしまっていた。
「クソっ……!!何なんだよ!!やめろよ俺……っ!!もう何が何だかわかんねぇよ、!!」
極限な錯乱状態に陥る圭太。そんな時窓から一人の男性が欠伸をしながら呑気に入り込んで来る。
その男は上級憎愚の一人である悲哀であった。
「おーっす。いい感じにやってるか?少年」
「!!お前……なんて事してくれたんだ!!莉乃ちゃんに殺害予告なんて!!」
「いやいやお前がやったんだろうが。責任転嫁ちゃんやめてくれよ」
「ち、違う!!俺はやってない!!」
「いいやお前がやった。必死に否定したいのはわかるが一方で桂木莉乃をめちゃくちゃにしてやりたいという欲望がある事は事実なんだ」
「そんな訳ない!!俺は純粋な気持ちで彼女を応援してる!!彼女が傷つく事なんてこれっぽっちもしたくない!!」
力強く断言する圭太。それを見て耐えられず悲哀はつい吹き出してしまう。
「はははっ!よくそんな白々しいこと言えるもんだ。面白いったらねぇ。
いいか?100%純粋な気持ちでアイドルを応援できる人間なんて存在しない。お前らが人間な以上絶対にな。
見返りを一切求めない人間なんて……そんなもん最早人間じゃない」
「お前に何がわかる!!俺と莉乃ちゃん達との思い出も何もしらねぇだろーが!!」
「逆に何を知ってるんだ?桂木莉乃の事を」
「なっ何って……チェキ会とか握手会とかで何回も色んな話をしてる!悩みとかだって聞いたりして……」
「はっ……その程度の事でアイドルの事を知った気になってるとは……御里が知れるな。
今日だってあの女、男と一緒に二人で家まで仲良く帰ってたぜ」
「!?……べ、別に男と関わることくらいあるだろうし……年頃の女の子なんだからプライベートで何してようが俺は少しも気にしない……!」
「まーたそうやって必死に自分を言い聞かせようとしてる。人間がそんな綺麗な訳ないだろ?無理すんな無理すんな。素直になれって。お前はあのろくでもない女を……
「う……やめろっ……!!そんな事思ってない……思ってなウアアアァァァァァァ!!!!」
圭太の姿を禍々しいオーラが包んでいく。瞬く間に圭太の外観は異形の化物へと変わり果ててしまった。
「ウ……ウグ……ガ……」
完全な憎愚へと変貌した圭太。だが悲哀は物足りないと言わんばかりにため息をつく。
「うーん。やっぱもうちょい拘りたいよなぁどうせなら……だいぶ俺好みにはなって来てるが……もうちっとだけ寝かすか」
悲哀は圭太の頭に触れると瞬時に憎愚化が解除される。そのまま圭太は気絶して床へ倒れ込む。
「悪いがもうちょっとだけ苦しんでくれ。野々原圭太」
そう言い残し悲哀は静かに圭太に期待を込めて立ち去っていった。
―――― to be continued ――――
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