第42話「緊急招集!集う隊長達」


 2023年 6月2日 13時:30分


 6月へ突入し梅雨入りを果たす中止まる事を知らない猛暑に打たれつつもDelightの核を担う奏者もとい抗者達が下國昇斗により招集されていた。

 理由は一つ。昨今の目に余る憎愚活性化。そして先日の死者が憎愚化するという異端例は数件見受けられていた。

 これらの憎愚陣営の強化は定期的に見受けられたが昨今の助長具合は前年までの比ではない。

 この事実を遺憾に思い、昇斗は各アイドル事務所を統括する人間達とこちらの運営陣とで対談の機会を設けたのであった。


『Delight 最高経営責任者 下國翔斗』

「ではそろそろ始めましょうか……と言いたい所ですが、セイクリッドの社長さん達の姿が見えませんが今日も来られないという事でしょうか?」


「はい。本件は私が責任を持ってお伝えしますので悪しからずご容赦ください」


『株式会社セイクリッド事務所』

 数々のメディア露出や芸能界を賑わすアイドル達が数多く所属する大手事務所の一角。

 SNSを始めテレビや映画、コマーシャルを見にしてセイクリッド所属のタレントを見ない日は無い。

 今日はセイクリッド社を運営する経営者陣営を呼び出したはずなのだが全員不在。代わりに彼らの側近の女性『戸塚絵里とづかえり』が代理で出席していた。

 

「ちっ……相変わらずいいご身分なこったな」

『Delight 対憎愚特化戦力部隊 二番隊隊長 関東管轄 滝沢一海たきざわかずみ


「そんないちいちオラつくなよかずみん。別にいつもの事だろ?』

『Delight 対憎愚特化戦力部隊 五番隊隊長 関東管轄 最愛恋』


「かずみんっつーなゴラァ」


 両者共に睨みを効かせ合う中、釘を刺すような声色と目線で訴えるのは

 『Delight 対憎愚特化戦力部隊 七番隊隊長関西管轄 柴崎彩人しばさきあやと

「そこまでにしろ二人とも。俺達は無駄話を叩きにわざわざ来た訳じゃない」


 彩人とは打って変わり宥めるように語りかける青年は

『Delight 対憎愚特化戦力部隊 九番隊隊長 九州管轄 都坂冬馬とざかとうま

「まぁまぁ……相手方もあまり時間がないみたいですし、ね?」


「それは俺達もだ。今こうしてる間にも憎愚は現れているんだからな」

『Delight 対憎愚特化戦力部隊 一番隊隊長 関東管轄 相田立心あいだりっしん


 無言で真剣な表情を醸し出しつつも目を開いたまま深い眠りについている金髪ショートの女性は

『Delight 対憎愚特化戦力部隊 三番隊隊長 関東管轄 篠宮エレンジーナしのみや


 Delight陣営は社長を含む計7人が出席している。

 恋、一海は三人の意見を聞き入れ大人しく席に着く。


「そこの兄ちゃん達の言う通りだぜ。俺達だって暇じゃ無い所わざわざ来てやってんだ。こっちはアイドルちゃん達のお世話で忙しいってのによ」


 そう高圧的な態度で振る舞うのは地下アイドルにおける大手会社の経営者であり格地下アイドル会を統べる存在。

 『宗我響真そがきょうま』に対して昇斗が口を開く。


「いやはや申し訳ありません。お忙しい中わざわざ宗我さんにお時間頂けただけでこちらとしても十分に有難いです。

 今回の件はぜひ宗我さんにはご耳に入れて頂きたい事なので」


「というと?」


「昨今の憎愚の増加傾向はこれまでの比ではありません。憎愚の発生率や活性化の原因はあなたもご存知でしょう。

 包み隠さず言ってしまうと近年のアイドルとしての質そのものが低下しているが故にこれらは引き起こされている。

 これらは運営サイドの意識次第で幾分マシになるはずです」


「俺達が杜撰な運営をしてると言いたいのか?」


「根本原因は若者の意識の変革など色々あるでしょうがオーディション時点でのアイドル適正のある人間の選別をより入念にする事くらいは出来るはず。

 高収入のアルバイト感覚で応募して来た人間ですら簡単にデビューさせてはいませんか?それらの粗製濫造がアイドル業界の質そのものを落とし憎愚発生を助長している。それによってあなた方の所属アイドルが犠牲になる可能性も増えて来ます」


