第3話 殺人現場

 そこに広がる景色を見て、誰もが一瞬言葉を失った。


「先生…?」

「ひっ」


 私の後ろで麗香さんの悲鳴にも似た声が聞こえた。


 夏目氏はそこにいた。重厚な書斎机にうつ伏せに倒れ、背中にはナイフが深々と刺さっていた。初めて見る光景。

 明らかに、死を迎えたのだとわかる状況がここにある。


「幸枝さん、救急車を」

「いえ、警察に連絡をしてください」


 私はポケットからハンカチを取り出し、室内に入る。推理小説マニアの血が騒いだ。身体中の血液が孟スピードで巡回し心が踊っている。

 夏目氏が亡くなったというのに、私は嬉しくて仕方がなかったのだ。


「待ってください! 警察が来る前に、探しましょう!」

「何をです?」

「決まっているじゃないですか。先生の最期の原稿ですよ。警察に押収される前に我々が手にしないと」


 私がちょうど窓の鍵を確認していた時だった。風吹が室内に入って来てそう言った。


 常識より興味が勝った私たちは、夏目氏の体の下にある原稿の束に気付く。

 夏目氏は頭部にも破損が見られ、表紙は彼の血で汚れていたものの読むことはできた。


「『私は間も無くXXXに殺される』。タイトル…でしょうか? ダイニングメッセージでしょうか? ここに名前が書いてある…とか?」


 風吹が手に取った原稿用紙に殴り書きのように掛かれた文字を、読み上げた。


「続きを見てみましょう」


 頷く私の横で、風吹がクリップで止められた原稿をパラパラとめくり始める。が、そこには一文字も書かれておらず全ページが空白だった。


「なっ」

「何も書かれていませんね」

「そんな馬鹿な」


 風吹が明らかに落胆した様子を見せ、原稿が床にばら撒かれる。これ以上現場を乱してはいけない。これは鉄則だと誰もが知っている。


「風吹さん、まずは原稿を持って下の階で警察を待ちましょう。幸枝さん、麗華さんを連れて下の階で。何か温かいものを」

「かしこまりました」


「君は?」

「私? 私は推理小説マニアですよ!? まずは現場を確認しておきます」

「君が犯人でないと言えるのかな?」


 風吹が原稿を拾い束ねながら私を睨みつけている。


「私は先ほどついたばかりだということを、あなたもご存知ですよね? 既にあなたは原稿を素手で触っている。これ以上現場を荒らされたくないので、ご退出を願っただけですがね」


 私は究極の楽しみにチャチャを入れるこの男に腹が立っていた。


「いや、君のためにも僕はここに残ろう。何か怪しいことがあれば容赦はしない」

「わかりました。いいでしょう。あなたはよっぽど原稿を手に入れたいらしい」


 そんな私たちのやりとりを横目に、家政婦の幸枝さんが麗華さんを抱え下の階に消えていった。


「さて、何から始めるのかな? 探偵くん」


 初めて会った時からイケスカナイ奴だと思っていたが、ファーストインスピレーションに間違いはなかった。風吹は腕を組み偉そうにドアに寄りかかり私を観察し始めた。


「邪魔はしないでくださいね」


 私はそう言い、意識を集中する。


 いつも夏目氏の小説の主人公は言っていた。「違和感を探しだせ」と。

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