第31話 皇女と公爵、聖女の確執。
『どうも、クレム皇女』
嫌味は言われたものの、ひとまずフィリックは、資料室の扉の前に佇むクレム皇女に会釈でそう言葉を返したらしい。
皇女はそのフィリックの返事を鼻で笑い飛ばして受け取ると、ニヤニヤしながらフワフワの羽つきののセンスを自分の口に当てて、ひらひらと仰ぎながら話を続けた。
『このようなところで会うなんて、奇遇ね。こんなところにあなたがいるなんて、不思議でならないんだけど。』
『それはこちらのセリフです。皇女様がこのような場所にどのようなご用件で?あなたが調べたい資料はここにないと思うのですが』
『国民のことを調べるのは皇族の義務ですわ』
『では、こちらも同じですね。一定の爵位以上の人間は誰でも立ち入れるはずですし、仕事の都合で資料を調べることもありますから。』
『仕事熱心なことで。尊敬に値しますわ。』
話を聞くだけでも、二人の間に火花がバチバチと散っていたのは想像できる。
ここで、本題に戻る前に、少しだけ皇女と公爵、そして聖女の関係の前提を話そう。
まず、この国は皇帝をトップとして君臨する国である。
そしてこの国の皇族と貴族……特に公爵家との関係は基本良好で、皇帝に身を捧げお支えし、国の民を守る存在。
意見の食い違いなどはよくあるけれど、派閥があったり対立して相手の立場を奪おうとするほどの派閥も今のところない。
なので現在存在する公爵家は皇帝の忠実なる臣下で仲も良好だ。
ただ、一人だけ皇帝と対等の立場になりうる存在がいる。
それが聖女だ。
もちろん、彼女たちに何か権利が与えられるわけでもなければ、政治に携われる権限もない。
しかし、この国においての聖女とは、簡単にいうと神のお告げを聞くことができる存在で、神からのお告げを、神の代弁者として、民に、そして皇帝に伝えるのが役目なのだ。
そのお告げによって、制作の方針が変わったり、逆に皇帝の相談を聖女が受けた場合、神にお伺いするという仕事がある以上、どうしても政策とは無関係ではいられない。
これでは皇族と神殿の力関係の分散が危ぶまれてしまうので、基本的に皇太子は聖女と結婚して、権力の分散を防ぐのだけれど、今回皇太子は歳が離れているどころか既婚者子持ち。
他に皇子はいないし、いたとしても皇太子以外の皇族と聖女の結婚は逆に泥沼化する。
このような場合は、皇族と婚約することなく公爵家との婚約をすることになる。
と、当然さっきも言った通り力関係がとても微妙になってしまうし、公爵家が反発してくる可能性を恐れ、皇族たちが警戒を強めてしまうのだ。
当人同士がどう思っていようとも、仕組み的にそうなるのは致し方ないことであった。
長々と話したけれど……つまり、その現象をギュッとまとめた現状が……この2人が火花を散らしている理由だ……ということである。
『確かに、公爵家のあなたがここに立ち入れない道理はないけれど、申請書記入の必要はあるはず。コソコソと嗅ぎ回る理由がわからないわ。申請書に書けない何か恨めしいことでもあるのではなくて?』
『急ぎの用事だったのです。国民の資料の制作に必要でしたので。』
『嘘をつくならもっと上手くやることね、国民の資料を見ているなら、私もとやかく言わないわ。でも……それ、皇族に関わる資料じゃないの。』
クレム皇女は扇子をパチンとセンスを閉じると、ビュンッという音を立ててそれをフィリックにその扇子を向けたのだそうだ。
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