「はっ、それをなんとかしてくれるのがお前らの仕事だろうが」


「流石に限度がありましてね。こちらも人員の補強は試みてるんですが正直現状の対処でギリギリ。これ以上増えると手に負えなくなる。

 要するに何が言いたいのかと言うと、懐を温める事だけに執着せずに少しだけでも私達に寄り添う事は出来ませんかという事です」


「お前らの言い分はわかった。どっちかっつーとメインはセイクリッドさんより俺らに対して言いてぇってとこか?社長さんよ」


「まぁそうですね」


「だとするとそいつは無理な相談だな。地下アイドル業界の勢いは止まる事をしらねぇ。俺の才覚のおかげだろうな。

 前任者達が成し得なかった事を俺は成し遂げる。そいつが仮に邪道であっても俺は今の勢いを落とす気はない」


 そもそも何も法には触れていない。悪い事は何もしていないと主張する宗我に対して立心が異議を申し立てる。


「あなたの経営力は評価に値する物だと思います。ですがそれらによって引き起こされる脅威は全国各地レベルまで広がっている。

 憎愚の存在を民間人に知られず隠密に済ますのもいずれ限界が来ます。

 あなたの類稀なる才能があれば創意工夫次第で何か改革の糸口が掴めるのでは?」


「お褒めいただき光栄だが創意工夫は現在進行形でやってる。若者のトレンドってのはものの数週間で移り変わっていっちまうしよ。俺らも結構大変なの。話が終わったならもうちょっとしたら打ち合わせもあるしそろそろ出たいんだけど」


「だったら具体的にどう改善策を立てるかを言ってからにしろ。じゃねぇとこっちも納得がいかねぇ」


 話が長引きそうだと判断して切り上げて帰ろうとする宗我を一海が引き止める。


「はぁ……かったりぃな。じゃあまた時間ある時にアイドルちゃん達それぞれに面談をつけるよ。それでオッケーね」


「山ほどいるアイドル全員を把握できんのか?」


「それは俺の率いるジャーマネ達を信頼してくれよ。じゃあ俺はここらで失礼させてもらうんで」


「なっ、待ちやがれ!」


 虚しくも扉の閉まる音が部屋に響き渡る。

 奏者達にとっては吉報とは言えない返答に歯痒さを覚える。

 その重苦しい雰囲気を引き裂くように絵里が発言する。


「あなた達の主張はごもっともです。今の日本にあなた達の存在は必要不可欠。

 持ちつ持たれつの関係を築いていくべきであって、あの人の態度は同じ業界人として受け入れられる物ではありませんでした。申し訳ありません」


「何も絵里さんが謝らないでくださいよ。セイクリッドさんはかなり寄り添ってくれてる方だと思ってますよ」


「アイドル適正のない人間をデビューさせてしまっているという点に関してはこちらも全くない訳ではありません。露呈してないだけで事実として存在します。マネジメントには力を入れてるつもりなんですが……」


「100%人間の本質を見抜く事なんて出来る訳ありません。そこは余り気負いしすぎないでください。そのお気持ちだけでこちらとしては有難い」


「この件は各位に報告させていただきます。今回は貴重な時間を割いて頂きどうもありがとうございました」


 そう言い残して絵里は一礼し会議室を出ていく。


「良い子だよね絵里ちゃん。結婚してるのかな?」


「一丁前に口説く気ですか社長」


 昇斗の唐突なプレイボーイ発言に困惑する立心。

 かったるい会議が終わった事を察してエレンジーナも目を覚ます。


「終わった!?なら勝負しようよ!彩人か冬馬君がいいなっ!」


「断る。俺も暇じゃない。この後巽の奴にも会いに行かなきゃいけないしな」


 彩人はエレンジーナの提案にハッキリと断りを入れる。

 ならばとエレンジーナは目線の先を冬馬へと向ける。


「えぇ〜〜!?いいじゃんこっち来る事何て滅多にないんだし!じゃあ冬馬君は?」


「僕も折角ですけど……それにエレンさんとやると終わり所が毎回見つからないから」


「そんな事ないよぉ!ないよね!?」


「「「ある」」」


「えええぇぇぇ!?」


 恋、一海、立心が口を揃えて断言する。


「まぁ勝手にやり合うのは構わないんだけど君達を招集した理由はまだあるんだよね。だから少しだけぼく私の話を聞いてくれないかな」


「まぁ確かに俺達いるか?って感じだったしな」

 

 恋だけでなくこの意見は奏者、抗者全員が持ち合わせていた。

 出て行こうとする彩人と冬馬を呼び止め昇斗は切り出す。


「各自担当する奏者、抗者の育成は軒並み順調と聞いている。こちらとしても期待の新人。あの輝世凌牙の息子も先日遂に覚醒まで至った」


「はっ……ようやくか」


 輝世達樹の件は把握していた一海。その力は以下ほどの物かと興味がそそられているようだった。


「あの話本当だったんですね。親子揃ってアイドル因子に覚醒するなんて」


 昇斗の発言に驚きを隠せない冬馬と彩人。

 輝世凌牙の存在は各奏者、抗者が認識している。アイドル因子一人目の覚醒者でありその力は覇者と呼ぶに相応しい物でありその存在は今も尚語り継がれている。


「私達の前に立ち塞がる障害は大きく今も尚肥大化している。現状の対抗手段は死人を出さず戦力を減らさない事。つまり各奏者、抗者のより一層の強化が必要と考える。

 そこで世間が夏休みに突入した8月上旬から短期間。

 各地の発展途上の奏者、抗者を集めて実戦を踏まえた合宿の様な物を施そうと思うんだ。刺激にもなるだろうしね」


 昨今の覚醒者は未成年の学生達も多く全員が集っての催しは夏休みの時期しか不可能。

 更に互いの能力の運用の仕方や戦闘ノウハウ等を互いにぶつかり合う事で手早く吸収でき、結束力も高められるという観点から各隊長達はこの提案を受け入れた。


「なんか青春っぽくて良い感じ〜〜♪♪勝つのは三番隊のみんなだよ!」


「お前ら覚悟しとけよ。俺の率いる二番隊はハンパな鍛え方はしてねぇからな」


「僕達も地方だからって修練を怠ってる訳じゃないってことを見せつけてあげますよ。ね?彩人さん」


「あぁ。関東勢のルーキー達がどこまでやれるか……期待して待っててやる」


「はっはっはっ!みんな威勢は十分なようだな。最強の一番隊も本気で持て成そう!」


「それじゃあ決まりだね」


 各自隊長。この件を聞き入れそれぞれの隊員に伝えるべく部屋を出ていく。そんな中一人残る最愛恋は昇斗に尋ねる。


「待っててくれたんですか?達樹の事」


「彼はきっと覚醒に至ってくれると信じていた。少しばかり無茶な任務を与えたと思ってたけど足掻きもがいてなんとか乗り越えてくれた。

 私は焦燥感を抱くと同時に胸を高鳴らせてもいるんだ」


「どう言う事ですか?」


「彼らの成長は著しい。輝世達樹だけでなく他の奏者達も。この世代は逸材だらけだ……彼らならきっとこの澱んだ世界を少しずつ照らして行けると、私は信じている」


「……俺もです」


 恋は会議室を立ち去り来るべく8月。強化合宿がある事を伝えるため放課後。輝世達樹、市導光也、楠原隼人を招集する。


 ―――― to be continued ――――

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